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15年目の小さな試練  作者: 真矢すみれ
15年目のはじまりの前に
4/42

卒業式2

「陽菜~! おはよう~!」

 教室に入ると志穂が飛んできた。

「とうとう卒業だね~」

 ハルが志穂に抱きしめられている、週に何度か見るこの景色も今日で見納め。少なくとも制服では。学部は違っても、同じ大学に通うのだから、きっと志穂はハルを見かけたら抱きついてくるだろう。

「おはよう、しーちゃん」

 ハルはいつも通りに穏やかな笑みを浮かべて志穂に応える。そのまま志穂に促されて席に向かうのもいつも通り。

 志穂はまだ空いているハルの前の席の椅子を引いた。オレはハルの机に鞄を置く。これも今日で最後かと思うと、感慨深い。場所は変わってもオレがすることは変わらないとは思うけど。

「本当に、卒業だね。……なんか寂しくて」

 ハルが眉尻を下げて志穂を見る。

「だよね? 四月から同じ大学に通うって分かってるのにさ」

「このクラス、仲が良かったからな」

 オレが隣から言うと、登校済みのヤツらが笑いながら言う。

「お前らのおかげでな」

「オレたち?」

「そうそう。ハルちゃん命の叶太くんがいるクラスは何故かムチャクチャまとまるって有名だよね」

 女子からも楽しげな声が上がる。

「何それ、初耳」

 オレが驚いて声を上げると、横からしれっと志穂が言う。

「普通さ、そう言うカップルがいるとしらけるんじゃないかなって思うんだけどさ、叶太くん社交的だしね~」

「ハルちゃんはおっとりしてて可愛いしね~」

「そうそう。なんか和むんだよね~」

 うーん。ハルがおっとりしてて可愛いのは間違いないし、ハルを見てるだけで和むのは確か。

 そう思いながら、ハルを抱きしめて、その感触を楽しんでいると、腕の中のハルが

「あの……カナ、……離して」

 と真っ赤な顔をしてつぶやいた。

「ん? なんで?」

 離れがたくてそう言うと、

「来た来た。あー、この風景も今日で見納めかと思うと寂しいよな」

 とヤジが入る。

「や、大学でも見られるでしょ?」

「見られる、見られる。叶太がハルちゃんをほっとくはずがない」

 ぷっと周りのやつらが吹き出した。

 うん、でもそう。オレがハルをかまわない日なんてないからね。

「あー、やっぱ、俺も経営学部にしとくんだった!」

「いや、お前、成績が足りなかったんだろ?」

「それは言わない約束だろ!?」

 そう言いながら、突っ伏すが半分冗談だと言うのはみんな分かっていて、クスクス笑いが広がる。

 気が付くとオレたちの周りに人垣ができて、やたらと盛り上がっていた。

 そんな中、

「……えっと、ね、……カナ」

 ハルがオレの腕を掴んで、困ったような声を上げる。

 さすがに、そろそろ解放してあげなきゃダメかな、とオレは腕の力を緩めた。

 ハルがホッと息を吐くのを感じる。いい加減、慣れてくれてもいいのにと思いつつも、これこそハルだよなとも思う。

「にしても、ハルちゃん、いつまでたっても初々しいよね」

 女子の言葉に思わず頷く。

「もう、夫婦なのにね?」

 と笑いながら、真っ赤な顔をまじまじと覗き込まれて、ハルの目が羞恥からかわずかに潤む。

「はいはい。ハルをいじめないでねー」

 オレがそう言って、ハルをもう一度抱き締めると、また場がどっと沸いた。

 ハルが小さな声で「もう、やだ……」とつぶやいた。

 それから、誰かがオレたちの結婚式の写真を表示したスマホを取り出して、それを見ながら、みんなで盛り上がって、写真繋がりで、その後は、学祭とか遠足とかの行事に話題が移り、気が付くと、チャイムが鳴り、担任が部屋に入ってきて、最後のホームルームが始まった。



