27 時には茶番劇も母の役割
八老会長老がひとり、コルナ・デ・アラゴン。
都市長を意のままに操り、裏から傭兵都市グロウラインを支配する長老。
その彼の邸宅に赴いたライラは、広い前庭に立ち、屋敷を睨みつけている。
「なんだ⁉︎
侵入者だぞ!」
「どこのどいつだ!」
「正門を吹き飛ばして、真っ正面から殴り込みをかけてきやがった!」
屋敷からわらわらと傭兵たちが湧いてくる。
彼らは各々物騒な武器を手にして、ぐるっとライラを取り囲んだ。
「……あなたたちに用はないわ。
用があるのはアラゴン、ただひとりよ。
私に無益な殺生をさせたくないなら、下がりなさいな」
冷徹な瞳で、氷の女帝が男たちを見回す。
周囲の温度が急激に下がりだし、白い靄が漂い始めた。
「なんだ騒々しい」
屋敷のテラスに嗄れた声の老人が現れた。
獣人の大男を護衛に侍らせている。
「……ぬ。
き、貴様は王国勇者ライラ⁉︎」
「あなたがアラゴンね?
さぁ、贖罪の時間よ」
「贖罪?
訳の分からぬことを言いおって……。
目的はなんだ?
貴様の背後にはイスコンティ王国がいるのであろう。
王国はなにを考えておる?
儂と敵対する利が、貴様らのどこにあるのだ!」
「はぁ?
あなたこそ、訳の分からないことを言わないでちょうだいな。
私は娘の……マリちゃんの仕返しに来ただけよ。
そうね。
マリエラの仕返し、と言えばわかるかしら?」
「マリエラの仕返しだと?
ますます意味不明じゃ。
闘技場でマリエラを襲って瀕死の重体にしたのは、貴様のほうであろうが!」
「そ、それはいいのよ。
あれはいわば、躾けみたいなもの。
母たる私の愛の鞭。
……でもあなたは違うわよね?
聞いたわよ。
なんでもマリちゃんを騙して対立派閥を襲わせたり、闘技場の見世物にしていたそうね。
しかもユウくんをだしにして。
その罪、言語道断……」
ライラが瞳を細める。
彼女はテラスから前庭を見下ろしているアラゴンに向けて、ゆっくりと腕を振り上げた。
「な、なにをするつもりじゃ⁉︎
やらせはせんぞ!
ええい、傭兵ども。
ボサっとしとらんで、その賊を捕えい!」
周囲の男たちが、一斉にかかってきた。
「……馬鹿ね。
忠告はしたわよ?
属性技『永久凍土』」
現れたのは白銀に輝く銀世界。
辺り一帯が凍りつき、彼女を囲んでいた傭兵たちは、氷のオブジェクトと化している。
だがこれはライラなりの優しさである。
氷像となってはいるものの、彼らは死んだわけではない。
氷さえ溶かすことが出来れば、また蘇るのだから。
ただし氷帝ライラの氷は、そう易々と溶けはしないが。
「ひ、ひぃ⁉︎」
アラゴン老は引き攣った声を漏らして、後退った。
「さぁ、あとはあなただけよ、ご老人。
降りてきなさいな。
それとも、引きずり降ろされたいのかしら?」
「……貴様。
どこに目をつけている。
残るはアラゴン老のみだと?」
「お、おお!
お前がいたか!」
腰の引けたアラゴンのわきから、獣人の大男が前に出る。
獅子の貌と鬣をもつ、威風堂々とした体躯の持ち主だ。
「俺はライオネル。
貴様も戦士の端くれであるのなら、この名くらいは聞いたことがあろう」
「……さぁ?
だれ?
大道芸人かなにかかしら?」
「……ふん。
強がりおって!
よかろう、名乗りを上げてやる。
耳をかっぽじって聞くがよい。
俺は闘技場が史上最強王者。
荒れ狂う咆哮。
獅子王ライオネルである!」
ライオネルと名乗った男が、牙を見せつけながら咆哮した。
冷えた空気が、びりびりと振動する。
「……えっと。
闘技場で最強?
あなたが、マリちゃんより強いっていうの?
うふふ。
そうは見えないわねぇ」
「抜かせ、女!
