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デマイズ・オブ・ワールド  作者: 雨兎
第三章 邂逅
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第五十二話 合同戦闘訓練 後編


「よぉ、ミュース。そっちは随分と手ぇ焼いてるみたいだな」


「ハッ、アンタこそ苦戦してるみたいね。手を貸してあげようか?」




「まだ、そんな戯言を言える余裕があるのね」


「その余裕も、いつまで続くかしらね」


じりじりと迫り寄る黒き獣が二匹。否、少女が二人。崖際に追い詰められるかのように後退り。して、背中を合わせた二人は互いの姿を嘲笑うように戯言を投げつけ合う。


森林エリアの外れ、静寂満ちた湖畔にて。一人の青年と怪物が死闘を繰り広げる最中。ここでもまた、同じくして激戦が繰り広げられていた。



「……ねぇ、アンタ。時間稼ぎは得意よね?」


「………………どれくらいだ」



背を合わせている向こう側から、ミュースが小声で問うてくる。それに対してラフログは根本に触れることは無く、彼女に必要な時間を短調な声音で問い返す。ミュースは一瞬、驚いた表情に変わったがすぐに凛々しさを取り戻し、端的にも、曖昧にも聞こえる返答をする。



()()を出すには私の魔力だけじゃ賄えないし、最低でも二分はかかるかも」



それを聞いたラフログは、ちらりと後ろを振り向いたあと、すぐさまに前を向いて言った。



「ヘマすんじゃねぇぞ」



大して仲がいいわけではない。適当に会話を交わすだけの、そんな間柄だ。でも、そんな彼の他愛の無い言葉が、今は特別頼もしく感じた。




「こっちのセリフだっつーの」




ミュースの言葉を最後に、二人は同時に神器を構えて駆ける。


「話し合いの結果、ただ突っ込んでくるだけだなんて。無謀にもほどがあるんじゃない?」


「お生憎様、アンタには用が無いんでねっ!」


アンナが野次を飛ばすも、ミュースの視界には入らない。見据えているのはただひとつ。アンナの背後、水面煌めく湖だけ。アンナの素早い爪撃を跳躍で躱すと共に、そのままアンナを飛び越えて湖へと走る。



「何を企んで……まさかっ!?ユンナ!!今すぐにあの女をっ…………!?」



すぐにミュースの狙いを察知したアンナは、妹のユンナに指示を出そうと声を上げるも、目を疑うような光景に声が詰まる。


「お、お姉ちゃん。ごめんなさい……」


がんじ絡めになった白い絹のような鉄糸がユンナの上半身を捕縛し、身動き取ることすら叶わず姉を見つめるユンナ。その瞳には、申し訳が立たぬと揺らめく悔恨が秘められていた。


「妹さんは拘束させてもらった。お姉さんの方も大人しくしてもらおうか」


長く伸びた蜈蚣の腕は、赤と黒の毒々しい模様と、鋏角と脚が鋭く伸びた蜘蛛を象った腕へと変貌を遂げていた。ラフログは蜘蛛の糸を出す性質を利用し、ユンナを拘束したのである。


「……やってくれたわね」


険しい目付きでラフログを睨み、拳を強く握り締めるアンナ。今すぐにでもラフログに襲いかかるような鬼気をさらけ出していた。だが、アンナはユンナとラフログに背を向けると、湖に浸かり、神槍を天に掲げるミュースへと疾走した。



「させるか、『もはや還れぬ夢・蝗メタモルフォシス・アヴァドーン』」



鋭い眼光と共に、ラフログが形態変化を唱える。蜘蛛のような片腕はみるみると元の姿へと戻っていき、それと同時にラフログの両脚が異形へと変貌していく。それは、蝗を彷彿とさせる大きく発達した後脚そのものであった。緑と黒が混ざったような配色で、人の見にそぐわない見た目に周囲は息を呑む。


ラフログはその場に踏み込み、みしみしと音を立てながら大きな足が屈折する。次の瞬間、鋭く生えた鉤爪が大地を蹴り抉った後、ラフログはアンナの元へと豪速で跳躍した。



「ふざ、けんじゃないわよっ……!」


「しつこさが取り柄なもんでね」



跳躍による推進力から繰り出された空を裂くほどの手刀を、アンナは鍛え抜かれた反射神経で直撃を避ける。ただ、その反動で大きな隙が生じてしまい、ラフログの次なる一撃を躱すことは不可能だった。ラフログ自身も、討ったと確信していた。そう、────ほんの数秒前までは。





「────お姉ちゃんニ触れルな」





あまりにも一瞬の出来事に、ラフログは受け身すらひとつとれずに地面に叩きつけられた。白と相反する黒髪が揺れ、靱やかな身体を陽炎の如く影が覆っている。眼前に立つ存在は紛れもなく、姉と瓜二つの妹であり、鉄糸で拘束されていたはずのユンナだった。


