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デマイズ・オブ・ワールド  作者: 雨兎
第三章 邂逅
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第五十一話 合同戦闘訓練 中編



冒頭は、剣と剣の激しいぶつかり合いから始まる。


必死の形相で捌いても、捌いても、捌いても、致死に匹敵するほどのベルティナの一撃が、息を入れる暇さえ与える間もなく繰り出される。反撃をと隙を見計らう余裕なんてものもなく、レイヤは全てを体捌きと剣撃にて間一髪で去なす。その間、ベルティナに一撃を入れる僅かな隙が生じたのを見逃さなかったレイヤは、手に持った神剣を強く握り締め、魔力を込めた全力のフルスイングを放つ。


「隙だらけだぞ、君」


取ったと、確信をした次の瞬間、レイヤは宙を舞った。ベルティナはレイヤの一太刀を一瞬たりとも見落とすことも無く、人ならざるほどの反応速度で剣撃を返し、即座に反撃を叩き込んだのである。受け身を取れる余裕もなく、レイヤは地面に吸われるように落下する。だが、ベルティナはレイヤが地に着くよりも先に腹に蹴りを浴びせた。


「ぅがぁっっ…………!!?」


真っ直ぐに飛んだレイヤは背中から木に打ち付けられる。ずるずると、崩れるように地面に伏し倒れる。呼吸をする度に、激しい痛みが内からレイヤを襲う。ベルティナの反撃を諸に食らい、あばら骨を折られた後に蹴りを浴びたことで、折れた助骨が内蔵に突き刺さり激痛をきたしているのだ。



「くっ、ふうぅぅっ、ぐぁっ、はぁ、ぁっ、ぁ……!」



酸素を欲する度に、息苦しく、身体が悲鳴をあげる。無理やりに体を起こし、よろけながらも立ち上がる。脳が揺れ、視界が霞む。重い瞼が下がり悪くなっていく視界に映る男──、ベルティナ・シバルリーは顔色何ひとつ変えることなく、こちらを見下ろしたまま静かに口を開く。



「君のことは知っている、夜宵怜夜。人が天界に、ましてやここに来るだなんて予想だにもしなかった。校内では今でも君の名が出てくるほどに、皆の注目を集めている存在だ。そんな君に、私は問おう」



