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15年目の小さな試練  作者: 真矢すみれ
15年目のはじまりの前に
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誕生日1

 卒業式の後、うっかり風邪を引いてしまった。

 気管支炎を起こして咳がひどくて呼吸が不安定になり、一週間入院した。咳はまだ残っていたけど熱は下がったし、後は日にち薬だろうと退院させてもらった二日後、わたしは目を覚ますと同時に、ベッドの中でカナの満面の笑顔と優しい抱擁に包まれた。

「ハル、お誕生日おめでとう」

 ……ああ、そうか、今日はわたしの十八の誕生日だ。

 例年、わたしの誕生日には牧村家と広瀬家のみんなが勢ぞろいして、バーベキューパーティでお祝いをしてくれる。だけど今年のバーベキューは中止になった。

 もうほとんど治ったのだけど、気管支の調子がまだ完全じゃないから、煙の出るバーベキューは止めた方が良いだろうとの配慮だった。

 何だか、本当に申し訳なくて仕方ない。

 これまでだって、入院中だったり体調が悪かったりでバーベキューが中止になったこともある。そんな時は、病室でのささやかなお祝いだったり、家の中でのパーティだったりに切り替わる。

 だから、そう言う年もあるよね、と誰も気にはしていないと思う。だけど、本当はいつも通りの誕生日を過ごしたかった。

 去年の誕生日に、カナからの思いがけないプロポーズを受けて、失礼にもわたしは体調を崩して倒れた。せっかくの集まりを台無しにした気がする。

 そんな事もあり、本当の家族になって最初の誕生日の今日は、できるならみんなに「ありがとう」の気持ちを伝えたかったし、今までで一番楽しい会にしたかった。

 お礼だけならいつでも言える。だけど、多忙な広瀬、牧村の家族が全員集まるなんて、多分、一年に一度、この日だけ。だから、珍しく全員が誰も欠けることなく集まるこの日に、いつもありがとうと伝えたかった。

 ……のに、なぜわたしはうっかり風邪など引いてしまったのだろう。

「ハル、何考えてるの?」

 おめでとうの言葉に黙り込んでしまったわたしに、カナは優しく問いかける。わたしを抱きしめる腕は緩めることなく、髪を優しくなでながら。

 でも、なんて言って良いのか分からない。そうしてただ、

「ごめんね」

 と、カナの胸に頰を押し付けながらそう言うと、カナはわたしが何を考えているかなんて知らないはずなのに、大丈夫だよとでも言うように、わたしを抱きしめる腕にギュッと力を入れると、トントンと背中を優しく叩いてくれた。

「今、7時かな? もう少し寝る?」

「……ん〜。もう、起きる。……けど、」

 カナはまたわたしの頭に手をやり、優しくなでる。

 カナにベッドの中で抱きしめられている現状が、未だに、たまに信じられない自分がいる。

 カナの体温はわたしより大分高くて、とても温かい。

 去年のあの日、カナが強引に両親やおじいちゃん、広瀬のお義父さまやお義母さまの許可を取ってプロポーズしてくれなかったら、もしかしたら、今ここに、この温もりはなかったのかも知れない。

 そう思うと何だか急に怖くなり、わたしはギュッとカナにしがみついた。

 あの時は、プロポーズなんていらないとあんなに駄々をこねたくせに、今はもう、カナなしの自分なんて考えられない。

 なんか、わがままだな……わたし。

「ハル?」

「……ん。もう少しだけ、……こうしていたい」

 そう言うと、わたしの頭の上で、カナが嬉しそうに笑う気配がした。

 ああ、幸せだなぁと思いながら、そうか、これはわがままなのではなく、欲張りなんだと気がついた。

 わたしは多分、去年のわたしよりずっと欲張りになってしまったのだと。




 自宅のリビングとダイニングで行われた誕生日パーティは、屋外までの開放感はないまでも、アットホームで温かい空気に満ち溢れていた。

 たくさんの贈り物をいただき、お義母さまが作ってくれた大きなホールケーキのロウソクを吹き消し、沙代さんが切り分けてくれたケーキがみんなに行き渡った時、わたしはリビングの片隅に置いてあった紙袋を手に取った。

