04 助けにきたママ勇者
本日4話目の投稿になります。
勇者パーティーに攫われた俺は、縛られたまま、冷たい床に転がされる。
薄暗い建屋内だ。
室内の様子からして、おそらくどこかの貸し倉庫の中だろう。
「んー、んー!」
「もういいだろう。
おい。
話せるようにしてやれ」
リーダーであるジークが仲間に指図をする。
俺を攫った勇者パーティーは、ジーク以外にも3人いた。
「いいのか?
当然リーダーも知ってのことだが、属性魔法や属性技は、言葉にすることで発動する。
こいつの猿轡を外して喋れるようにしたら、厄介だぞ?」
「大丈夫だ。
こいつは世にも珍しい属性適性なしの無能者。
もともと属性魔法も属性技も使えないから、声を出せても、なにも発動できねえよ」
彼の仲間が、得心したように頷いた。
僕に噛ませていた猿轡を外す。
「ぷはぁ!
これは一体どういうことなんですか!
ジークさん!
どうして俺を攫ったりするんです!」
「……ふん。
これを見ろ。
ライラが残していった書き置きだ」
投げて寄越された羊皮紙に目を通す。
そこには、ライラさんが勇者パーティーを脱退する旨の文章が記されていた。
「これが一体どうしたっていうんです?
俺とは関係がないじゃないですか!」
「……関係がないだと?
関係は大有りだ!
調べはついているぞ。
お前、ライラとパーティーを組むそうだな!
俺からライラを奪って、さぞ得意な気分なんだろうな!」
「う、奪ってなんていない!
それは彼女が勝手にそう言ってるだけです!
俺は断りました!」
「白々しい!
現にライラはこうして、パーティーを抜けたじゃねえか!
お前が全部悪いんだ!
お前さえいなければ、こんなことにはならなかった!」
「そ、そんな一方的な……!
うわっ⁉︎」
リーダーが俺の顔を蹴りつけた。
そのまま何回も、体を蹴ってくる。
「おらぁ!
おら、おら、おら、おらぁっ!」
「ぐはっ!
や、やめてくださいっ!」
「死ね!
死んじまえっ!」
リーダーはヒートアップしていく。
「お、おいジーク!
やり過ぎだぞ!
死んだらどうするんだ!」
「そうだぞ!
さすがに殺しはまずい!
冒険者を引退させて、王都から追放するだけでいいんだ!」
「うるっさい!
こいつは元から殺すつもりで攫ったんだよ!
俺に命令するな!
俺はジーク!
勇者パーティーのリーダーだ!
リーダーは俺なんだ!」
「まずい……。
ジークのやつ暴走してやがる!
一体どうしちまいやがったんだ⁉︎」
「と、とにかく全員でジークを止めるぞ!」
勇者パーティーのメンバーが、ジークの暴力を止めに入る。
だが彼はなかなか止まらない。
「おらぁ!」
「ぐはぁ!」
あごを蹴り上げられて、脳が揺れた。
視界が暗くなっていく。
俺はそのまま気を失った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
薄く目を開く。
頬に触れた床が冷たい。
貸し倉庫の窓から見える景色が、夕陽に赤く染まっていた。
どうやら結構な時間、気絶してしまっていたようだ。
「……っ。
あいたたた……」
身体中あちこちが痛む。
「痛ぅ……。
こっ酷くやられたなぁ。
そういえば、あいつらは……?」
辺りを見回す。
貸し倉庫内に設けられた、簡易事務所らしき場所を見つけた。
そこから微かに話し声が聞こえてくる。
「あいつらは、あそこか……」
俺は自分の手足を縛っている縄を見た。
きつく結ばれていて、ちょっとやそっとじゃ解けそうにない。
「どうしよう。
とにかく逃げなければ……」
ジークはあの様子だ。
このままでは殺されてしまうかもしれない。
だが逃げようにも、縛られていて自由がきかない。
「……あ⁉︎
あれは……。
壁から釘が出ている!
