第二十三話 黒き獣と黒い男
「シスイ、ヨーコを連れて早く逃げろ」
「待ってください!お兄ちゃんは……………?」
ヨーコが悲痛な叫びをあげる。すすり泣くか細い声が鼓膜へと響く。
「…………時間は俺が稼ぐ。その間に助けを呼んできてくれないか。まあ、上手く稼げるかは自身ないけど」
「嫌……嫌だ!お兄ちゃんを残して逃げるなんて出来ない!それで、それで死んじゃったら………」
「大丈夫、俺は死んだりしない。だから泣かないで」
すすり泣くヨーコの頭を撫でる。レイヤは二人を背に庇うと「それに」と続け、
「────妹を守るのが、兄ちゃんの役目だからな」
成し遂げられなかった使命を、今ここで果たす。
「………わかり、ました。必ず帰って来てください」
「どうかご武運を」
二人を逃がしレイヤは影の方へと見やる。
「二人きりになっちゃったね。…………私のこと覚えてる?」
「……………ああ、覚えてるよ。くっきりと、鮮明にな」
「ほんと……?!ふふ…嬉しいな、嬉しいな。レイヤくんに覚えててもらえてるだなんて。嬉しい…………嬉しいなぁ……………!」
影、否アスモデウスはくるりくるりと円を描きながら胸を弾ませ喜んでいる。子供のような無邪気な笑顔で彼女は喜びはしゃいでいる。
「レイヤくん私ね、レイヤくんが大好きなの。好きで、好きで、好きで、好きで、好きで。たまらないくらい大好きなの。だからね、私もう我慢出来ないの。レイヤくんとずっと一緒にいたいの。私と一緒に行きましょう?」
「………悪いけど君の気持ちには応えられそうにない。それと告白するんだったらその物騒な物をしまった方がいい、イメージの下がる元だ」
「…………そう、参考にしておくね。でもレイヤくんと一緒になるためには必要なのよね、これ」
その直後アスモデウスは何の躊躇もなくレイヤに斬りかかった。警戒し常に避けられる体制でいた為、レイヤはアスモデウスの斬撃を危機一髪で回避する。地面を転がるように回避したレイヤは次の一撃に備え再び体制を整える。
「………好きな相手に襲い掛かるのは理解に苦しむな」
「好きだから、殺してでも愛したいのはダメ………?」
可愛い声音とは真逆にその剣撃は狂気によるそれだった。禍々しい神剣を振りかざすその姿はまさに悪魔である。そしてその刃をレイヤは死にものぐるいで回避していた。研ぎ澄ました神経を頼りにその凶器を躱していく。だが、凡人であるレイヤの消耗は著しく体力と精神共々神経は磨り減っていく一方だった。
「はぁ、はぁ…………っはぁ、はぁ、はぁ、ぁ」
全身に滲む汗、悲鳴をあげる身体。息を整えようとする前に内蔵が軋むように痛む為それどころではなくなる。
「もう怖がらないで、私が優しく抱きしめてあげるから。もう楽になっていいんだよ、私と一緒に行こ?」
自身の方へと歩み寄ってくる。逃げなければ、そう自分に訴えかけているというのに身体はびくともしないまま死を歓迎している。
───────────三度目の死が訪れる。
と、壁に亀裂が入り爆音と共に崩れる。直撃を避けたアスモデウスは瓦礫の方へと目を向ける。
「─────探したぞ、レイヤ。後は任せておけ」
後ろに纏めた灰色の長髪が風にそそられ流れるように靡く。レイヤの方を見やると安心したかのような安堵の表情を見せ、再びアスモデウスの方へと顔を向く。長く伸びた刀身の神剣を携え黒を基調とした男、────ラクア・ロイアスはそびえ立っていた。