「陽菜?」

 ママが不思議そうにわたしを見た。

「あのね、……いつもありがとう」

 誰から配ろうといっぱい悩んだ。やっぱり広瀬のお義父さまとお義母さまからかなとか、おじいちゃん、おばあちゃんかなとか。だけど、結局、わたしの動きに気がついて声をかけてくれたママを最初にした。

 わたしが袋を覗き込むと、隣にいたカナが袋を引き受け、口を大きく開けてくれた。その中から、赤いラッピングを選ぶ。

「はい」

 そう言って渡した小さな包みをママは不思議そうに受け取ってくれる。

「……これは?」

 ママの隣にいたパパも不思議そうにママの手元を覗き込む。

「えっとね、いつもありがとうの、お礼の気持ち……です」

 面と向かってこんなことを言うのは、ちょっとだけ恥ずかしい。けど、少しばかりつっかえながらも、ちゃんと笑顔を添えて言うことができた。

「はい、パパにも。……いつもありがとう」

 そう言って、青い包みを渡す。

 気がつくと、おしゃべりの花が咲いていたはずのみんなは、わたしの方に注目していた。

 恥ずかしいという思いが頬を染める。だけど、なぜか期待に満ち溢れた温かい視線に包まれて、わたしの心もポカポカあったかくなる。幸せな気持ちのまま、次々にプレゼントを手渡していく。

 お義父さま、いつも温かく見守ってくれてありがとう。カナが牧村になるのを許してくれて、本当にありがとう。そうじゃなきゃ、きっとパパは結婚なんて許してくれなかった。

 お義母さま、いつも美味しいケーキをありがとう。カナにお料理を教えてくれてありがとう。美味しいご飯、食べさせてもらってます。

 おじいちゃん、ありがとう。どんな時もわたしの味方でいてくれて、ありがとう。

 おばあちゃん、ありがとう。おばあちゃんのおかげで、きっと今のわたしはいるのだと思う。

 お兄ちゃん、ありがとう。いつも気にかけてくれて、何かあったら飛んで来てくれて。お兄ちゃんがこまめにカナからわたしのことを聞いているの、知ってるよ。

 晃太くん、お兄さんになってくれて、ありがとう。いつかまた、晃太くんのピアノを聴きたいな。

 気恥ずかしくて口にはできない。だけど伝えたくて、プレゼントの包みの中に、1人ずつ手紙を入れた。

「あのね、大したものじゃないの。だから、期待はしないでね」

 そう言って、最後にカナにも手渡す。

「え? なに? オレの分もあったの?」

 カナは包みを受け取りながらも、不思議そうな表情を見せる。

 にこりと笑って頷くと、

「ありがとう」

 の言葉と一緒に頰にキスが降ってきた。

 結婚したからかな。恥ずかしいには恥ずかしいのだけど、慌てふためくようなことはなく、ただほんの少し頬を染めるだけで済んだ。

 そんなわたしたちを見守っていたママが声を上げた。

「開けてもいい?」

「もちろん」

 その言葉を受けて、なぜか開封せずに待っていたらしい全員がガサゴソとリボンをほどき始めた。

「……スマホケース?」

 オレンジ基調、ビタミンカラーの太めのストライプ柄のスマホケースを見て、ママが目を輝かせる。

「いいねぇ、この色!」

「ホント? 気に入ってくれたなら嬉しい」

 ママの愛飲している栄養ドリンクのイメージカラーもオレンジ。目からビタミンが取れる訳じゃないけど、少しでも元気が出るようにって選んだ生地。手帳型のケースの裏地は無地の少し渋い緑。

「私は青か。いいねぇ」

 パパにはママとは色違いのブルー系のストライプ生地。青は青だけど、黄色や緑も入って落ち着いている中にも明るさのある色味。裏地は深い赤。

 パパは早速、ポケットからスマートフォンを出してカバーを替えだした。

「あら、可愛い!」

 お義母さまが笑顔をこぼす。その手にあるのは、パールピンクの光沢のある生地に意匠化した薔薇と蔦の模様。裏地は甘すぎない深いピンク。

 カナの実家には、よく薔薇が飾ってあったし、ティーカップの意匠も薔薇だった。薔薇が好きだと聞いたこともあるってことで、この柄を選んだ。気に入ってもらえたなら、本当に嬉しい。

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