なぜあの拘束から逃れられたのか、ダメージを食らったラフログはよろけつつも立ち上がりながら思考を巡らせる。だが、その答えとなるものはすでに目の前に見えていた。



「ゥゥ、ゥゥゥゥッッ……!!!!」


「ガ、ルゥゥゥゥゥッ…………!!」



アンナとユンナ、二人は猛獣のような唸り声を上げている。重度の興奮状態に陥っているのか、瞳には先程までの冷静さが皆無であり、狂気に満ちている。周囲には影が舞うように彼女たちにまとわりつき、ただならぬ殺気を放っていた。


「あっちもとっておきの札を切ってきたって感じか。……制御できてない様に見えるのが気のせいだといいんだが」


だがしかし、不幸にもラフログの目に狂いはなく。現に、今の二人に理性は無い。文字通り、彼女たちは獰猛なる獣と化したのだ。




「「────────ッッ!!!!」」




アンナとユンナによる遠吠えにも似た大咆哮が、空気を大きく振動させながら森林エリア中に轟く。しかも、それが合図だったかのように影から次々に漆黒の獣たちが現れる。人間ほどの体長があり、全身が影のように揺らめいている。そして、変化は未だ止まることがなく。突然と空に暗雲が立ち込み、風は荒れ、大粒の雨が降り注ぎ、森林エリア一帯が嵐の最中へと変わり果てたのである。



「いよいよまずいことになりやがったなちくしょう。ったく、ミュースはまだかよ……!」



一方のミュースは、絶えず湖の中で神槍を天に掲げ、一帯の魔力を自らに集中させている。様子を見る限り、まだその時ではない。そんな焦るラフログに、さらに追い討ちをかけるかのように事が回ってくる。



「──雨ヨ、風ヨ、雷ヨ。我ラヲ狂気二誘イ給エ。我ラ黒キ嵐トナリテ、(ことごと)クヲ殲滅セン」


「──今ココ二、我ラノ蹂躙ヲ赦シ給エ。天二捧グハ愚者共ノ骨、血肉、臓物ナレバ」



アンナとユンナ、狂気に堕ちた二人の詠唱と共に、装着された黒き二人の神掌が周囲の魔力を根こそぎ喰らい尽くす。活性化され、満ち溢れた魔力が漆黒の獣たちにも流れ込み、更なる凶暴さを得る。


彼女たちが契約した神器の名を、────ブラック・アンヌヴン、ブラック・ウィブル。英国に伝わる不吉の象徴とされる黒妖犬の名を冠した神器である。そして今まさに、悪魔の猟犬群による大進行、────ワイルドハントが行われるのだ。




「「『荒れ狂う黒き獣の軍勢(アルメ・フェリウーズ)』ッッ!!!!」」




蹂躙の大号令が響き渡り、黒き猟犬たちの群れが大咆哮と共に襲い来る。打ち付ける雨に、雷鳴は轟き、暴風が吹き荒れる。木々を薙ぎ払い、大地を踏み均すその様はまさに、嵐そのものであった。



「ちぃっ、こんなのアリかよっ!?時間稼ぎどころじゃねえって!!」



迫る猛襲にかつてない焦りを見せるラフログ。『もはや還れぬ夢・蜘蛛メタモルフォシス・アラクネイア』にて腕を変形させ、ミュースに届くまでの道中の木々に鉄糸を張り巡らしバリケードを作るも、アンナたちはいとも容易く細切れのように断ち切ってしまう。





歯が立たない。これで終いだ。ラフログはいつものように諦める。




勉強も、鍛錬も、趣味も、人付き合いも。一瞬でも駄目だと思ってしまえば、無理なんだとすぐに割り切れてしまう。そこには、悔いなんてものは残らなかった。自分は踏ん切りができているから、そう思っていた。


だというのに。この胸に残る蟠りは何だろうか。今に至るまで、こんなことは決してなかったというのに。


絶対絶命の最中。ふと、とある青年の横顔が頭に浮かび上がった。


目の前に立ちはだかる敵を前に、恐怖し、体を震わせ、不安で怯えている。それでも、臆することなく、前を向き続けた。彼の瞳は、曇りなき晴天であった。力が無くとも、遥かな強敵へと立ち向かう勇気に満ちていた。



────なのになんだ、今の自分は。



「……かっこ悪いなぁ、俺」


力無い独り言が口から溢れ落ちる。無気力に顔を上げ、虚ろげな眼で眼前にへと迫る嵐を見やる。その圧倒的な魔力量と質量に、気圧されそうになる。いつもならここで諦めるのが筋だ。だが────、



「いいや、違う」



ラフログの瞳に光が宿り、神掌を構える。両の前腕に鋭い鎌が伸び、両脚が再び強靭な蝗の脚へと変身する。めきめきと軋むような音を出しながら、ラフログの姿は変わり果てていく。魔力の枯渇と共に、激しい痛みが全身を襲い、言葉にならない叫びを上げる。


神掌カフカの能力は、体を部分的に蟲の姿に変えることができる。しかし、ラフログは今までに複数の箇所を同時に変化することが出来なかった。体への負担と、魔力の消耗が激し過ぎるのが原因であり、彼自身の課題でもあった。


