第四話 美少女師匠にはご注意を
「……調べるって、具体的に何を調べるんだ?」
園長室を後にし、再びレイヤはドラシルの書斎室へと戻り部屋の中をウロウロ歩き回っていた。何しろ、暇を持て余しているからだ。
その理由というのも、ドラシルにかれこれ一時間ほど待たされているのである。当の本人はというと、本棚を巡り巡っては、あれでもないこれでもないと本を探している様子であった。おかげで、辺りは本が散々とし足場を埋めつくさんとしている。
「……お、あったあった。調べるというのはね、君の神器の適性だよ」
脚立から降り、本に降りかかった埃を払うとドラシルは、その本を片手に辺りの散らかった本を躱しながらレイヤにへと近づく。ドラシルは満足気に笑みを浮かべると、その片手に持った緑の表紙が印象的な本を書斎机で開く。開かれると同時に、古めかしい紙の臭いがふわりと香る。中にはおびただしい数の文字が並んでいるのだが、漢字や英語でもなければどの国の文字でもなく、どの文字もレイヤには読むことは出来なかった。
「早速調べてもいいんだけど……せっかくだから、まずは神器について君に教えてあげよう」
そう言って、ドラシルは何かが描かれているページをレイヤに見せながら、解説を始める。
「神器というのは、その名の通り神が造りだしたと言われている武器だ。その神器の多くは、この星に存在するあらゆる伝説、或いは伝承が由来となっている。中には神そのものが神器となっているものもあるという。そんな神器には六つに分類されていてね。──神剣、神弓、神槍、神斧、神銃、神掌の六種類だ」
そのページに描かれた、六つの神器の絵を指さしながら、ドラシルはゆっくりと語る。しかし、ドラシルの顔との距離があまりにも近いことに、レイヤは集中することができずにひたすら目線を躱すので精一杯だ。
「……ねー、ちゃんと聞いてる?」
「き、聞いてるって!」
じとりとした目でレイヤの顔を伺うドラシル。ますます顔との距離が縮まり、レイヤは彼女の目線とようやく被弾する。紅色に染まった彼女の瞳と、レイヤの黒瞳が交わる。そして、まじまじと彼女の顔を見たレイヤは、改めてドラシルの整った顔立ちに息を呑む。
姉の輝夜と妹である夜々音も、街で歩けば男性が思わず二度見する程度で、かなりの美人だとレイヤは思っていたが。
さすがは天使と言うべきなのだろうか。彼女に至っては最早、美人という言葉には納まらないほどの美貌の持ち主だ。世の男性を骨抜きにしてしまうのも、彼女の美しさであればいとも容易いだろう。
「もしかしなくても、見惚れてた?」
「してねーから。早く説明の続きをやってくれ」
危なかった。と、心の奥底でぼそりと呟いたのをそっと隠し、素っ気ない返事で返す。
期待を易々と裏切られたドラシルは、なんとも味気ないと頬を膨らませて分かりやすく拗ねた様子を見せる。
「ちぇっ。こんなに美人で超可愛い私が師匠だってのに。まったく君は可愛げが無いなぁ。君くらいの年頃の男の子なら、私のような女の子が傍にいるだけでもたまらなく嬉しそうにすると思っていたんだけどな」
「俺には美人な姉と妹がいたんでな。慣れてるんだよ」
そう言ってレイヤは突っ撥ねた態度をとる。すると、ドラシルは不意を突くようにレイヤの手を強引に掴み、自らの胸に沈ませるように押し当てる。
あまりにも急で、大胆な彼女の行動に、レイヤの顔は茹で上がる。思考がまとまらず、口をぱくぱくさせているレイヤの様子を、ドラシルはさながら小悪魔のように啜り笑う。ドラシルは小悪魔のような笑みを浮かべたまま、レイヤの顎にそっと指を添えて、脳をも蕩かすような甘い声で囁く。
「君がそう言うのであれば、私という存在を君の脳裏にくっきりと染み付くまで。君のあらゆる感覚全てに焼き付くまで。君という存在を余すことなく、私で埋め尽くしてあげよう」
艶めいたように色づく唇に、透き通るほど白く美しい肌。妖しげに笑みを浮かべる彼女を直視する。そして、脳が焼ける。
「……なーんてねっ!あーっはっはっは!冗談だよ!君が素っ気ない態度をとるから、少し仕返ししてやろうと思っただけさ。ふふ、驚いた?」
「…………色々と体に悪いからやめてくれ」
危うく、悩殺される一歩手前であった。