第二十五話 開演、そして終幕
「はぁっ、はぁっ、っはぁ…………………っ!!」
広く複雑に入り組んだ城内をレイヤは自身の身体を酷使しながら走る。
──────今すぐにでも弱音を吐きたい。
痛い。苦しい。泣きたい。諦めたい。現実から逃げ出したい。全てを棒に振りたい。それがレイヤの心からの本音だった。苦しみに耐える中、様々な葛藤が脳内を過る。呼吸は荒くなる一方で手足は震え上手く走ることが出来ない。ふと気を抜いた瞬間、視界が揺れる。
もう、挫けるまでにそれほどの時間は必要なかった。懸命に歯を食いしばり、顔を伏せる。せめて、泣く姿だけは誰にも見せたくなかったから。
──────そう、泣く姿だけは。
「…………………馬鹿、野郎ぉ」
無理矢理に体を起こしふらつきながら立ち上がる。再起動した体は再び警鐘を鳴らす。しかしレイヤはそれらを無視して足を前へと運ぶ。
兄が、泣くわけにはいかない。
大切な者たちを守るために、今は最善の行いを。
廊下を進み階段を降りると広い空間に出た。奥には大きな扉が立っている。レイヤは力を振り絞り扉にへと駆ける。駆け込んだまま、低い姿勢をとり衝撃に備える。扉は轟音と共に開け放たれる。レイヤは地面と衝突し投げ出される。強い激痛に身を悶えながらレイヤはその瞳で世界を映し出す。
悲鳴をあげ、逃げ惑う人々。無作為に殺し、蹂躙する黒き翼の獣。
──────人が焼ける、懐かしい臭いが鼻の奥を突き抜けた。
暗闇に潜む暗殺者の刃はこと如く命を刈り取る。その一撃一撃をラクアは体捌き、剣撃にて躱していた。
「避けてばっかりじゃつまんなーい。これじゃあ、飽きちゃうじゃない…………むぅ」
「────────」
言葉を交わしながら尚も凶刃は惨殺しようとするのを止めない。一歩、また一歩とアスモデウスは確実に間合を詰めて来る。影と同化し死角からの一撃を毎秒の如く繰り出すアスモデウスに対しラクアはただ立ち尽くしその一撃を流れるように躱す。しかしその一撃も段々と重く、確実性を増していく。今では躱しきれているものの、その刃が届くのは時間の問題であった。
「ひとつ聞きたいことがある」
ラクアは一言そう言い放つと光速の一閃を放つ。アスモデウスは軽やかに回避し一度距離を置く。楽しそうに尻尾を揺らしアスモデウスはラクアを見つめている。
「お前たちは何故に天使を襲う。何か目的があってのことか」
ラクアの問いにアスモデウスは不思議そうな表情できょとんとしている。そしてすぐに艶美と微笑む。
「そんなこと決まってるじゃない。悪魔は我が欲を満たすために、私は愛に飢え、愛に生き、愛故に愛す。愛の無い人生なんて悲しすぎるもの、だから私はこの世の全てに愛を求めるのよ」
歪んだ愛、それは如何なる何であろうと全てを呑み込む。アスモデウスにとって愛とは、殺すことによって愛を見出している。その狂気が失われることは決してないのだ。
「答えるつもりは無いようだな」
ぴしりと空気が一気に張り詰め緊張感が走る。先程のラクアとは一変、その場の誰もが凍り付くような冷たい殺気を放っていた。
「なに、数秒だけ生き足掻くチャンスを逃しただけだ。お前がここで死ぬことには変わらない」
「へぇ、面白そ」
アスモデウスは短く呟き闇に消えた。周囲を見渡すも姿はない、ただ死が近づく足音だけが響く。背後、ラクアの影に潜む狂気は首を目掛けて刃を振るう。
「暗殺者が足音を漏らすなど論外だ」
刹那の出来事だった。アスモデウスの凶刃が首を切り落とすよりも前に、ラクアは背後にある暗殺者を突き刺していた。そして今ようやくアスモデウスは左肩に刺さった神剣が自分の血で赤く染まっていることを理解する。
月明かりに照らされたが如く、神剣が白銀の輝きを灯す。刺突された肩の内部から淡い燐光がアスモデウスを侵食する。
「閃にして死、輝きにて滅、零に至りて虚空に沈め。千に蔓延る悪鬼共よ、汝らに滅びの祝福あれ。死して果てよ、苦して果てよ、絶望にて果てよ、虚無にて果てよ、零にて果てよ。今此処に滅びあれ」
アスモデウスの肩はひび割れ、浄化の光が包み込む。剣の輝きは増し極光を浴びるアスモデウスは串刺しになったまま生き足掻いている。しかしそれも束の間、光は決して悪魔を逃さず、悪魔もまたそれを受け入れるほかなかった。
「──────『悪鬼必滅』」




