34 そして邪魔者はいなくなった
厳しい審査の日々は続く。
例えばある日の出来事――
「……あら、シエルちゃん?
窓枠に薄っすらと埃が被っているわよ?
ほら。
指がこんなに白く……。
もしかしてあなた。
お掃除も満足に出来ないのかしら?
これじゃあ、ユウくんの妹なんて認めるわけには、いかないわねぇ」
「す、すみません……」
「シエル。
あっちの廊下に水がこぼれてた」
「え?
そっちはつい今しがた、掃除をしたばかりなんですけど……。
おかしいな。
誰かが水をこぼしちゃったのかな」
「それはあたしが……。
おっと、誰がやったとかどうでもいい。
ちゃんと掃除しておけ」
「す、すみません……」
もはや嫁いびりと紙一重である。
シエルをいびり倒すライラと、それに追従するマリエラ。
だが彼女は泣き声を漏らさずに頑張った。
◇
ある日のこと。
窓から差し込む朝日を浴びながら、ライラとマリエラが話し合っていた。
ついにライラが根負けしたのである。
「ねぇマリちゃん。
あなた、シエルちゃんのこと、どう思うかしら?」
「あの女は、盛りのついた雌犬。
油断できない」
「……お母さんはね。
少しは認めてあげてもいいと思うようになってきたわ。
炊事洗濯から子どもの世話まで。
なかなか頑張っているみたいですからね。
あ、でももちろんまだユウくんの妹だなんて、完全に認めた訳じゃないわよ?」
「だめ。
あの女は発情期の雌犬。
お母さんは騙されている」
「よし。
じゃあいびったお詫びに、今日のお昼は私がご飯を作ってあげようかしら。
そうと決まれば早速準備よ。
マリちゃんも手伝いなさい」
「話を聞いて。
だからあの女からは、盛りのついた雌犬の匂いが……」
ライラは何か言いたげなマリエラを無視し、無理やり調理場へと同行させた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
昼食時。
テーブルに所狭しと料理がならんでいた。
野生猪の岩塩焼きに、植物羊の乳を使った王国風シチュー。
見たこともないような豪華な料理の数々に、子どもたちは口をぽかんと開けて、涎を垂らしている。
「こ、この料理はいったい……。
お兄ちゃん、これは?」
「ああ、なんでもライラさんが用意してくれたらしいぞ。
シエルと仲直りしたいんだってさ。
だからみんなでありがたく頂こう」
子どもたちが色めき立つ。
「ま、まじで⁉︎
これ食ってもいいのか、にいちゃん!」
「ふわぁ……。
あたち、こんなお料理みたこともないのよー」
孤児たちは大はしゃぎだ。
キラキラと目を輝かせて、テーブルに並んだ料理を眺めている。
「まだまだたっくさん作ってるわよぉ。
さぁ、遠慮せずにどんどん食べてね。
あ、ユウくん。
ユウくんの大好きな照り焼きハンバーグも、たぁんと作ってるわよぉ」
ライラとマリエラが、次から次へと料理を運んでくる。
「……あたしも食べたい」
「マリちゃんとお母さんはあとでね。
さぁさ、冷めないうちにお食べなさいなー」
「ラ、ライラさんにマリエラさん。
ありがとうございます!
こんなによくしていただいて……。
わたし、嬉しいです。
ぐすっ……」
「うふふ。
勘違いしないでね、シエルちゃん。
私はまだ、あなたのことを全面的に認めたわけじゃないのよ?
ただまぁ、そうねぇ……。
幼馴染の女の子、くらいとしては認めてあげましょう」
「ぐすっ。
ありがとうございます」
「ただし!
調子に乗ってはだめよ!
あなたにユウくんはあげません。
ユウくんのお嫁さんはお母さんなんですからね!」
「……ちがう。
ユウのお嫁さんになるのはあたし。
あとお母さん気を付けて。
シエルからはずっと、発情した雌の匂いがしてる。
あたしは鼻がいいから、それがわかる」
「そ、そんな……。
発情だなんて、マリエラさんひどいですよぉ」
ぎゃあぎゃあ騒いでいるうちに、テーブルに料理が出揃った。
大皿料理がいくつもある。
10人ほどの子どもたちと俺たちだけでは、食べきれないほどの量だ。
「さ、どうぞ召し上がれ」
ライラさんが、シエルにご飯の合図を促した。
「はい、ありがとうございます。
じゃあみんな。
ライラさんとマリエラさんに、しっかりとお礼を言うのよ。
それじゃあ、いただきます」
「「「いただきまぁす!」」」
四方八方から、我先にと手が伸びる。
「おまえ!
そのお肉は俺んだぞ!」
「ちがうよ!
僕んだ!」
「ああああん!
