第三十九話 大神顕現
「…………美味いな」
「そう、よかった」
静寂に波のさざめきが響き渡り、潮風が前髪を擽るように靡く。紅茶を飲み干しティーカップを皿の上に置くとそれを彼女は追うかのように見つめる。レイヤは不思議そうに首を傾げると目の前に座る少女は照れるように目を逸らした。
「ん、どうした」
「……いや、その、飲み干すのが早いからそんなに美味しかったのかな、って」
「ああ。いや、なんか前飲んだ時と味が違うなぁって。すごく飲みやすかったし、美味しかったぞ」
「そ、そう?レイヤの口にあってたならよ、よかったわ」
そうして時を司る神、クオンは懸命に視線を逸らしながらティーカップを口元へと運んだ。
「……それで、今度は何で俺を呼んだ?」
「うん。その事なんだけど……」
レイヤは、自分が再び呼ばれた事を言及する。しかし、それに対しクオンはどこか浮かない表情だった。何かに困り果ててどうしようもないような、眉を顰めた顔で俯いていた。
一体何が、と悟る前にそれは訪れた。
「──むぅん。どんな男かと思えば、軟弱そうなやつじゃのう」
こちらへと近づいて来る度に大地が揺れ、轟音が響く。上半身裸に、腰蓑を身に付けた巨漢がのしのしと歩み寄る。短髪の白髪頭に、漢らしい髭が伸びていた。肥大し引き締まった胸筋、丸太のように太い両腕は強く脈打っていた。老人、とは思えない程の巨躯の男はレイヤの元へくると、鋭い薄緑の眼光で見下ろした。
「な、な、何なんだ……!?」
「ちょ、ちょっとおじいちゃん! まだ呼んでないのに!」
「クオン、ちょいと黙っとれ。こやつの力量、計らせてもらうぞ」
そう言ったそばから、老体の男はレイヤの顔よりも大きな己の拳を振りかざすと、それをレイヤにへと繰り出した。直撃は紙一重に避けるも、衝撃波と石つぶてに巻き込まれたレイヤは大きく後退する。避けた箇所を見ると、立っていた地面には大きなクレーターができており、あれをまともに喰らえばひとたまりもないのは言うまでもないだろう。
男は標準をレイヤにへと向け戻すともう一撃、もう一撃と繰り返した。それをレイヤは寸前で躱すが、男の連撃は止まらない。それどころか、一撃ごとに威力が増しているかのようにも感じていた。
「ちょこまかと躱しおって、男なら受け止めてみせい!」
「いや、死ぬから躱してんだよ! 何でいきなり襲ってくるんだよ!」
「そんなの決まっとるわい。クオンが連れてきた男じゃ、わしはまだクオンの交際を許しては──」
「──もうっ!いい加減にしてっ!!!」
赤面のクオンが大声と共に、手に持つ神剣を空に掲げる。
◇◇
「…………あ、あれ」
気付くとレイヤはクオンの後ろに立っており、巨躯の老人はその場で正座させられており、縮こまっている。見れば周りの荒れた大地も元通りの海岸へと戻っていたが、そのかわりにクオンの気性は荒れていた。
「おじいちゃん、何か言うことは?」
「わしはだな、お前さんのことを思って……」
「なぁに?」
「す、すまん…………」
あれほどまでに存在感のある男も、クオンの前では完全に萎縮しきっていた。クオンはため息をつき、手に持った神剣を虚空に消すと、ぷりぷりと顔を膨らませて、男ににじり寄る。
「おじいちゃんの気持ちは分かるし、ありがとうっても思ってる。でーも、今回はやり過ぎ! いくらなんでもやり過ぎですー! だいたい、レイヤとはつ、付き合ったりとかそんなんじゃないから!」
「わしはてっきり、彼氏でも連れにきたかとばかり」
「だーかーらー! 違うってばあ!!」
「……な、なぁ、クオン。その、おじいちゃんってまさか、ほんとに?」
「──如何にも。わしの名はヘファイストス。偉大なるオリュンポス十二神の一柱。炎と鍛冶を司る神にして、可愛いクオンのおじいちゃんじゃ!」
そこに、大神は顕現していた。




