第十話 黄金の城壁
空を仰ぐと、そこには無機質で冷たい天井。張り詰めた空気の中、レイヤはドラシルに文字通り刃先を向けられていた。
「身を以てって、オレが戦えないことを知って…………」
ドラシルは返答の代わりに魔法陣から先程ドラシルの書斎室にあった神剣を召喚した。勢いよく射出されたそれはレイヤの足元の地面へと突き刺さった。
「はは、別に殺すつもりはないよ?だが言葉の意味は変わらないさ」
全く悪びれた様子もなく淡々と話を続ける。ドラシルは神剣を天に掲げると、再びレイヤに告げた。
「───これから私の造り出す壁を壊して欲しい」
言っている意味がさっぱりだった。あまりにも突拍子のない要望に眉を顰めていたが、目の前で起こった出来事にたちまち驚く。黄金に輝く光がドラシルを覆い隠すように現れ、次々に壁が形成されてゆく。数秒にも満たない間に障壁は生成され、レイヤの前に聳え立った。その輝きにレイヤは圧倒され唾を飲み込む。
「───『聖女神の城壁』。あらゆる攻撃を受けつけない光の盾。さあ、この障壁を破って見せたまえ!」
「これで壊せばいいんだな……?」
レイヤは地面に刺さった剣を手に取ると光の壁へと駆けた。壁との距離がみるみると狭まる。壁の側に辿り着きレイヤは剣を強く握ると渾身の力を込め乱暴に振った。刀身が、障壁にへと触れる。
瞬間、刀身は見事にへし折れレイヤの顔の真横をつき抜け壁にへと突き刺さった。
「ふむ、どうしてって顔だね。それじゃあ説明してあげよう」
ドラシルは納得したように頷くと腕を組み語り始めた。
「この障壁はこの神器の魔力によって造られている。まあ私自身の魔力も多少は使っているけどね。そして魔力と何の変哲もない物質の衝突、それは言われずとも魔力が勝る。魔力というものは自身を取り巻く生命エネルギーとはまた別の生命エネルギー、力の波のこと。生命の波と違い魔力は無限にも膨れ上がる。魔力が強ければ強いほど神器も私自身も強化される。魔力はあらゆるものに干渉することができるため用途は様々。と、こんな感じだが………これからどうこの障壁を破る?神剣を真似たといえ所詮は偽物。加護を受けていない神器となればそれはただの作り物に過ぎない。この状況をどうやって打破していくか見物だね」
「どうすれば…………」
考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ。この場でつまづいていては誰も守れやしない。誰も傷つけず、守れるようになるために。ここで止まるわけには──────、
「……………………待てよ」
ふと、ドラシルの言葉が脳裏を駆ける。魔力と物質の衝突、魔力の増幅は無限、魔力は多々に干渉できる。
レイヤは剣を構えると目を閉じ息を深く吸った。身体を循環する魔力を腕の方にへと集中させる。そしてその魔力を剣にへと纏わせる。頭の中で剣の刀身をイメージする。それと同時に手に持つ剣の折れた箇所から青く淡い光と共に刀身が形成、復元された。
再びレイヤは障壁の元へと駆ける。踏み込み、跳躍。魔力を剣にへと全集中させ折れた刀身を生成。魔力の刀身が振りかざされる。────魔力と魔力が、衝突する。
「これで、どうっ、だあああああああああああ!!」
割れる音と共に、顔から地面に激突する。激痛が走り絶叫する。しかし、まともに大声を出すほどの力も残っていなかった。寝そべり天井を見上げる。と、ドラシルがこちらの顔を覗き込む。とても満足気に笑うと優しい目付きでレイヤの顔を見つめ愛でるように囁いた。
「あの状況からの見事なまでの自己分析、そして魔力での刀身を形成。さすがは我が弟子、これは育て甲斐があるね。そして私が与えた魔力を使い切ってしまったね。他者から貰ったと言えど自分の身体に入ってしまえばそれは君の魔力として循環し始めるからね、使い切ってしまえば動けなくなるのも当然だ。けど、本当にお疲れ様、──────ゆっくりお休み」
ドラシルの白く綺麗な手がレイヤの髪をそっと優しく撫でる。それに安心したのかレイヤはゆっくりと目を閉じたのであった。