お姉ちゃんが、箸でみぞおちを突いてきたぁ!」
賑やかな食事が始まった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
食後、ライラさんと俺は、シエルが淹れてくれた暖かなお茶を啜っていた。
マリエラは離れた場所で、子どもたちと遊んでいる。
俺はまん丸になったお腹をさすりながら、礼を言う。
「けふっ。
ご馳走さまでした、ライラさん。
美味しかったです。
シエルの料理もいいけど、ライラさんの料理はなんというか、懐かしい感じがするんですよね。
思わず食べすぎちゃいましたよー」
「お粗末さま。
ユウくんってば、お腹がきつそうね。
はい。
こうしてズボンを少し緩めてぇ。
んふっ」
「あっ。
だ、だめですよライラさん。
ズボンに手を入れないで下さいっ。
あはん!」
「ふふふ。
お兄ちゃんとライラさん、仲良いんですね。
あ、わたしも座らせてもらいますね」
並んでテーブルについた俺たちの対面に、シエルが座る。
彼女は頬杖をつき、くっ付いて戯れ合う俺たちを、楽しげに目を細めながら眺め始めた。
「そりゃあ母と息子なんだから、仲良くて当たり前よぉ」
「ふふふ。
それはそうとライラさん。
お昼ご飯、ありがとうございました。
あんなに豪勢な食事は初めてでした。
みんなもはしゃいで、とっても楽しそうで……」
「あら、初めてってそうなの?」
「はい。
お恥ずかしい話ですが、この孤児院には亡くなった院長先生が残した借金がありまして。
あんまり贅沢は出来ないんです。
あ、でも貧しくともなんとかやっていけてはいるので、心配なさらないで下さいね。
ユウお兄ちゃんや、他の年長者のみんなが、外に出て孤児院を維持するためのお金を稼いでくれていますので……」
これが俺が金を稼ぐ理由であった。
たくさん稼いでみんなに美味しいご飯を食べさせてやりたい。
だけど俺はFランク冒険者だからあんまり稼ぎがよくなくて、自分が不甲斐ないのだ。
「でもなんだか、おかしいんです。
ユウお兄ちゃんたちが頑張ってお金を稼いでくれているのに、全然借金が減らなくて……」
「そう。
一度契約がどうなってるか確認したほうがいいわ。
契約書を見せてくれるかしら」
「そ、それが……。
亡くなった院長先生がどこかに失くしてしまったみたいで。
それに取り立てのひとに契約書を確認させて下さいと言っても、見せてもらえないんです」
「あやしいわね……。
ちなみに借金はおいくらほどかしら?」
シエルから会話を引き継いで、俺がライラさんに応える。
「……えっと。
たしか金貨50枚ほどです」
「ふぅん。
日本円だと1500万円ってところかしら。
そんなに大した額じゃないわねぇ」
「ライラさんはお金持ちですからね。
でも恥ずかしながら俺たちの稼ぎじゃあ、利息を払うくらいがやっとなんですよ」
「あ、ユウくんが恥ずかしく思うことなんて、これっぽっちもないのよ?
ええ!
そうですとも!
金貨50枚は大金よぉ。
でも、なんならお母さんが肩代わりして――」
「いえ。
それは遠慮します。
自分たちの力で、出来る限り頑張ろうって、そう院のみんなと決めているんですよ。
あ、でも心配しないでください。
きっといまに俺も、もっと稼げるようになって、借金なんてすぐに返済しちゃうつもりなんで」
「そう。
さっすがお母さんのユウくんね!
立派な自立心だわ。
じゃあお母さん、水を差さないことにする。
でも応援はしちゃう!
……ちなみにその金貸しさん、どこの誰かしら?」
「えっと……。
たしか商業都市ユニスの貸金業者で、名前は……」
「ふぅん。
お母さんの足なら、1日あれば往復できる距離ね。
よし。
マリちゃん!
マリちゃん、こっち来なさい。
ちょっとお母さんと一緒に出掛けるわよ!」
ライラさんが急に席を立つ。
子どもたちに囲まれて、耳や尻尾を引っ張られているマリエラに声を掛けた。
「……ん。
出掛けるってどこに?
どこでもいいけど、あたしはユウのそばにいるから、お母さんひとりで出掛けるといい」
「いいから、いらっしゃい。
マリちゃんだけ残していくと、ユウくんを襲おうとするでしょう。
ほら、来るのよ。
というわけでユウくん。
お母さんとマリちゃんは、一晩留守にするわね。
明日のお昼頃には戻ってきますから」
「いたた。
しっぽ引っ張るな。
あぁ、ユウ……。
お姉ちゃん連れていかれちゃう。
助けて」
思い立ったらすぐ行動といった感じだ。
ライラさんはマリエラを連れて、颯爽とどこかに消えてしまった。
急なことにリアクションが取れず、残された俺とシエルは、見つめ合って目をパチクリさせる。
「……お兄ちゃん。
ライラさんとマリエラさん。
行っちゃったね……」
「あ、ああ。
どこに行ったんだろう。
でも、ライラさんらしいな。
あのひとたちは、いつも行動の予測ができないんだ。
あはは」
「ふふふ。
わたしはまだ、数日しか一緒にいないけど、なんとなくわかるよ。
楽しいひとたちだよね」
シエルと向き合って、ひとしきり笑いあう。
すると彼女は急に顔を伏せ、俯き加減になった。
「……でも。
ふふ。
明日のお昼まで、あのひとたち、帰ってこないのかぁ……。
そうなんだぁ。
ふふふ……」
「え?
なんだって?
小声で聞こえないぞ」
シエルが顔を上げた。
「ううん。
なんでもないよ、ユウお兄ちゃん。
ただ今夜一晩、邪魔者はいないんだなぁって……」
いつも通りの清楚な微笑みのシエルは、だがしかし、目がまったく笑っていなかった。




