03 忍び寄る魔の手
本日3話目の投稿になります。
とある宿の一室で、ガラの悪い冒険者たちが騒いでいた。
「おいあんた!
話が違うじゃねえか!
簡単な仕事って言ってたよな!
駆け出しのガキをちょっと痛めつけて、冒険者をやめさせるだけって!」
話しかけられた男は、仮面を被っている。
「ああ。
そのはずだが、なにか問題があったのか?」
「問題もなにもねえよ!
勇者ライラが出張ってきやがった!」
「……なんだと?
ライラが?」
「俺ぁこんな仕事、降りるぜ!
最強の女勇者、『氷帝』ライラを相手にしようもんなら、いくら命があっても足りやしねえ!」
ゴロツキ冒険者たちが、部屋から出ていった。
男はそれを見送って、仮面を外す。
この男の正体。
それは勇者パーティーのリーダー、ジークだった。
彼はユウクスを追放しただけでは飽き足らず、冒険者を引退させようと、ゴロツキたちを雇ってけしかけていたのだ。
その理由は、勇者ライラがユウクスに入れ込んでいるため。
このままではライラを、あの雑魚冒険者に奪われてしまうかも知れない。
そうなれば勇者パーティーも、せっかく手に入れたリーダーの地位もすべて崩れ去ってしまう。
ジークはそれを恐れて、ユウクスを引退に追い込もうと目論んだのだ。
「くそ!
くそ、くそ、くそ!
どうしてこう、うまくいかない!」
椅子に八つ当たりをしながら、ジークは考える。
ユウクスのやつを追放したのは早まっただろうか、と。
ユウクスさえ飼い慣らしておけば、ライラがいなくなるなんて危惧をしなくてもすんだ。
「……いやだめだ。あの雑魚はむかつく」
ジークはユウクスの存在自体が気にくわなった。
たかが駆け出しのFランク冒険者のくせに、あの強く気高く美しい最強の勇者ライラに、特別に可愛がられている。
クエストの最中も、ライラはユウクスにべったりだ。
それがジークには許せなかった。
「ちくしょう!
あの雑魚さえいなければ!
……。
……そうだ」
いっそ殺してしまおうか。
物騒な想いがジークの脳裏をよぎった。
彼とて勇者パーティーのリーダーだ。
野盗なんかは別としても、罪のない人間を殺したことはない。
だがよく考えてみたら、ユウクスほど罪深い人間もいないのではないだろうか。
自分から勇者ライラを奪うかもしれない。
それは大罪に等しい。
まだ可能性に過ぎないが、悪の芽は早めに積んでおくに限る。
そう結論づけたジークは、頭に浮かんだ暗い計画を形にしはじめる。
「そうだな……。
ひと目につくところで殺すのはまずい。
まずは誘拐して……」
そのとき、ドタドタと宿の廊下を走る足音が聞こえてきた。
バタンと激しい音を立て、ジークのいる部屋の扉が乱暴に開かれる。
顔を見せたのは、勇者パーティーの仲間である魔法使いだ。
「ジ、ジーク!
大変だ!
大変なことになった!」
「どうした?
とにかくまずは落ち着け」
「これが落ち着いていられるか!
こ、ここ、これを見てくれ!」
パーティー仲間が、手に持った羊皮紙を広げる。
ジークは突き出された紙に目を通して、驚愕した。
そこにはこう記されてあった。
『パーティー抜けるわねー。
いままでお世話になりました。
お元気でー!
ライラ』
もはや一刻の猶予もない。
勇者パーティーのリーダー、Aランク冒険者ジーク。
彼の懸念はいま、現実のものとなっていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
朝目覚めると、不思議な感触に体が包まれていた。
ふにゅっとして柔らかなものが、背中に押し当てられている。
ふわりとミルクのように甘い香りが、鼻孔をくすぐってきた。
なんだろう、これは?
起き抜けのぼーっとした頭で考える。
どうやらベッドに横たわった俺は、背中側からなにかに抱きすくめられているようだった。
「……ん、んん。
ユウくん。
もう起きたの?
おはよう」
「え?
この声はライラさん?」
眠気が吹き飛ぶ。
俺はシーツを跳ね除けて、飛び起きた。
「な、なな、なにをしているんですかあなたは!
ここは俺の部屋ですよ!
いったいいつの間に!」
「ふわぁ……、あふ……。
ん、んんー。
はぁ、いい朝ねぇ」
「そんな気持ち良さそうに伸びをしてないで、質問に答えてください!
どうしてライラさんが、ここにいるんですか!
し、しかもそんな格好で俺のベッドに!」
彼女は薄手のシャツ一枚だ。
胸元から覗く白い肌や、すらりと伸びた素足が眩しい。
「朝から元気ねぇ、ユウくんは。
えらい、えらい。
お母さんなんて、ちょっと寝起きが悪くて。
ふわぁぁ……。
あ、ユウくんってばテント張っちゃって。
息子のムスコ、なぁんて――」
「いや、ちょっと見ないで!
それに、あくびしながら、俺の頭をなでないで!
誤魔化さないでください」
「んー。
誤魔化してるわけじゃないんだけど……。
えっと、私がここにいる理由だった?
それは私が、ユウくんのパーティーメンバーだからよ」
「昨日の話ですか?
それは断ったはずですけど。
勇者パーティーを追い出された件で、思い知りました。
やっぱり身の丈に合わない相手とパーティーを組んでも、無理がくるだけみたいです」
「だめ、だめ。
断っちゃだめよ。
だってお母さん、ユウくんと一緒にいたいんだから」
「いや、そう言われてもですね……。
それよりライラさん。
早く服を着てください。
そ、その……。
見えてますよ、色々と……」
「いやん。
ユウくんのエッチ」
「エ、エッチってなんですか⁉︎
勝手に目に飛び込んでくるんだから、仕方ないでしょう。
お、俺は顔を洗ってくるので、ちゃんと着替えておいてくださいね!
あと戻ってきたら、どうしてライラさんが俺の部屋にいるのかも、説明してもらいますから!」
ベッドを降りる。
俺は手ぬぐいを手に取り、足早に部屋を出た。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
宿の裏手の井戸までやってきた。
桶に水を汲み、顔を洗う。
春とはいえ、朝の井戸水は冷えている。
火照った肌に冷たい水の刺激が心地よい。
バシャバシャと顔を流して、しっかりと目を覚ましながら思う。
考えるのはライラさんのことだ。
いったい彼女は、俺が逗留しているこんな安宿に忍び込んできてまで、なにがしたいのだろう。
母親だなんだの話は、ライラさんなりの冗談と思っていたが、まさか本気なのだろうか。
それにパーティーを組もうという話も。
あのひとは、わけがわからない。
これは用心してかかったほうが良さそうだ。
そんなことを考えていると、背後に何者かの気配を感じた。
「……動くな。
動けば殺す」
いきなり首筋に、刃物を押し当てられた。
背中から耳元に囁かれる。
「声も出すな。
抵抗すれば、即座に殺す。
わかったらゆっくりと2回頷け」
言われた通りにする。
すると背後の人物は猿轡を取り出し、それを俺に噛ませた。
手際よく俺を縛り上げていく。
地面に転がされた俺は、顔をあげてようやく相手の顔を見ることができた。
こいつは……!
俺を縛り上げた人物。
それは勇者パーティーのリーダー、ジークだった。