だが、それらを克服へと導いてくれたのがモーランだった。限られた時間の中で、モーランの的確な指示と助言により、鍛錬を重ね、研鑽を詰み上げ、それを成し遂げたのだ。


ここで諦めるには、あまりにも早すぎる。そうやって自分と、彼に向かって言葉を投げかける。





「そうだよなァッ、──────レイヤッ!!!!」





彼の者の名を叫び、ラフログは嵐へと突撃する。次々と飛びかかってくる猟犬たちの喉を、頭を、胴を両腕の大鎌で掻っ切り、発達した豪脚で蹴りあげる。それでも尚、漆黒の猟犬たちの勢いが止むことはなく。ラフログの全身を躊躇なく噛み砕く。肉を食い千切り、骨を砕き折り、蹂躙の限りを尽くす。




「──水よ、水よ。今こそ、その彩たる輝きを以て蔓延る邪悪を禊払え。我が槍は、大海の如き激流となりて、遍く全てを浄化せしめよう。海上の藻屑となって消えよ!淡き泡沫の彼方へと!」



全身を余すことなくずたずたに引き裂かれたラフログは、途切れかける朦朧とした意識の中で強く明瞭な声を聴いた。その主を確認するべく、ラフログは重たい瞼をこじ開ける。そして、ぼやけた視界に映った声の主は、何とも神秘的で。それを見たラフログは、安心したかのような眼差しを向けた後に、ゆっくりと眠る様に瞳を閉じる。




「──神技、解放。『大海に鳴る優美の堕歌オチェアノ・グラツィオーソ』」




天へと掲げた神槍に、周囲の水が帯となりて集まっていく。集いし水は激流の刃となり、その矛先は彼女たちへと向けられる。それに怯むことなく、猟犬群は絶えず森林を呑んでいく。


しかし、アンナたちはもっと早く気付くべきであった。自分たちは奪う者ではなく、──奪われる者であると。



「────ッガ、はっ!?」


「────ゴ、ばォッ!?」



激しく波打ち、螺旋を描く激流が渦巻く波動砲となり、猟犬たちを丸ごと呑み干す。高水圧と激流による大洪水は、嵐の如き猟犬群を壊滅させた。それにより、鳴り止まなぬ雷鳴や吹き荒れていた暴風雨は止み、戦いの終わりを告げるかのように陽が差し込んだ。




「…………全部、アンタのお陰だよ」



気を失い、地に伏せたラフログを、ミュースはその場に座り込み、そっと抱きかかえる。優しく前髪を撫で、ぎゅっと傷んだラフログの手を握り締める。



「ホント、無茶しやがって……」



そうして、ラフログは静かに救護室へと転送された。








そして、時は少し遡り────、同じくして舞台は森林エリア。



刃と刃の織り成す剣撃が、宙に煌めきを生む。一撃一撃に、各々に込められた想いが秘められ、それらが衝突する。


「侮っていた。君の精神力は凄まじいな」


「喋ってる場合、かっ!!」


華麗な剣捌きと体捌きでレイヤの剣を躱すベルティナは、余裕の表情で言葉を投げかける。それにレイヤは、攻撃を止むことなく仕掛ける。余裕のあるベルティナに対し、レイヤは既に満身創痍ながらに対峙していた。全身はおろか、精神までも擦り切るように摩耗し、負傷だらけの身体を酷使しながらの戦闘は、レイヤの全身を着実に崩壊へと誘っていた。


「らぁっ────!!!!」


レイヤの双眸は血走り、乱暴に剣を振るうその風貌は血に飢えた獣のようだった。現に今、レイヤは一種の興奮状態へと陥っている。過剰なほどのアドレナリンの分泌により、レイヤの痛覚は麻痺し、攻撃的になっている。心拍数と血圧の上昇によってレイヤの動きにも機敏さが増していた。獣のような身のこなしで木々を潜り抜け、死角からの一撃を何十回と繰り出すもベルティナはそれを悠々といなす。


「フゥゥゥウゥッ……!!」


ぼたぼたと口から零れ落ちる血になど一切気を止めず、レイヤは目の前に聳え立つベルティナを睨む。


「俺はぁ、あなたに勝たなきゃいけないんだっ。第一戦士隊の、皆のためにも。俺を、支えてくれた人のためにもっ!!勝たなきゃ、いけないんだぁぁぁっ!!!!」


脳内に、たくさんの顔が浮かび上がる。その誰もが、自分に何かを残してくれた。その恩に報いるためにも、第一戦士隊への勝利のためにも。何より、ここまで成長させてくれた恩師のためにも。


神剣を握り締め、低い姿勢からの全身全霊の斬撃を無防備のベルティナに叩き込む。それと同時に、がくりと、視界が反転する。




「────君のその勇姿、賞賛に値する。見事だった」




だが────、それよりも遥かに早く。ベルティナの斬撃がレイヤを終わらせた。



ここに、怪物と人間の死闘が幕を閉じた。






















刹那、空が割れた。






















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