第二十一話 兄妹
「お願いします!あなたの妹になりたいんです!」
ヨーコが熱烈に懇願する。しかし、レイヤには言っていることがさっぱりだった。言葉ひとつひとつを噛み砕き頭を捻らせ、今ようやく理解する。そして再び困惑に至る。
「………………いもーと、いもうと、妹。うん、やっぱりおかしい」
「どうしてですか!?もう妹がいるとか…………」
「いや、ええと、違うんだ。そういう意味じゃなくて…………」
ふと、頭の中を過ぎったのは実の妹である夜々音だった。学校へ行く途中での夜々音が見せたあの笑顔が脳裏に蘇る。そしてそれを思い返す度に、胸がぎゅっと苦しみの声を上げる。思わない日は無い、事故に遭ったあの日からレイヤの心は軋み、ひび割れ、苦しんでいる。
「………お兄ちゃんってさ、弟や妹を守らなきゃいけないんだよ。何があっても自分の身を張って守るんだよ。でも、俺はそんな妹との約束さえ守れなかったんだ。そんなやつがお兄ちゃんになんてなれるわけがないんだよ」
何も守れなかった。何も兄らしいことをしてやれなかった。妹との約束さえも忘れる自分が本当に愚かしく、嫌いだった。転生後それは積もるばかりでただ自身を忌み嫌った。それでも嫌っても、嫌っても自分は微塵も変わりはしなかった。自分の身すら守れずして妹など守りきれるものか。レイヤは自身が兄であることに嫌悪と劣等感に押し潰されていた。
「私は、そういう風には見えませんよ?」
明瞭に告げる幼い声が聞こえた。ふと見ると真剣な眼差しを向けるヨーコが瞳を潤わせながら見つめていた。
「私とあなたは今日偶然出会ってお互いのことを何も知りません。私なんかはあなたのお名前も知りません。でも、ひとつだけわかったことがあります。あなたのような優しい目をした人は他にいないということです。心が温まるようで、不思議と安心感があって」
ぽろぽろと涙と共にレイヤへの言葉が零れていく。泣いているのに彼女は嬉しそうに、手を胸に重ね語る。忌まわしきあの悪魔とは異なる、それは無垢なる愛の囁きのようで。
「それにあなたはきっと素敵なお兄さんだったと思います。だって────そんなにも優しい目をしているのですから」
「…………俺はお前を守れない」
「はい」
「…………お兄ちゃんらしいことも出来ない」
「はい」
「……俺は────」
言葉が遮られる。口元を小さな指で優しく押し止めるヨーコは可憐に微笑んだ。
「────そんな兄を支えるのが妹の役目ですから」