荒い息を吐き続けるレイヤに、ベルティナは質問をした。この時、初めてレイヤはベルティナの表情が変わるところを目撃する。



「君は、なぜ戦う」



翡翠色の瞳が、冷ややかな闘志を宿し燃えていた。















「……ん、ぅ」


朦朧とした意識を揺さぶり、盲目だった両眼を開く。ぼやけた世界が少しづつ広がっていき、やがてそこに映し出された周囲の状況に思わず言葉が詰まる。


「え……?」


独り。土埃にまみれながら彼女は、ただのフェリシアは気を失った仲間と焼き抉れた大地を眺める。


「……ぐっ、うぅ。痛ってぇ、なんなんだよいきなり」


理解が追いつかず、思考までもが停止寸前まで陥ろうとした時、ここまで同じくして同行していた城下街エリア組の一人であるルウチスが目を覚ます。


「ルウチスさんっ!ああ、無事でよかった……」


「うおっ!?フェリシアちゃん!?……え?俺死んだ?」


「縁起でもないこと言わないでください!!」


目を覚ましてすぐに美少女の顔があったことに驚愕したあまり、とぼけた顔で死後の世界と錯覚したルウチスにフェリシアが涙ぐみながら声を上げる。


「……うー、頭がぼーっとするー」


「あいたたた……何が起こったんですかぁ」


「……み、みんな、無事だったんだね。よ、良かった」


二人が話していると、他に意識を失っていたマムル・ラナトーン、ユンファ・シャイメス、コーズ・パルウェナーが目を覚ました。


全員が互いに無事を確認する中、そこに違和感が存在することに気がつく。



「おい……グウィンはどこだよ」



この場の全員が抱いた疑問を、ルウチスが代表して代弁する。だがすぐに、ここにはもう居ないと証明するものがそこにはあった。全員の視界がその一点に集中する。

熱線で焼き抉れた地面が爛れた地表を顕にしている反面、彼らの足がついている地面にそのような跡は無く。唯一残されているのは、深く後退りした足跡のみ。


この場にいる誰にも聞こえない声で、ルウチスだけが独り呟いた。



「馬鹿のくせに、カッコつけてんじゃねえぞ馬鹿野郎……」





大草原エリア。


「……いつまで下を向いていつもりだ?いつもの調子はどうした」


「でも、私のせいでゼルバルトが……」


「…………あれは仕方がなかった。僕だって判断を誤ったんだ、落ち込みたいのは君だけじゃない」


生い茂る木々の間を駆け抜け、アグナ・バルクンとシャルテ・ケーディはようやく森林エリアから出ることが出来た。


大草原エリアへと向かう道中、ラランの危機を報せる大風の直後に襲ったベルティナの魔力超放火。この時、突然のラランの声に驚いてしまったあまり、シャルテは足元をおぼつかせその場に転倒してしまったのである。真っ直ぐに樹木をなぎ倒し光の帯が焼き尽くさんと迫る中、ひとり大きな背を二人に向け、彼は光に溢れ、消えた。


「全く……いつもの怪力馬鹿はどこにいったのやら」


「……は、はぁ!?」


「君の力量なら相手を蹴散らすのも朝飯前だろ」


「ちょっとアグナ!急になんなわけ!?私のことそんな風に思ってたの!?」


「…………やっと戻った。いつもの君だ」


「え?……あ、もしかして。アグナ、私のために?」


「……今は君が主戦力なんだ、調子を落とされると困るからに決まってるだろう」


「……ふーん、あっそーですか。相変わらず素っ気ないんだから。ていうか!さっきのあんまりだと思うんですけど!私一応女の子なんですけど!!」


「……どうやら、悠長に話している時間は無いみたいだ」


後ろで頬を膨らますシャルテに構う暇はなく、アグナは目線の先の敵を睨む。見渡す限り広大に広がる草地。そして、視界に映り込む三つの人影。契約した神器を構え、こちらにゆっくりと躙り寄る。


「おおっ、いたいた。よぉしっ、やりますか!」


「僕達も負けたくないからね、悪いけど勝たせてもらうよ」


「……運良くあれからは逃れられたみたいだが、お前たちはここで倒させてもらう」



草原エリアにて第一戦士隊、第二戦士隊接敵。

どの区画よりも早く、天霊結晶珠を巡る戦いがここで幕を開けた。











戦闘演技空間ファントム。方角にして北側、山岳エリア。

どのエリアよりも標高が高く、他の区画を見下ろすことも出来るエリア。その点、急斜面な地形や崖が多く発生しており、安全な足場を確保しなければすぐに足元を掬われてしまうのである。


作戦に従い、ルベリア、レイヴの二人は一足先に山岳エリアへと足を踏み入れていた。が、遠く離れたレイヤたちのいる森林エリアが焼き払われるのを目撃し、唖然と立ち尽くしていた。


「森林エリアは、レイヤたちだったよな……?」


「……あれほどの広範囲を殲滅できるのはやつだけだろう。まさか、ここまでだったとはな」


震えた声でレイヴが語りかける。それに対してルベリアは一段と低い声音で答える。平常を保たれているように見えたルベリアだったが、彼の額には冷や汗が浮き出ていた。


ベルティナの予想だにしない先制攻撃をまともに食らい、この時、ルベリアは酷く混乱に陥っていた。心の臓が煩く鼓動する。呼吸が上手くいかない。自ら作戦をまとめあげ、実行にまで移した結果がこれだ。もっと自分が最善を尽くしていればこんなことにはなっていなかったかもしれない、自分が隊長でなければこんなことには────。



