第二十話 狐の妹入り
────目が覚めると、そこには幼女がいた。
艶のある黄金と白銀の混ざり合った彩色の長髪にぱっちりと開いた双眸は紅と碧で異なっていた。和服を思わせるような着物を着ているが日本の着物とは異なり若干露出度が高めであった。そして何よりも異質を漂わせていたのはその幼女の背後、五つにも分かれた尻尾である。勢いよく左右ぶんぶんと揺れるそれは正しく異様な光景であった。
「ねぇ、シスイ。目が覚めたのにお兄ちゃんずっと固まってるよ?どうしちゃったんだろう…………」
「それはヨーコお嬢様に見惚れてしまい脳の機能が著しく低下している証拠です。ええ、間違いなく」
「そ、そうなの………………?」
「いや、違うから」
赤い顔でこちらをチラ見する幼女にレイヤは的確に指摘をいれる。そしてその幼女の傍に立つ、こちらを何の悪気も無く清々しい笑顔で見つめる女性の方へと目をやる。金色の髪に紫単色の瞳。黒を基調とした和洋折衷のメイド服を身につけている。幼女とは異なり尻尾は一つしか見当たらずご機嫌に揺らしている。
「…………あの、そろそろ降りて欲しいんだけど」
「わっ。ずっと乗っちゃってました……ごめんなさい」
「うん、大丈夫……。で、これがどういう状況か説明して欲しいんだけど」
「そうですね。混乱していらっしゃる様子なので私が説明してあげましょう。今朝、私は朝食を作りに厨房へと向かいました。お腹減ったなーとかまだ眠いなーとか考えながら歩いていると、他のメイドの子がやってきて急いで庭に来るようにと言われました。何事かと思った私は急いで庭へと向かいました。そしてそこにはなんと、お嬢様の傍で横たわるあなたがいました」
「………………………………………………で?」
「おしまいですけど」
「いや、それただあんたが俺を見つけるまでの話だろ!俺がどうしてここにいるかを知りたいんだよ!」
「ああー」
「ああーって、なんか疲れるな………」
「それでは見つけたご本人であるお嬢様に聞いた方がいいですね」
「最初からそうしてくれ」
メイドの天然なのかわざとなのか区別のつかないやり取りに疲労を感じはじめたレイヤに幼女は頭に生えた獣の耳を元気よく跳ねさせると楽しげに語り始めた。
「今朝、私はお庭をお散歩していました。お散歩は私の日課なのでいつも通りお外に出ると、木陰に誰かが倒れているのを見つけて急いで駆け寄ってみたらそこにあなたがうつ伏せになっていたのです。急いでお城に運び出そうとしていたら、そこに丁度シスイが来てくれたので今こうして私の寝室に運んだのです。目覚めなかったらどうしようって思ってたから、本当によかったです…………」
「目覚めたのは私の指示のお陰ですね」
「やっぱりあんたか。………でも助けてくれた事実は変わらないんだしな。俺を見つけてくれて、助けてくれてありがとう」
何はどうあれ、この二人に助けられたことに変わりはない。ありがとう、と感謝の言葉を述べるのは当然だ。幼女は照れるように微笑むと尻尾と耳両方を嬉しそうに揺らした。メイドは当然だと言わんばかりなすまし顔をしているが尻尾の方は正直だった。
「それと申し遅れました。私は東国アマノツキ王女、コハク・ヨーコと申します。どうぞよろしくお願いします」
「なるほど、王女ね。…………………………………え、王女?」
「はい、ヨーコお嬢様は東国アマノツキの現国王にあらせられます。この国が栄えているのもヨーコお嬢様の権力と民からの信頼があってこそのものです」
「え、もしかして俺無礼とか働いちゃった…………?」
「そんなことありません、むしろ私は嬉しかったです。国王としてでなく普通の女の子として見てくれるあなたのその優しい目が、私は嬉しかったんです。心が落ち着くような感じがして……そう、本当の兄のような親しいものを感じていたんです」
「………………よくわかんないけど俺もヨーコには感謝してる。助けられた恩も返したいし俺が出来ることなら何でもするよ」
レイヤの言葉にヨーコは何かに反応したかのようにはっと表情を変える。そして何故か頬を染め下に俯く。不思議に思ったレイヤはヨーコの表情を伺う。するとヨーコはレイヤに詰め寄ると息のかかる距離まで顔を近づけその小さな口が開かれる。
「………………なんでもっていいましたよね。それじゃあひとつだけ…………」
「ちょっ、落ち着けって………………!!」
とても、とても嫌な予感がする。ヨーコの小さな胸から早まった心臓の鼓動が聴こえる。
その願いとは──────、
「──────私をあなたの妹にしてください!」
「─────は」
「─────まあ」