マリエラのごとき矮小な小娘、この俺が相手するまでもなかったのだ。
事実、あの子猫は百獣の王たる俺との対戦を、臆病にも避け続けておったわ。
あの程度の者がこの俺を差し置いて『獣王』などと……。
憤懣やるかたなしと、憤っておったところよ!」
自信たっぷりにライオネルが、嗤った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
傲慢な獅子の獣人を盾にしながら、アラゴンは考える。
たしかにライオネルは再三に渡って、獣王マリエラに試合を申し込んでいた。
ただこの男は知らない。
闘技場でライオネルとマリエラの対戦カードが組まれなかったのには、理由がある。
マリエラとやりあえば、ライオネルが殺されることは、自明の理だったからだ。
せっかくのスター選手をみすみす失うこともない。
そう判断したアラゴンが、裏で試合を止めていたのである。
ゆえに彼にはわかっていた。
マリエラすら圧倒した勇者ライラに、ライオネルごときが敵うはずがない。
老人は黙って機会を伺う。
思い上がったこの者が時間を稼いでいる隙に、なんとかして逃げなければならない、と。
だがそのとき――
「あっ!
し、しまったわ!
これはまずいんじゃないかしら……」
ライラが焦り始めた。
うぬ?
ライラが困った顔をしている。
アラゴンは不思議に思い、彼女を観察し始めた。
やがて戦闘がはじまる。
「さぁ、絶対なる死の訪れに打ち震えよ!
いくぞ勇者。
この爪と牙に引き裂かれ、我が血肉と化するがよい。
とぅあっ!」
ライオネルがテラスから跳躍した。
前庭に立つライラに向かって、雄叫びをあげながら飛びかかる。
「ごぁああああっ!
喰らえぃ!
オリジナル属性技『獅子咆哮炎爪斬』!」
燃え盛る四爪の炎が、ライラを襲った。
「え、えっと……。
ん、んー。
こほん。
きゃ、きゃぁああ!」
直撃を受けたライラが、派手に吹き飛ぶ。
「ぐぁはははは!
口ほどにもないやつめ!」
おや?
なにかおかしいぞ?
ライオネルの攻撃が通じている。
もしかしてこの獅子獣人、本当にライラより強いのか?
そう疑問を感じたアラゴンは、ひとまず逃げ出すことをやめる。
その場にとどまって様子をみはじめた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――わずかばかり遡る。
アラゴンとライオネルが、テラスからライラを見下ろしていた。
「あっ!
し、しまったわ!」
ライラは唐突に気付いた。
何に気付いたか。
それは今回の作戦の主旨、というか主役が誰であるべきか、にだ。
このマリエラ救出作戦の立案者はユウクスで、彼の考えによると、ライラの役目は陽動である。
つまり単なる囮だ。
あくまでライラは脇役であって、作戦の主役はユウクスなのである。
ユウクスが一番活躍しなければいけない。
しかしこれはどうだ。
ついつい怒りに身を任せてアラゴン邸まで押し入ってしまったが、これだと自分がアラゴンを倒して、全てを解決してしまう。
「これはまずいんじゃないかしら……」
なにが不味いって、ユウクスの体面がまずい。
このままでは、いま必死になってマリエラを救出に向かっているはずのユウクスが、とんだピエロになっしまうのだ。
ライラは焦った。
最愛の息子に、そんな道化じみた惨めな気持ちを味わわせるわけにはいかない。
絶対にだ。
ユウクスの悲しい顔を見るくらいなら、いっそ自分がピエロになるほうが、百倍マシである。
ライラは覚悟を決めた。
この場はわざと解決せずに、ユウクスがマリエラを救出するまで現状維持するしかない。
そうして時間稼ぎをしていれば、そのうちユウクスが活躍を示すだろう。
然るのち、自分はひっそりとこの場を鎮めるのだ。
ユウクスの活躍を際立たせるには、これしかない。
「ごぁああああっ!
喰らえぃ!
オリジナル属性技『獅子咆哮炎爪斬』!」
ご大層な技名を叫びながら、獅子の獣人が飛び掛かってきた。
のんびりとして緩慢な攻撃だ。
こんなもの、食らうほうが難しい。
だがライラは、甘んじて攻撃をうけた。
けれども直撃を受けた彼女は、戸惑った。
痛くも痒くもないのだ。
まったくこれっぽっちも。
「え、えっと……」
どうしよう?
これ痛い振りしたほうがいいのよね。
ライラは少し考えて、咳払いをした。
「ん、んー。
こほん。
きゃ、きゃぁああ!」
彼女は自ら派手に吹っ飛んでいく。
「ぐぁはははは!
口ほどにもないやつめ!」
ごろごろと地面をバウンドしながら、吹き飛んだライラ。
その姿を眺めて、ライオネルはここぞとばかりに痛快な笑い声をあげた。