よし、これなら……」
ずりずりと床を這いながら、飛び出した釘へと近づいていく。
後ろ手に両手を縛る縄を、釘に擦りつけた。
「……くそ。
うまく切れないな」
思った以上に縄は頑丈だ。
これを切るには、かなりの時間がかかりそうだ。
「どうしよう。
これじゃだめだ。
なにかいい方法はないか」
必死に考えを巡らせていると、倉庫の暗がりから何者かが姿を現した。
「……おい、くそ雑魚。
逃げようったって、そうはいかねえぞ?」
姿を見せたのはジークだった。
どうやら他のパーティーメンバーとは、別行動をしているようだ。
これはまずい……。
「……お前が。
お前が悪いんだ……。
なにもかも、お前のせいで……」
ジークは虚ろな目をしている。
ぶつぶつと独り言を呟いて、どうにも正気を失っているようにみえる。
「……そうだ。
お前が悪いんだから、仕方がない。
仕方ないよな。
殺してもいいはずだ。
やっぱり、殺してしまおう……」
ジークが腰の剣を引き抜いた。
「ま、待ってください!」
「うるさい!
黙れ!」
斬りかかってきた。
「死ねぇ!」
「うわぁ!
やめてください!」
剣が迫る。
俺は必死に手を伸ばして抵抗した。
――ガキン!
ジークの剣が空中で弾かれた。
「な、なにぃ⁉︎
貴様、いまなにをした⁉︎」
なにをしたと言われても、自分でもわからない。
ただ必死に抵抗しただけだ。
だが、いまのは一体なんだ?
まるで見えない壁が現れたように、目の前でジークの攻撃が防がれたのだ。
「い、いまのは⁉︎
俺がやったのか⁉︎」
「くそっ!
手品かなにか知らんが、無駄な抵抗をするな!
死ねぇ!」
さっきのが何だったのか気にはなるが、考えている暇はない。
ゴロゴロと転がって、なんとかジークの剣を躱す。
「やめてください!
誰か!
誰か助けて!」
「くくく……。
無様だなぁ。
死ねぇ、ユウクス!」
縛られた状態では、逃げ出すこともできない。
絶対絶命だ。
ぎゅっと目を閉じた。
だがそのとき、建物内に変化が起きた。
「こ、これは……?」
ジークが戸惑いをみせる。
貸し倉庫に冷気が漂いはじめ、急速に室温が下がっていく。
「どうした⁉︎
急に寒くなって……」
簡易事務所から、異変に気付いた勇者パーティーのメンバーが飛び出してきた。
彼らが異変をきたしたジークに気付いた。
「おいジーク!
剣を抜いたりして、なにをしている!
それに、この寒さはなんだ?」
――ドカン!
凄い音を立てて、いきなり倉庫の扉が吹き飛んだ。
吹雪のように冷たく激しい風が、ごうっと吹き込んでくる。
「ユウくん!」
誰かが凄い速さで駆けてきた。
その人影はあっという間にそばに寄ってくると、倒れた俺を抱え起こし、頭に腕を回してぎゅっと抱きしめてきた。
顔に胸が押し当てられる。
この柔らかな胸の感触は……。
まさかライラさん⁉︎
「ああ!
ユウくん、ユウくん!
やっと見つけたわ!
お母さん、心配で、心配で……」
「ちょ、ちょっとライラさん!
ぼふっ。
苦しいです!
胸で息ができない!
ちょっと離してください!」
「あん!
どこを触ってるのユウくん。
でもいいのよ?
ユウくんが触りたいなら、お母さん拒んだりしないんだから」
「いや、そうじゃなくて……!
息ができな……!」
「って、ユウくん!
縛られてるのね?
はい、解いてあげたわよ!
それに怪我してるじゃない⁉︎
こ、こんな酷い。
大丈夫⁉︎
ああ、私の愛しいユウくんが……」
「い、息が……」
「あぁ、なんて酷い……⁉︎
……。
…………。
…………誰が。
…………誰がユウくんに、怪我をさせたの?」
ライラさんが俺から手を離した。
「ぷはぁ! ぜぇ、ぜぇ……」
ようやく胸から解放された俺は、大きく息を吸った。
助かった。
肺に冷たい空気が行き渡る。
「……ねえ。
あなたたちが……ユウくんに、怪我させたの?」
ライラさんが、ゆらりと立ち上がった。
あっけに取られていた勇者パーティーのメンバーを、振り返る。
「ひ、ひぃ!
俺たちじゃねえ!
全部、ジークがやったことだ!」
周囲の温度がさらに冷え込み、室内が凍りついていく。
「……そう。
リーダー。
あなたが、やったのね?」
「だ、だったらどうしたってんだ!」
「ふふ……。
うふふふふ……。
私のユウくんに手を出すなんて、いい度胸だわぁ」
ライラさんが冷酷な目つきで、ジークを睨んだ。
「……絶対に、許さないから」