 講堂の中は少し肌寒くて、ハルが寒くないか心配したけど、ハルは寒さなんかより寂しさを強く感じているようで、式の最初から大きな眼は潤んで揺れていた。

 心配で仕方ないけど、席が離れていて手が出せない。

 歌をうたう辺りからは、ハルはずっとハンカチを目元に当てていた。

 ハルの方ばかり気にしている間に卒業式はつつがなく終わり、ようやく講堂の外で合流。

 講堂の中の寒さが嘘のように、外は朝よりもまた少し気温が上がっていて過ごしやすく、雲もほとんど出ていない快晴の日差しはとても暖かかった。

 出入り口の辺りはクラス別に人だかりができている。

「陽菜が泣くと、わたしも泣けて来ちゃうよ~」

 そう言って、ポロリと涙をこぼす志穂。

「ハルちゃ~ん、大学入っても仲良くしてね~!」

 ハルを中心に、みんな同じ大学(しかも隣の敷地)に行くのに半べそな女子たち。

 それを見て、

「お前、泣ける?」

「いや。まあ、寂しくはあるけど」

 なんて生温かく見守る男子たち。

「とにかく、記念写真撮ろうぜ」

「そうそう。部活の後輩たちも待ってるし、解散前に写真撮ろう」

「おーい、3の3、集合~!」

 委員長が上げた声に、みんながあの木の下で撮ろうとか、やっぱ校舎をバックだろうとか盛り上がる。

 オレは女子の中心に割って入ってハルを迎えに行く。

「ハール、写真撮るよ」

「……カナ」

「あー。ハル、目、真っ赤」

 ハルの目にはまだ大粒の涙が盛り上がっていた。オレはポケットからハンカチを取り出して、その涙を拭う。

「ありが、とう」

 そう言いながらも、拭った端から涙があふれ出す。

「牧村夫妻、ほら早く真ん中入って~!」

 志穂の呼び声に周りが吹き出す。

「なんだよ、夫妻って」

 思わず笑いながら返すと、志穂がからかうように言った。

「何も間違ってないじゃん。それとも、なに、もう陽菜に捨てられそう? 夫婦はおしまい?」

「なわけないでしょ? ねえ、ハル」

 周りのテンポに付いていけずにぽかんとしているハルの肩を抱き、言われるままに真ん中に入る。

 ハルを挟んで反対側の隣には、ちゃっかり志穂が収まっていた。

「陽菜、気合いで笑うよ?」

 と志穂がハルの背をポンポンと叩くと、ハルはこくりと頷いて、手にしたハンカチで涙をぬぐった。

「じゃあ、撮りますよ~!」

 誰の持ち物か、立派なデジタル一眼レフを持つのは写真部の2年生男子。腕には『写真係』の腕章、肩からは『写真撮ります。遠慮なくどうぞ!(写真部)』のたすき。

 何年か前にこのシステムを編み出し、写真部の部費が増えたという噂があるけど、本当だろうか? 一番重宝がられているのは卒業式だけど、入学式他、各種イベントにも出没している。

 ただし、不正に写真が流出するのを防止するため、カメラは撮られる人の物を使うのが決まり。

「はい、3、2、1~」

 カシャカシャカシャ。

 シャッター音が何度か鳴る。

「うーん。表情硬いですよ~。もう何枚か撮りますね。もう少し自然な笑顔くださーい!」

 カシャカシャカシャ。

「いや、笑顔ですよ? 泣き顔要らないから!」

 その言葉で誰かが吹き出す声がして、くすくす笑う声もして、その瞬間、またシャッター音が鳴る。

「はい、ありがとうございました~!」

 ありがとうは、こっちの言葉だとばかりに、写真係に向かって「ありがとう!」の言葉が飛び交った。



 帰宅部のオレたち二人には、写真を撮り終えた後に話をする部活の後輩なんてものはいなくて、先生に軽く挨拶をしたら、待っている親の元へ向かうだけ……だったところに、おずおずとやってきた二年生男子。