「──────自分を責めるなよ、どんな作戦だったとしてもあれは誰も予想できねぇよ。んな事よりも今は作戦に集中しようぜ。それに、皆が倒れたとは限らねぇだろ」



レイヴの言葉に、ルベリアは思わず目が覚めたかのようにはっと顔を上げる。その先に見据えたレイヴの眼差しと交差した時、一気に感情が流れ込んでくるかのような感覚がルベリアの全身を駆け巡った。


仲間を信じろ。


独りで抱え込むな。


お前はひとりじゃない。


俺たちがついてる。




「……ああ、そうだった。俺は独りなんかじゃない」


「へっ、当然だっての」


レイヴはとん、と拳をルベリアの胸に当てる。それにルベリアは眼鏡をクイッと人差し指で上げると、気づかれないようにそっと笑みを浮かべた。





森林エリア。



レイヤ、ミュース、ラフログの第一戦士隊。

ベルティナ、アンナ、ユンナの第二戦士隊。


二つの隊が出揃い、緊迫とし張り詰めた空気の中で、火蓋が切られるのを今か今かと待ち構えように、来たるべき戦いに不安と勇気を胸中に秘めながら対峙していた。


して、動いたのは第二戦士隊だった。



「まずは障害を片付けよう、目当ての物を探すのは後だ」


「ええ、そうね」


「すぐに終わらせましょ」


「構えろっ!!来るぞっ!!!!」



ラフログの合図の声とほぼ同時に、アンナとユンナが獣のような身のこなしで飛びかかってくる。背後の二人が神器を構え、迎撃せんと前に出る。


だが、それよりも一足先に。手に呼び出した神器を携え、迫る凶爪を払い除ける。その場の誰もが、目を見開いたままその青年を映し出す。




迫ってくる二人の神器は神掌。一気に距離を詰めてくるということは、近接での格闘戦を仕掛けるつもりだろう。ここで迎え撃つならば、後ろの二人よりも、自分が出た方が攻撃の隙を作れる。問題はどれで迎撃するかだが、同じ神掌では相手にとっては好都合。神弓や神銃だと片方までしか対応が出来ない。神剣ではリーチが足りない、神斧だと速さが足りない。この状況下に最も長けたものは、()()しかない。



「まさか、アンタが迎ってくるなんて、ね」


「いい動き、するんだ」



身の丈ほどある長い柄を回し、神槍の穂先を相手に向ける。神器を似せて作られたそれに、力も、魂も、何も込もってはいない。けれど、そんなものでも今は、どんな神器にも負けないような気がした。不安や恐怖もある。でも、不思議と勇気とやる気に満ち溢れていた。



「……あまり、人間を舐めるなよ」



そう啖呵を切ると、レイヤは背後の二人と共に第二戦士隊へも攻撃を仕掛けた。ミュースとレイヤの二人が先んじてアンナとユンナに先制を仕掛ける。レイヤの空の神槍と、ミュースの神槍セイレーンによる双突が姉妹に迫る。が、アンナは飛び退き、ユンナは体捌きで回避する。



「私はこの女をやるわ、貴女はその男を」


「うん、わかった」



二人の会話の通りに、標準はそれぞれに向けられる。アンナはミュースに飛びつくような形相で神掌を振りかざし、爪撃と拳、蹴りが乱舞する。


「ハッ、随分と血気盛んだな」


「貴女こそ、目が怖いことになってるわよ」



止むことのない風を切るような連撃と共に、少女の黒髪が激しく揺れる。繰り返される一撃をレイヤは、ヘファイストスのもとで培ってきたあらゆる経験をフルに活用し、直撃を避ける。


