第三十七話 上手な笑い方
「────────」
ゆっくりと光の帳が消えてゆく。映し出された像は掻き消え元の視界へと戻る感覚を得る。
石室に独り、溢れんばかりの涙を浮かべ少女──フェリシアはこちらを見つめていた。
「フェリシア」
レイヤはふと彼女の名を口にする。それにフェリシアは反応しぽろぽろと涙を零しながらレイヤの瞳を真っ直ぐに見つめる。と、レイヤは両腕をフェリシアの方へと伸ばす。突然のことにフェリシアは無意識に目を瞑った。信じたいのに、体は恐怖で震えている。ごめんなさいと、心の中で謝りかけるがなによりも先に恐怖心が勝ってしまっていた。
「────本当に、辛かったな」
いつかの遠い日。あの時の感覚と似ていた。ふわりと、まるで自分を優しく包み込んでくれるような感触。──そう、いつも母がしてくれたように。
「もう、大丈夫だ」
「……………っぇ、っぐ、うぅ、っうわぁああああぁああああん!」
泣いた。それはもう、泣いた。
泣く時はいつも悲しくて、怖くてたまらなかった。
でも、あの時は違った。
恐怖でも、悲しみでもない。
心の底からの安堵に、涙が止まらなかった。
「………………落ち着いた?」
「…………はい。その、ごめんなさい。見苦しい姿を見せてしまって」
「気にすんな。泣きたいと思ったら思いっきり泣けばいい、……ってそんな余裕もなかった、んだよな。ごめん」
「いえ、そんな。そのお心遣いだけで私は救われます。………………それと、レイヤさん。ありがとうございます、私を救ってくれて」
穢れのない、無垢な瞳でフェリシアはレイヤを見つめる。この石室で最初に出会った時、フェリシアの瞳には光が宿っておらず何かに怯えているような眼をしていた。だが、今のフェリシアの眼には光が灯され生き生きとしている。止まっていた時間が動き出したかのように彼女の瞳には輝きが生まれていた。
「いや、別に俺は何もしてないさ。俺はただここに居ただけだからな。でも、フェリシアが救われたってなら俺も嬉しいよ」
「……………はい。本当に、本当にありがとうございます」
溢れる涙を拭いながら、フェリシアは微笑んだ。
「本当に貰ってもいいのか……?」
レイヤはフェリシアの抱えた天霊石に目をやる。淡く光を放つそれは見惚れるまでに神々しく、また綺麗であった。
「これを求めていたんですよね。であれば、必要な方に差し上げる方がこの天霊石もきっと喜んでくれると思うんです。それに、レイヤさんの力添えになるのなら喜んで差し上げますよ」
「……じゃあ、そうさせて貰う。本当にありがとう」
こうして古代遺跡の探索にて、無事に目当ての天霊石を手に入れることが出来たレイヤだが、その帰る足取りには深い迷いがあった。それは────、
「フェリシアは、これからどうするんだ………………?」
「私はここに残ります。気にしてくれるのはとても嬉しいです。でも、これ以上レイヤさんに迷惑をかけたくないですから」
「だけど、また独りに──────」
「私は寂しくなんかないですよ。こうしてレイヤさんに会えただけでも私は救われましたから。だから、大丈夫です」
────大丈夫なわけが無い。
あんなに苦しくて、辛い思いをして。
彼女は笑顔で振舞っているが、無理をしているのが明らかだった。
また彼女を、孤独という牢屋にへと戻すのか。
「レイヤさん………………?」
「…………よし、決めた。手荒になるけど我慢してくれ」
「え……?」
レイヤはフェリシアをお姫様抱っこで抱え、入口に伸びる階段へと駆けた。
彼女の過去は悲しく、残酷なものであった。心と体を傷付けられ、絶望にうちしがれた筈なのに。自分ではなく、よもや彼女はレイヤの身を案じることを選択した。
─────寂しい筈なのに、彼女は涙を堪え下手くそに笑いかけたのだ。
「あんな今にも泣きそうな顔で大丈夫なわけ無いだろ。これからは絶対に泣かせたりなんかさせない。一生笑って過ごせるような生活に俺がしてみせる。だから、俺と一緒に来い」
「きっと私、外の皆に迷惑をかけてしまいます。私と一緒だとレイヤさんにだって──────」
「迷惑がかかる、か?そんなのどうだっていい。お前にかかる不幸も悲しみも全部、俺が背負ってやる。お前は、笑ってるのが似合うからな」
「─────っ、レイヤさんっ…………!」
「おいおい、言ったそばから泣くなって」
「………………っ、すみません。本当に本当に、嬉しくて。ごめんなさい、涙が、止まんなく、て」
「少しづつ、少しづつでいい。ゆっくりと、時間をかけていい。いつか一緒に笑い合える日を、俺も気長に待ってるからさ」
「はい……!」
北国レグルセイム到着から三時間。
古代遺跡にて依頼の天霊石を回収。謎の石室にて少女と遭遇。
石室の少女、及びフェリシアと共にヴァルハリアへ帰還。