「陽菜ちゃん、……と広瀬先輩」

 久しぶりに見かけたのは、ハルに長く横恋慕していた一学年下の一ヶ谷悟。

「あれ、一ヶ谷くん? 久しぶりだね」

 ハルは屈託なく、一ヶ谷に笑顔を向けた。

「オレはもう広瀬じゃないぞ」

 思わず言及すると、

「すみません。……なんて呼んだらいいか迷っちゃって」

 と、一ヶ谷は申し訳なさそうに答えた。

 その言葉と心底困っているといった表情に思わず拍子抜け。

 ハルと結婚したのを認めたくないあまりに、旧姓を持ち出したのかと思ったから。

「牧村先輩……ってのも微妙だよな? じゃ、名前で呼べばいいんじゃない?」

「えっと、叶太先輩?」

 妙に照れ臭げな笑みを見せる一ヶ谷に、こっちが照れてしまう。

「おう」

「あの、改めまして、陽菜ちゃん、叶太先輩、卒業おめでとうございます!」

 やけにきっちり腰を折って、一ヶ谷は頭を下げた。

 それから、手に持った小ぶりな花束をハルに差し出した。

「え? わたしに?」

 ハルが驚いたように目を見張ると、

「ささやかだけど」

「嬉しい! ありがとう!」

 ハルはピンクのバラを中心にした、柔らかな色合いの花束を持って、とろけるような笑みを浮かべた。

「よかったな」

 卒業式の後、部活動をしていたやつらは後輩たちから花束をもらい、記念撮影をし、涙ながらの別れだったり、元気いっぱいの壮行会なんかをしてもらっている。だけど、オレたちにはそういうのはなかった。

 だから、花束の贈り主が、オレ以外の男で、かつハルに横恋慕している男だとしても、ハルの嬉しそうな顔を見たら、オレは何も言えないんだ。

「それで、あの……」

 言いにくそうにオレの方を見る一ヶ谷。

 それで、何となくピンと来た。

「写真、撮る?」

「はい! お願いします!」

 一ヶ谷ははじけるような笑顔を見せる。

 オレはぐるりと辺りを見回して、手を振りながら声を上げた。

「すみませーん、写真お願いしまーす!」

「あ、はい! すぐ行きます!」

 と数メートル先から、写真係が走って来たので、持っていたカメラを手渡す。

 隣で一ヶ谷が、笑っちゃうほどがっかりした顔をしていた。それでも、

「あの、これもお願いします」

 と写真係にスマホを渡す。

「はい。ハルが真ん中ね?」

「うん」

 一ヶ谷とオレに挟まれて、花束を持ったハルが柔らかな笑顔を浮かべた。

 卒業式での涙はすっかり乾いていた。

「撮りますよ~。はい、3、2、1……」

 カシャカシャカシャ。

「スマホでも撮るので、もう一回~。はい、3、2、1……」

 カシャ。

「念のため、もう一枚行きますねー」

 カシャ。

「ありがとう!」

 オレたちの声を受けて、写真係が足早に近付いてくる。

「素敵な笑顔、ありがとうございました」

 写真係の後輩は、オレにカメラを、一ヶ谷にスマホを返しながら、ハルの方を見てにこりと笑った。

「いえ、あの……こちらこそ、ありがとうございました」

 ハルがもう一度、やけに丁寧に感謝の言葉を述べながら、ぺこりと頭を下げた。

 写真係が離れて行った後、

「ほら、貸せよ」

 とオレは一ヶ谷に手を出した。

「え?」

「スマホ。……撮ってやるよ、ハルと二人で」

「え!? ウソ!?」

「いらないなら、いいけど」

「い、いりますいります! お願いします!」

 一ヶ谷は手に持ったスマホをすごい勢いで突き出してきた。

 思わず笑うと、ハルが不思議そうにオレの顔を見た。

「ハル、一ヶ谷と撮った後は、オレともツーショット撮ろうね?」

 その言葉を受けて、ハルはニコリと笑って「うん」と頷いた。

 その後、オレとの写真を撮り、お義母さん、お義父さんやうちのお袋とも写真を撮り、バスケ部員との撮影を終えた志穂たちに捕まって、また写真を撮り、名残惜しいねなんて言いながら、オレたちは高等部を後にした。

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