「くっ……!」


「こんなのまだ、序の口だから」



ミュースとアンナ、レイヤとユンナが戦いを繰り広げる最中。ラフログとベルティナは微動だにしないまま、互いに睨み合う状況が続いていた。


「突っ立って見てるだけで、お仲間の助けには行かねぇのか?」


「彼女らは私がいなくとも作戦を遂行できるほどの実力を持っている。下手に私が出れば足手まといになるだけさ」


「そりゃ随分と信頼が厚いようで。だが、俺が加わっても同じこと言えんのかよ」


「そのために、私がここにいる」


ラフログが挑発を入れるも、ベルティナの表情は一切変わらない。ましてや、彼の言葉にラフログが気圧されそうにまでなってしまう。ベルティナ本人は戦闘に参加しないと公言しているものの、彼が加われば状況は最悪だ。それを危惧したラフログは、ここで何としてでもベルティナを止めなければならないと判断したのだ。


「あんたに戦う意思がねぇんだったら、俺も出るつもりはねぇよ。その方がお互いのためだろ?」


「確かに、その通りかもしれない。だが、気が変わった」



「────ああ、結局こうなるのかよ」



怪物、ベルティナは神剣を携え、ラフログへと距離を詰める。すぐにラフログも神器を構え、臨戦態勢をとる。ベルティナは手に持つ神剣を強く握り締めると、ラフログごと薙ぎ払うかのように構える。


「そっちがその気なら、こっちも考えがあるんでな」


ラフログが不敵に笑みを浮かべる。すると、ラフログの契約神器、神掌カフカが奇怪に変形し始めた。


ラフログと契約を交わした、神掌カフカ。この神器の特徴はなんといっても、その固有の能力にある。それは、自らの体を部分的に蟲の姿へと変えることが出来るのである。蟷螂、蝗、蠍、蜘蛛、蜈蚣、他にも様々な蟲へと変身することができる。あらゆる状況で変幻自在に対応できるのが強みであり、それを使役するラフログは第一戦士隊の中でもトップの実力者なのである。


「『もはや還れぬ夢・蜈蚣(メタモルフォシス)』、こっからは行かせねぇ」


カフカを装着していた右腕が、赤黒く縦長に伸び、たくさんの脚が犇めくように並んでいる。爪は更に鋭く、恐ろしい見た目へと変貌を遂げた右腕は、蜈蚣そのもののようだった。


「お前は、ここで俺と遊んでろよ」


ラフログの変貌にも顔色ひとつ変えずに迫ってくるベルティナを、ラフログはその長く伸びた腕で掴まんと鋭利な爪先を逆立て襲いかかる。しかし、ベルティナはそれを神剣で弾き返し着々と距離を詰めてくる。それにラフログも進行を阻むことに全力し、纏わり付くようにしつこく追撃する。


「──────」


次々と迫りくる蟲の刃を、怪物と呼ばれる男はそのことごとくをすり抜けるように避けてゆく。洗練された動きは、見惚れるほどまでに精彩で。目の前で披露される剣術と体術、それが幾度とない研鑽を積み重ねることで為せる業なのだと、見る者全てに訴えかけてくる。この森林にて。戦場を支配していたのは紛れもなく彼だと、悔しくもラフログは思ってしまった。




「……君との相性はどうにも最悪らしい」


「ああ、俺もつくづくそう思うね。ここはひとつ、引いてやくれねぇかね」


「少し手荒になるが、悪く思うな」


「────────っ!???」




僅かにも満たない、刹那。ベルティナはラフログの眼前まで地面を蹴り抉るほどの力で跳躍し、一閃の構えをとる。忽然と目の前に現れたベルティナに、ラフログは数秒、反応が遅れた。

胴を断たんと振りおろされる刃。瞬間的に魔力が膨張し、絶大な破壊力を生み出す。まともな受け身もとることすら出来ずに、ラフログはその身に大破壊の一撃を受け────、





「またしても君か、夜宵怜夜」





魔犬からの猛攻を掻い潜り、魔力で自身の足を強化し、矢の如き速さで駆け抜ける。そして、間に合わないと知りながら、必死に守りの構えをとろうとするラフログを相手の間合いから突き飛ばし、目の前で振り降ろされる一閃を、即座に持ち替えた神剣にて寸前で受け止める。




