05 ライラさんは最強勇者
「やべえ……!
ライラが切れてやがる!」
「ライラとやり合うなんて、真っ平御免だ!」
「に、逃げろ!」
ジークを除く勇者パーティーの3人が、一目散に逃げていく。
「……逃がさないわよ」
逃げ出した3人の背中に向けて、ライラさんが軽く手のひらを振った。
冷気が彼らを襲う。
「うわ⁉︎
なんだ⁉︎
地面から足下が凍っていく!」
「くそっ!
この氷、割れないぞ!」
「だ、だめだ!
まったく動けねえ!」
「あなたたちは、そこでじっとしていなさい。
……さて」
ライラさんがジークに向き直った。
「リーダー。
覚悟はいいわね?
生きて帰れると思わないことね……」
「だ、だめですよライラさん!
殺しちゃだめだ!」
「……あぁ、ユウくん。
なんて優しいのかしら。
自分に危害を加えた、こんな愚か者まで庇うだなんて……。
さすが、私のユウくん。
まるで天使のよう。
もう、お母さんユウくんの魅力に、めろめろよぉ」
「そんな、うっとりした顔をしなくていいですから!
仮にもジークさんは、ライラさんのパーティーのリーダーなんです。
殺してしまったら、問題がたくさん起きるでしょう!」
「まぁ⁉︎
心配してくれるのね?
お母さん嬉しいっ!
でも、もう忘れちゃったのユウくん。
お母さん、勇者パーティーは抜けたわよ?
だから私はもう、ユウくんだけのお母さんなんだから!」
「い、いや、俺だけのお母さんってなんですか⁉︎
意味不明なことを言わないで下さい」
「もうっ!
つれないユウくんね!
でもお母さん、そんなユウくんも大好きよ?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「いい加減にしやがれ!」
俺とライラさんのやり取りを眺めていたジークが叫んだ。
「ライラ!
パーティーに戻ってこい!
第一抜けるなんて許可した覚えはねえ!」
「……別にあなたの許可なんて、必要ないんじゃないかしら?
私が抜けたければ抜ける。
それだけよ?」
「ふざけるな!
俺たち勇者パーティーは、イスコンティ王国軍務大臣の肝いりなんだ!
簡単に抜けられるわけないだろ!
俺や大臣の顔を潰す気か!」
「知らないわよ、そんなこと」
「だいたいそんなヤツのどこがいいんだ!
俺のほうが百倍強えし、顔だって上だ!
いまならまだ許してやる。
戻ってこいライラ!」
「ぶふっ!
ちょっ、ちょっとリーダー!
笑わせないで!
うふふふ……。
ユウくんより、リーダーのほうが強くてかっこいい?
ぷぅ、くすくす!
その不細工な顔で?
鏡見たことあるのかしら?
だいたいユウくんは、世界で一番、可愛くてかっこよくて男前よ。
それに強さだって、あなたどころか、この私よりずっと強くなれるんだから」
「はぁ?
そんな雑魚が?
世迷言を言ってんじゃねえぞ!」
「……雑魚?
へぇ、ユウくんが雑魚?
ねぇ、リーダー。
あなた、本当に私を苛つかせるのが上手ねぇ」
「な、なんだその目は?」
「まぁ、いやねぇ。
私ってば、そんな怖い目をしてるかしら?
うふふ。
ユウくんが止めるから殺しはしないけど、腕の二、三本は覚悟してもらうわよ?」
ライラさんが無造作に、ゆっくりと、ジークに向かって歩いていく。
彼女が一歩、また一歩、足を踏み出す。
その度にひとつ、またひとつと、ライラさんの足下が凍りついていく。
「く、来るな!
やる気か⁉︎」
「もちろんやる気よ。
ユウくんを傷つけたあなたは許さない。
最初からそう言ってるわよね?」
「ち、畜生!
俺だってAランク冒険者なんだ!
簡単にやられると思うなよ!」
ジークが剣を振りかぶった。
その刀身に、倉庫内の高い天井に届くほどの、巨大な業火が纏わりつく。
「うおおおおっ!
