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デマイズ・オブ・ワールド  作者: 雨兎
第三章 邂逅
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第四十七話 映らない魔眼


午前の授業が終わり生徒たちが食堂へと戻る中、レイヤとフェリシアは授業で使用した道具の後片付けを終え教室へと戻る最中だった。


「レイヤさん!食堂のめろんぱん、食べたことはありますか?」


「……そういえばここのは食べたことなかったな」


「焼きたての外のクッキー生地はとってもサックサクで、噛めばバターの豊かな風味が口いっぱいに広がり、中はふわっふわでたまらないんです!」


途端に饒舌になると、フェリシアは目を輝かせながら食堂のメロンパンについて語る。話によると、一日五十個限定で作られるというそのメロンパンは大変美味だと評判が良いとのこと。バルファリアに来てからのフェリシアはドラシルの影響で甘いものに興味をもつようになり、こうして今では堪能している真っ最中なのである。

レイヤ的には、フェリシアがなにかに興味をもってくれたことが何より嬉しかった。石室で会った時での彼女の表情とは一変、今はこうして曇りひとつない笑顔が咲いていた。その事実が、自分の頑張りへと変わるのだ。



「レイヤくん、少しよろしいですかな」



ふと、後ろから声がかけられる。声の主はモーランで、何やら二人で話したいそうだった。レイヤはフェリシアと別れ、モーランと共に相談室へと向かった。





「急に呼び出して申し訳ありません。ささっ、お座りください。今、お茶を淹れますからね」


「……ありがとう、ございます」


突然と呼び出されたレイヤは言われるがままソファに腰掛ける。そそくさと準備するモーランをぼんやりと眺めながら待っていると、両手に湯呑みを持ってこちらに向かってきた。丁寧に机の上に置くとレイヤの向かい側のソファに座る。


「……えー、では。改めて自己紹介を。私の名前はモーラン・ドルアス。今では天界の戦術指南役総指揮官を務めさせて頂いております」


改めて自らの名を紹介するモーラン。そして新たに明かされる素性に驚く。あれほどの観察眼と洞察力に、的確にアドバイスができるまでの知識はどこからきているのだろうと不思議に思ってたいたがそれもすぐに霧散する。


「お嬢様……ヨーコお嬢様はお元気でしょうか」


「はい、ヨーコがいてくれるおかげで毎日が楽しいですよ。いつも笑顔をふりまいてくれて、そんなヨーコに元気を分けてもらってます」


「それを聞いてほっとしました。ヨーコお嬢様が他の国の景色を見てみたいと仰っていましたので、いつかその時が来るとは思っていましたが……存外にも早く訪れましたので心配だったのですよ。でも、ヨーコお嬢様のそばにいてくれる人が、君のような善良な方で本当に良かったです。どうかこれからも、ヨーコお嬢様をよろしくお願いいたします」


「い、いえ、そんな……」


心の底からの安堵の表情を浮かべながら、モーランはレイヤに感謝の言葉を述べる。深々と頭を下げるモーランに、レイヤはなんだかむず痒くなるような感覚を味わう。ここまで感謝されると、いてもいられなくなるような恥ずかしさが込み上げてくる。そのおかげで返す言葉もよそよそしいものとなってしまった。


「おや、どうかされましたかな?」


「その……感謝されるのは慣れていないので」


レイヤは照れるように目を逸らしながら言うと、モーランは笑った。モーランはどこか、嬉しそうだった。




「さて、ヨーコお嬢様のことは安心できましたし、そろそろ君をお呼びした理由を教えないといけませんな」


待ちかねた本題だ。自分を呼び出した理由については的確な目星はついていない。憶測ではあるが、先程の教習において、レイヤだけがモーランの指導を受けていないのだ。最初は時間的な問題かと思ったが、こうして呼ばれたことで不自然さを微かに抱き始めていた。あの場で話すことのできないなにかが、あるとでもいうのだろうか。


「フェリシアさんにもお話ししましたが、私の眼は普通ではありません。魔眼と呼ばれる力です。私の魔眼の名は『神眼・八咫烏』。この妖なる眼を世界はそう呼びます」


モーランの瞳がゆらりと青白く朧気に光を放つ。見た者の真実を映し出すという異能を秘めた魔眼。その魔眼を以て、フェリシアの内なる力を見抜いてみせたのだ。

その瞳に、レイヤはどう映し出されたのだろうか。その真実が、レイヤにとってどのような影響を及ぼすのか。それを考えるだけでも、自然と手には脂汗が浮き出ていた。


「レイヤくんは確か、神器適正が無いと仰っていましたね」


「そうですけど……」


「ふむ。それがこの結果に影響しているという考えも捨てきれないですが……率直に申し上げると、今も私はこの結果を信じることが出来ません。これまでたくさんの人々を見てきましたが、君のようなものは今まで見たことがない」


「……どういう、ことですか」


しばしの沈黙が生まれる。張り詰めた空気をひしひしと肌で感じる。緊張に思わず、喉が詰まるような錯覚を覚える。


そして、モーランが沈黙を破る。





「────この瞳に君だけが映らないのです」





モーランの言葉を咀嚼し、反芻する。だが、それでもモーランの言葉の意味が分からない。


「…………映らない?」


「私の魔眼が起動した際には、必ず映るものの情報や力の奔流が視認することができるのです。……そのはずなのですが、私の魔眼には君の姿すら映らないのです。まるで、そこにはいないかのように」


一体どういうことなのだろうか。そもそも、魔眼という存在をたった今レイヤは認知したのだ。無知であるがために、どのくらい異常なことなのかがいまいち理解できていない。だが、先程まで穏やかな雰囲気だったモーランの表情が強ばっているのを見るに、ただ事ではないということだけは察することができた。


「……レイヤ君の力になれず、我ながら本当に不甲斐ない。力不足の私を、どうかお許しください」


「そ、そんな!頭を上げてください、モーランさんは何も悪くないですよ!」


自らの力不足を惜しみ、申し訳なさそうに謝礼を述べるモーラン。思いもよらぬ行動にレイヤは慌てて止めるように説得する。


「……俺はみんなと違って才能もないし、神器とも契約できない。ましてや、ただの人間です。そんな俺のことを、立派な戦士にしてやるって言ってくれた人がいるんです。俺が諦めかけたときも、励ましてくれたんです。だからもう、諦めないって心に決めたんです」


他と比べれば、劣っていることなど一目瞭然。平凡たる人間が天使と並ぶだなんて有り得るはずがない。幾度となく自らの力の無さを嘆いたであろうか。

だがそれでも、諦めることはできない。傍で見守ってくれる人がいる。こんな自分に期待してくれる人がいる。力強く応援してくれる仲間たちがいる。こんなにも支えてくれる者たちがいるのだ、それに応える以外の道理は無い。


「だから、見ててください。魔眼じゃない、モーランさんのその眼で。絶対になってみせますよ、みんなも助けて、この戦いも終わらせる立派な戦士に」


「…………ええ、ええ。必ずやこのモーラン・ドルアス、君の行く末を見届けてみせましょうぞ」





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