「くっ、ぐぅぅぅぅ、あぁぁぁぁっ!!!」




剣と剣の鍔迫り合い。激しい光と火花を散らし、────レイヤは声を上げる。


自分のとは比べものにもならない、圧倒的な魔力量と剣圧に押し潰されそうになる。空っぽの器と秘められたものとの衝突。所詮は贋作、本物に勝ることは無く────。



「────っづぁ!!?」



莫大な力の前に、レイヤは後ろに大きく吹き飛ばされた。



「なにやってくれてんだ馬鹿野郎。お陰で助かっちまったじゃねえか」


叩き付けられるような衝撃は無く。代わりに聞き慣れた皮肉混じりの声と共に、何かが身を巻き付き、寄せられるように引っ張られる。顔を上げた先には、ラフログがこちらの顔を覗いていた。


「ラフログ、ごめん。あの時、咄嗟の判断で飛び込んじゃって……」


「レイヤは悪くねぇよ。お前が気にすることなんかじゃない」


「いや、でも。頭にたんこぶが……」


「うん、だいぶ痛かったけどな!」



二人のやり取りを眺めていた怪物のもとに、二人の少女が揃う。そして、男二人のもとにも一人、少女が歩み寄る。


「レイヤがひとりで突っ込んで行った時には肝を冷やしたけど、無事で良かったわ。……でも、次は無しな。私一人で二人同時に相手するのは流石の私でもね」


「いたた。ご、ごめん、ミュース。次からは気をつけるから」


青い長髪を揺らし、ミュースがレイヤの頬を優しく抓る。



「さすがの実力だな、第一戦士隊。ここまで手を焼くとは思いもしていなかった」


「私は別に苦戦してないけどね」


「……私も」


ベルティナたち第二戦士隊はまだまだ健在といったところだろうか、こちらに対する戦意は今だ向けられている。だが、それはこちら側も同じだ。まだ、誰も諦めちゃいない。



「……さて、こっからどーするよ」



ラフログがレイヤとミュースにだけ聞こえるように、小さな声で呟く。先程の戦闘において、レイヤは密かにベルティナ、アンナ、ユンナの戦闘スタイルや得手不得手を分析していた。それはヘファイストスとの修行の際に、相手の動きを細やかに観察することで、自然と分析能力へと進化を遂げたのだ。

分析をもとに、自らの脳内でひたすらに演算を繰り返し、最適解を探る。これまでに積んできた激しい鍛錬、経験、成果を今、発揮する時がきたのだ。


そして、それらが導き出した答えこそが──。





「俺が、ベルティナさんと戦う」


「何言って────」



レイヤの言葉に、驚いたミュースがすぐに反対の意を申す。だが、即座にラフログがそれを遮った。何も言わずに、ただひたすらに無言で。そして、ゆっくりとレイヤの方へ顔を向ける。ラフログはレイヤの肩に手を乗せ、短く言い残した。




「勝つぞ。三人で」





それが合図だったかのように、再び激戦が開幕する。して、────物語は冒頭へと至る。








「っはぁ、はあっ、……っ、はぁ、はァ」



口の中に広がる血と唾液が混じる。息をする度に、レイヤは苦痛を強いられる。意識が混濁し、まともに思考が巡らない。


目の前に映る男、ベルティナ・シルバリーは尚もレイヤを見据えて立ち尽くしている。


「なぜ立ち上がる。一体何が君を突き動かしている。立っていることさえままならない君が、非力である君が、人間である君が、なぜ戦うんだ」


低い声音で、ベルティナはレイヤに問いかける。これまでに見せることのなかった険しい目つきで、レイヤを見下ろす。

今に至るまで、決して表情を変えることのなかったベルティナ。だが、今の彼に見えるのは、荒ぶった感情だった。冷ややかに燃える怒りにも似た闘志が、確かにそこにある。


「私には人間が分からない。どういった意志を持ち、どういった尊厳を掲げ生きているか、私は知らない。故にこそ、私は君という人間が分からない。なぜ君が同じ戦場に立っているのか、なぜ君が天使のために身を呈して戦うのか。私は戦士として、それを知らなくてはならない」