火炎爪斬・八連!」
激しく燃え盛る八つの炎が、剣撃とともに放たれた。
上下左右に四つ
さらには斜め四方向から四つ。
合計八つの業火が同時に、ライラさんを襲う。
さすがはAランク冒険者、勇者パーティーリーダーのジーク。
その実力は、たしかなものだ。
こんな攻撃、仮に俺が食らったらひとたまりもないだろう。
だがライラさんは少しも焦らなかった。
「うふふ。
あなた、おいたが過ぎるわよ?」
「な、なにぃ⁉︎」
「あら?
ほんの少しだけ熱いわね?
凄いわよリーダー。
この私に……。
神さまから授かった力、『白銀世界』を目覚めさせた私に、わずかとはいえ熱さを感じさせるなんて」
「か、かわしもしない……だとぉ……。
これは俺の最強の、オリジナル属性技なんだぞ!」
ジークの攻撃は、すべてライラさんに当たっていた。
だがよく観察してみると、その剣は、ライラさんが身に纏う薄氷によってすべて防がれている。
「さぁ、今度はこっちの番ね?」
「や、やめろ!
俺の顔を掴んで、なにをする!
離せ!」
「ジタバタ暴れないの。
属性技『氷棺』……」
「ぐ、ぐぉおお!
こ、凍る!
俺の身体が、凍っていく!
ぐぁああ!
そ、そうはさせるかぁ!
属性技『火炎鎧』!」
ジークの身体から炎が噴出した。
火属性の属性技だ。
これでライラさんの氷を溶かそうというのだろう。
しかし凍結の勢いは止まらない。
「ば、馬鹿な⁉︎
なぜ溶けない⁉︎」
「なぜって単純に、あなたの炎は勢いが足りないだけよ?
そんなちっさな火種じゃあ、私の氷は溶かせない」
「くそ!
くそ、くそ!
ちくしょう!」
ジークの身体を中心に、炎と氷が交わる。
だがやがて炎は鎮火され、そこにひとつの氷像が誕生した。
「……あなたはユウくんに危害を加えた。
その氷の棺のなかで、反省していなさい」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ジークの形をした氷像を、こんこんと叩いてみる。
かちんこちんに凍っていた。
「これ、死んでるんじゃあ……」
「大丈夫よぉ。
氷が溶けたらまた動き出すわ。
まぁお母さんの氷はなかなか溶けないし、溶けたとしても凍傷で酷いことになってるかもしれないけど。
さて、それじゃあ残るは……」
「ひ、ひぃぃ⁉︎」
最初に逃げ出そうとして、腰まで脚を凍らされた3人が震え上がる。
「ラ、ライラさんやめてください。
あのひとたちは、暴れて俺を殺そうとしたジークを止めてくれたんですから!」
「あら?
そうなの?」
3人は必死に首を縦に振って、俺の言葉を肯定する。
「うーん。
じゃあ、あなたたちは見逃してあげる。
誘拐の罪とユウくんを助けてくれた恩をあわせて、帳消しね」
ライラさんが腕をひと振りした。
3人をその場に縫い止めていた氷が砕け散る。
「もうユウくんに手出しするんじゃないわよ?
ユウくんの優しさに感謝なさい。
……次はないからね」
「わ、わかった!
俺たちだって、命は惜しい!」
3人は泡を食って逃げ出した。
「ユウくん!」
ライラさんがいきなり抱きついてきた。
「ばふっ!
ま、またですかぁ⁉︎
息が出来ないんですけど!」
「ああ、ユウくん。
無事で良かったわぁ!
お母さん、ほんっとに心配したんだからぁ!
……ぐすっ」
ライラさんの瞳はうるうるしている。
いまにも泣き出しそうだ。
それを見て俺は思った。
このひとは本気で俺のことを想ってくれてるんだ。
なんとなく抱いていた警戒心が、少しだけほどけていく。
「……ライラさん」
「ぐすっ……。
なぁに、ユウくん?」
「助けてくれて、ありがとうございました」
俺は真っ直ぐにライラさんの目を見て、感謝の想いを伝えた。