第三十四話 泡沫の記憶
長く伸びた銀髪、照り輝く海の如く青々とした瞳、素肌は透き通るように白く薄暗い部屋の中でも映えていた。体つきも良く年齢で言えばレイヤと同い歳ぐらいだろう。しかし、服装はとても貧相で所々に破けている箇所もあり腕には手枷が付いている。その少女は初めて見るような目つきでこちらを恐る恐る見つめていた。
「………あ、名前は夜宵怜夜。えっと、レイヤでいいよ。君は?」
「私………私はフェリシア。ただのフェリシアです」
フェリシアと名乗る少女は俯いたまま、ただ手の震えを静かに抑えている。それは何かに怯えているかのようで明らかに普通ではなかった。
「…………あのさ、」
「ひぅっ!!………あぁ、す、すみませんっ。本当に、ごめんなさい、違うんです、これはっ」
話しかけようと手を伸ばした時、フェリシアはレイヤの手を弾いた。それも泣きそうで、苦しそうで、恐怖に打ちのめされたような表情だった。何度もそういう目にあったのだろう、フェリシアが咄嗟に見せた表情は見る者の心を締め付けるような悲しみで溢れていたのだ。
「…………怖いかもしれないけど、何があったか聞かせてくれないか?」
レイヤの言葉と共に、フェリシアはハッと顔をあげた。曇った瞳にようやく光が射し込んだかのように明かりを灯し、その瞳からは大粒の涙が零れた。フェリシアは弱々しい泣き声をあげ、その場に泣き崩れた。レイヤはその様子に青ざめ、慌てふためくようにフェリシアに謝りかける。
「ご、ご、ご、ごめん!!本当にごめん!!そんな怖がらせるつもりはなかったんだ、即刻いなくなりたいけどどうしようもないんだ!だ、だから本当にごめんなさい!!!!あぁ、どうしたら………」
「違うんです。あなたのせいじゃないんです」
慌てる様子のレイヤにフェリシアは静かに言葉をかける。穏やかな顔つきで自身の胸にそっと手を添えてぽつりぽつりと秘めた思いがこぼれ落ちる。
「私はあなたに優しく声をかけてくれたのがとても嬉しかったんです。知らない人にそんな暖かい目を向けられたことはなかったから、それが嬉しくて涙が止まらなくなって…………」
「…………………もう一度聞く。昔、何があったのか教えてくれないか」
「分かりました。これが私の───」
フェリシアは顔をこちらに寄せると顔にそっと手を添えて額と額を重なり合わせた。
瞬間、脳内に刺激が走り空白へと至る。
そして、その空白に映像が映し出された。
「お母さぁーん!!」
元気な呼び声と共に小さな少女が駆けてくる。風に靡く艶やかな銀髪が輝く。少女は洗濯物を干している女性の背後から思い切り抱きついた。その女性は慈しむように微笑むと少女の身長に屈み合わせ頭を撫でながら笑った。
「あら、誰かと思えば甘えんぼさんのフェリシアちゃんだわ。またまたお母さんに甘えに来たのかなー?」
「うん!だってお母さんが大好きなんだもん!」
「うふふ、お母さんもフェリシアの事が大好きだから甘えちゃおっかなー?」
「ふっふふー。私はお利口さんなので先にお母さんから甘えていいよっ」
「まあこの子ったら。それじゃあ甘えちゃう」
大きく腕を広げ抱きつくと愛でるように頬ずりした。快晴の空の下、小さな少女フェリシアとその母、ミラは幸せの時を過ごしていた。
これは過去の、かつて平穏な日々であった頃の記憶。