ベルティナの問に、今まで朦朧としていた意識が覚醒した。


姉と妹と別れたあの日。目の前の小さな命を救いたくて、飛び出したあの日。原点はそこから。


どんなに小さくとも、目の前に救える命があるのなら、手を差し伸べたい。


それは、いつかの暖かな陽だまりの日。彼女がそっと、言い聞かせてくれたように。



『誰かが困ってて立ち止まってる時、誰かが辛くて泣いてる時、誰かが悲しくて落ち込んでる時。そんな時は、そっと優しく手を差し伸べてあげて。誰かに寄り添うことの出来る人は、自分にも優しく出来る人なんだよ。だからね、どうか自分を責めないで。誰かにも、自分にも優しく出来る、怜夜くんにはそんな人になって欲しい。大丈夫、────お姉ちゃんはいつだって君のそばにいるから』






「……俺には誰かを守る力なんてない。自分を守ることで精一杯で、非力で、無力な人間だ」



口に残る蟠りを吐き捨てるかのように、場違いで、憂いを感じさせるような言葉が綴られる。思い返される、自らの無力さ。胸の内を突き刺すような鋭い痛みが、記憶と共に蘇る。


だが、レイヤはそれを受け入れた。自分の弱さとして、迎え入れた。故に、レイヤは成長することが出来た。いつか弱い自分を超えるために、強さを手に入れるために。それは、戒めとしてレイヤの中に残り続けるのだ。どんな時も、あの日の誓いを胸に刻むために。



「だけど、それが戦わない理由にはならない。俺にはたくさん大切な人たちがいる。守りたいと思える人がいる。俺は、それだけで戦える……!理由なんていらない、そこに救える命があるのなら、俺は手を差し伸べるだけだ!」



双眸に曲がることの無い決意を宿し、レイヤは躊躇うことなく自らの意思を表明する。その言葉にベルティナはしばし瞑目し、数秒した後にゆっくりと開眼する。そして、彼の表情には微笑みが生まれていた。



「ようやく、吹っ切れたようだな」


「……な、どういう意味ですか」


「私たちと対峙した時、一戦交えた時、常に不安を抱いていただろう?」


「どうして、それを…………!?」


「雑念を抱いている者は、表面上には出なくとも戦いそのものに表れてしまうものなんだ。君には不安と焦り、恐怖があった」


モーランとは一風違った、脅威の観察眼。多くの戦場を見てきた者だけが為せる業なのだろう。


だが、驚いたことはもうひとつ。



「でも、どうしてそんなことを。俺はベルティナさんの敵で……」



「忘れたかい?これは戦いであり、殺し合いでは無い。互いに高みを目指すことを目的とした訓練だということを。君も同じ戦場に立つ戦士であり仲間だ、粗末にはできないだろう」


「俺のために、一芝居を…………」


ベルティナの行動に、レイヤは思わず呆気にとられる。同じ戦士隊では無いにも関わらず、戦うことへの意味を見出させ、敵であるレイヤを手助けをしたのである。戦いの優劣よりも、ベルティナは仲間の成長させることを迷わず選択したのだ。

ベルティナ・シバルリーという男の怪物たる所以。それは戦闘面を評されての呼び名であり、見ればすぐに分かってしまうものだ。だが、評されるべきことはもっと他にあると、彼の信念こそに着眼すべきだと。



「俺をやる気にさせて……どうなっても知りませんよ」


「私も加減するほど野暮なことはしない。全力でこい」




戦闘演技空間ファントム、森林エリア。


ここに、怪物と人間の死闘が幕を開ける。





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