第四十四話 一時の戯、そして課題
「新しくこのクラスに転入することになりました、フェリシアと言います。わからないことだらけですが、どうか皆さんよろしくお願いします!」
ぎこちなくも嫋やかな笑みを浮かべながら、フェリシアはクラス中の皆に自己紹介をする。レイヤたちと同じ黒を基調とする制服に身を包み、白が印象的なチェック柄のプリーツスカートがとても良く似合っていた。
フェリシアが席につくと、担任であるラクアが教卓に立ち朝のホームルームが始まる。
「さて、新しい仲間も増えて喜ばしいことだがお前たちはまだ悠長にはしていられない。今日から二週間後、別棟の第二戦士隊と合同で戦闘訓練を実施することとなった」
「……えーーーーーーっ!!!!??」
教室はおろか、学校中にクラス全員の驚愕の声が響いたのだった。
「確か、レイヤが来た時にもああいう感じだったな」
「ほんとだよ。あの時は俺も緊張してたのもあってパニックになったさ」
一人の机を囲む人集りを眺めながら、ルベリアはレイヤに語りかける。それに対しレイヤはこの教室に来た時のことを懐かしむように苦笑いした。
すっかりフェリシアはクラスの皆と笑いながら会話をしている。馴染めるかどうかで心配だったがどうやら杞憂だったようでそっと心の中で胸を撫で下ろす。
「しかし、戦闘訓練か……。先生の言った通りうかうかしてられないな」
「なぁルベリア。別棟のクラスと合同って言ってたけど、その別棟の第二戦士隊ってどんな人たちが集まってるんだ?」
「俺も詳しいことまでは知らんが、実力者が集まっているということは確かだ。特に俺と同じ隊長を務めるベルティナ・シルバリー。この学園内で怪物と評されている彼が一番に注意を払うべき人物だろうな……」
レイヤの知っているルベリアは普段から落ち着いていて淡々と語るクールな印象であった。だが、たった今初めてルベリアの見せた深刻そうな表情をレイヤは目にしたのである。ここまで彼の表情を変えさせるような人物なのだ、相当な実力者であることは間違いない。
「やぁやぁ二人ともー。男二人が辛気臭そうな顔してどしたんだー?もっと俺みたいに笑おうぜ!な!」
「今日は随分とにやけ顔の主張が激しいな」
デレデレとにやけ顔を浮かべながら話かけてきたのはルウチスだった。いつもならルベリアの単調かつ図星をついた発言にルウチスのツッコミが飛んでくるはずなのだが、今日の彼は幾分と上機嫌だ。それもなんとも幸せそうな表情を見れば伺える。
「決まってんだろー?なんたって今日このクラスに入ってきたフェリシアちゃんと喋れたんだぜ!?そりゃ舞い上がるに決まってるだろー!」
「ルウチス……いつもクラスの女子に相手されないからよっぽど嬉しかったんだろうな」
「……可哀想だから今日は言ってあげるなよ」
「はは、ルウチスはまだやってんのか」
またも的確なコメントを残すルベリアにレイヤは思わず苦笑いだ。それに続きやれやれと笑いながらレイヴも三人のもとに来るといつもの四人になった。
「つってもよぉ……戦闘訓練だなんて正直俺自信ねぇぜ?本当は前のアマノツキ研修で戦闘教習があったのに、悪魔の襲撃事件でそれどころじゃなくなったからなぁ」
「ヨーコちゃん元気かなぁ……」
「あっちは西国フェイミリアでの研修だったらしいからな。仕方がなかったとはいえ、遅れをとっていることは確かだ。その差を縮めるためにも今日からやれることをやっていくしかないな」
「お、ルベリアが珍しく燃えてんなぁ。俺も不安がってばかりじゃだめだ!やるからにはとことんまでやってやろうぜ!な!」
「……俺も、みんなに追いつけるように頑張らないと」
ドラシルを筆頭に、レイヤは多くの者から学んだ。それだからといって、レイヴたちに追いつけた訳ではない。なぜならレイヤは、戦士としての基盤すら未だに出来上がっていないのだ。神器との契約は叶わず、ようやく魔力の調整が少しづつ出来るようになってきたぐらいだ。元が人間だったのが仇となっており、人一倍レイヤは努力しなければならないのである。
それでもレイヤが諦めることはない。挫けようとも何度だって立ち上がる。自分に期待を向けてくれる人がいる。大切に思ってくれる人がいる。それに全力で応えたい、そう決めたから。
「皆席についているな。今朝、私から話した通り別棟の第二戦士隊と合同による戦闘訓練が行われる。本来であれば君たちはアマノツキの研修にて戦闘教習があったのだが、知っての通り悪魔の襲撃でやむを得ず中止になった。…………そこで、だ」
何かあるような口ぶりを見せるラクアに、クラス全員が疑問符を浮かばせる。その様子を見届けたラクアは答え合わせかと言わんばかりに教室の入口へと目を向けた。釣られるようにクラス全員の視線が入口へと向けられる。すると入口の戸が開かれ、予想の遥か上ををゆく展開に思わずクラス全員が唖然とした。
「皆さん初めまして、私はモーラン・ドルアスと申します。本日は前日叶いませんでした皆様の戦闘教習の講師を務めさせていただくために、東国アマノツキより参りました。今日から戦闘訓練の本番に向けて尽力でサポートして参りますのでどうか何卒、よろしくお願い致します」
「……というわけで、今日から特別講師のモーランさんにご指導いただく。各自懸命に励むように、以上だ」
そうしてラクアは教室を後にした。この大男を置いて。
紺の着物に黒の羽織を身につけ、見るからに和風を思わせる着こなし。紫紺の瞳とその目つきからは穏やかさが滲み出ており、頭髪は無くいわゆるスキンヘッドだ。袖から覗かせる手や肌は黒褐色であり、丸々とした体型がなんとも存在感を与えている。ここまでは、特に驚くことはない。レイヤ自身見るのは初めてだが世界には黒人と呼ばれる人種が存在すること自体は知識にあるためここまではある程度認識出来る範囲内だ。
ある点を覗いては。
クラス全員がモーランの頭に生えた動物の耳と、後ろで揺れている大きな尻尾に釘付けになっていた。そう、どう見ても狸なのである。
「…………どうかされました?」
色々な意味で皆の注目を集めたモーランとの特別教習が始まった。




