第九話 修行、それは鍛錬あるのみ
「でっけぇ………………」
目の前にそびえ立つとある一軒の家にレイヤは思わず声を漏らした。綺麗な白壁の二階建てで普通は家族暮らしの人達が住んでいそうな大きめの新築だった。これからレイヤがひとりここで暮らすには十分すぎる家だった。
「本当にここに住んでいいのか…………?」
「せっかくネルアが手配してくれたんだ。住まないわけにもいかないだろう?」
「こんな大きな家をたった一日で作り上げただなんてすごいな……………」
「まあ、ネルアなら朝飯前だろうね」
ドラシルが言うにはレイヤの住む宛てがないので、自ら赴き数分とかからずに建ててしまったらしい。レイヤの中でのネルアの偉大さに唖然としてしまったのはさておき、レイヤは扉を開けて家の中へと入った。玄関を抜けるとその先には広い空間が広がっていた。リビングにはダイニングテーブルやチェアが並べられており、キッチンや寝室などどこもかしこも申し分のないほどに出来上がっていた。見ると食材やらなにやらまでも用意されている。
「なんだか学園長には申し訳ないな。こんなにたくさん用意してもらって……」
「そんなことないさ。きっとネルアもレイヤに何かしてあげたくてやってくれたことだと思うよ」
天界へと転生して今日一日、たくさんの出会いがあった。そして、たくさんのことを学び、教えられ、貰った。明日からは天使として、戦士としての生活が始まる。遅れを取り戻していきながらも、必ず恩返しをしようとレイヤは強く決心した。
「さあ、明日から君の特訓をやっていく。ビシバシいくから覚悟しておくことだ!」
そう高らかに告げるとドラシルはレイヤの家を後にした。レイヤは誰も居なくなった自分の家の中を見渡す。窓からは月光が指し、白く輝いていた。静けさが部屋中を満たす。
レイヤはかつて住んでいた家の記憶と重ね合わせていた。小さな身体で、元気に家の中を走り回る妹の後ろ姿。台所で食事の準備をする姉の横顔。そこには絶えず幸せがありふれていた。時間を遡ることができるのなら、そう考えてしまう自分がいた。そうしていたら、視界が熱いものでいっぱいになる。
「………違う違う。今は、そうじゃない」
袖でその熱いものを拭うとレイヤは窓の開いた向こう側にいる月を見上げた。今宵は三日月、冷たい夜風がレイヤの長く伸びた前髪をそっと撫でるように巻き上げた。
────黒と紅の双眸が満ち欠けの月を照らしていた。
早朝、長い廊下を歩きレイヤは教室へと向かっていた。朝日が入り込み、小鳥が囀りを奏でる。まさに清々しい気分だった。
と、曲がり角から黒く伸びた猫の尻尾のようなものが揺れていた。不思議に感じたレイヤは尻尾の方へと近づこうと足を運んだ。曲がり角のすぐそこまできた直後、尻尾は隠れ見えなくなった。その代わりに出て来たのは黒い髪に猫耳を生やしヴァルファリアの制服を見に包んだ少女だった。冷やかに光る青の瞳がこちらを覗く。その少女は妖しげに笑みを浮かべると頬を赤く染め、熱い吐息をこぼし呟いた。
「あなたがヤヨイ・レイヤくんか………。ううん、今はだめよ。ふふ、会えてとっても嬉しいよ、レイヤくん」
身に覚えになどなかった。天界へと転生して今日で二日、この少女に関する記憶などどこを辿っても見つからなかった。
「君は……………………?」
困惑の念を抱きつつレイヤは少女にへと問う。しかし少女はくるりと後ろを向くと黒い尻尾をゆらりとこちらに向けて愛くるしい顔をレイヤの方にやると少女は別れの言葉を告白した。
「────また、会おうね」
そう言うと少女は曲がり角へと消えた。急いで曲がり角に向かうとそこには少女の姿はなかった。レイヤは最後に見せた少女の妖艶の笑みが何より忘れられなかった。
「さあ、まずは神器の性質を知らないとね」
そう言うとドラシルは黒板の前に立ち胸を張った。何も聞かされていないまま、レイヤはドラシルの書斎室へと呼ばれていた。そのドラシルの前には台が置かれており、その上には見慣れない武器のようなものがずらりと並び置かれていた。
「これは……………」
「これらは神器を模して作られたただの模型に過ぎない。まあ、多少は同じ用途で使用することも可能だがね」
細かな細工は施されておらずどれも単純な造りであった。が、しかしどこか感じる雰囲気のようなものは侮ってはならない何かであるということは凡人であるレイヤでも理解することが出来た。
「さ、まずはその神剣についていってみよう。着いて来て」
ドラシルが神剣と呼んだ武器は見た通り剣であることは理解できた。その神剣を手に持つとドラシルは手招きしながら書斎室を出た。その後、レイヤがドラシルに連れられたのは壮大な空間の広がるドームのような場所だった。
「ここでなにするんだ………………?」
レイヤの問いかけにドラシルは答えるかのように手を前にかざすと、ドラシルの周りを燐光が集い始めた。淡い光は手元に集まっていき形となって黄金の輝きを放つ。煌びやかな黄金がみるみると形を形成していく。そして、それはやがて金色の刃となってドラシルの手中へと納まった。
眩い金色の光を放つ刃がレイヤを移しだす。紅に光る輝石がはめ込まれたその神剣はまさに芸術の如き麗しさであった。
「彩色の宝剣レーヴァテイン。聖なる者には慈悲の祝福を、邪悪なる者には慈悲なき光を。私に相応しい神器だろう?」
ドラシルは自慢げに言うとその刃先をレイヤにへと向け瞳を爛々と輝かせ囁いた。
「神剣がどれほどのものか、その身を以て味わうといい」




