26 マリエラ救出作戦
とある石造りの建物。
一見すると兵舎のようにも見える堅牢なその建物は、闘技場で見世物にするモンスターを捕らえておくための施設である。
その施設の奥深く。
頑強な檻に、獣王マリエラが囚われていた。
「うう……。
ちくしょう。
身体に、力が入らない……」
猛獣用の鎖に繋がれたマリエラが、檻のなかで倒れている。
彼女の体は斬り傷だらけだ。
しかもその傷の周辺には薄く氷の膜がはり、いまもなおマリエラの体温を奪い続けている。
「くそぉ……。
あの……乳女めぇ……」
自分を打ち負かした水色髪の女を思い出す。
まさかこの世界に、自分より強い存在がいるなんて、思いもしなかった。
マリエラは悔しさに歯軋りをする。
「悠……。
悠に会いたい」
戦いの最中にみた、最愛の弟を思い出す。
すぐにも会いに行きたいが、いかんせん身体がまったく言うことを聞いてくれない。
それどころか、また意識が遠のいてきた。
「……悠。
あたし……は……」
愛しさが高じ過ぎて、弟が幻覚となって現れた。
すぐ目の前だ。
悠が笑いながら、自分に手を差し伸べている。
その幻に手を伸ばした姿勢で、マリエラは再び気を失った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
尾行者を捕まえにいったライラさんが、酒場で待つ俺のもとに戻ってきた。
テーブルに、肩を寄せ合って座る。
「ライラさん。
どうでしたか?」
「ええ、ビンゴよ。
マリちゃん関係の子だった。
なんでもマリちゃん、いま捕まってるんですって。
でもあの子のいる場所と、とらえている首謀者がわかったわよ。
場所は都市のはずれにある、闘技場の関連施設。
そして首謀者は、あの八老会の長老がひとり、コルナ・デ・アラゴン」
「……八老会?
それってなんですか?」
「ああ、ユウくんは知らないのね。
裏社会の話ですもんね。
ここオット・フット都市連合国はね、八老会っていう犯罪組織に裏から支配されているのよ」
「そ、そうなんですか……」
いちおう俺も連合国育ちなんだが、そんなことは初耳だ。
「まぁとにかく、そういう悪さばっかりしてる組織があるの。
マリちゃんはそこの長老のひとり、アラゴン老に育てられて、いいように使われていたみたい」
「へえ……。
あのマリエラを従えるだなんて、そのアラゴン老ってひと、凄いんですねぇ」
「うーん。
なんでも組織の力を使って、最愛の弟を探してやるから、代わりに協力しろってことだったみたい。
弟ってユウくんのことね。
ただ実際にはユウくんの捜索なんて、全然やってなかったみたいよ」
「弟云々はともかくとして……。
ということは、マリエラを騙していい様に使っていたわけですか。
悪いやつらですね!
しかし、ライラさん。
どうしてそんなに詳しいんですか?」
「うふふ。
ちょおっとだけ尾行者の子をお仕置きしたら、泣き喚き……笑いながら改心してくれてね。
聞いてないことまでペラペラと喋ってくれたのよぉ。
おかげでお母さん、助かっちゃった。
んふっ」
なるほど、そういうことか。
これもライラさんの徳の高さのなせる技だろう。
納得である。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「じゃあ居場所もわかったことですし、早速マリエラの救出に向かいましょう」
ライラさんを促す。
すると彼女は困った顔をした。
「うーん。
ところがそう簡単にはいかないの」
「と、いいますと?」
「どうもお母さん、監視がたくさんついちゃってるみたいでね。
私がマリちゃんの捕まっている建物に近づくと、すぐに他の場所に搬送して、隠しちゃう手筈になってるみたいなのよぉ。
私がマリちゃんにとどめを刺しに来るって、警戒してるらしいわ。
んー。
困ったわぁ……。
監視の子たちを取っ捕まえても、きっとキリがないと思うのよねぇ」
「なるほど……。
八老会もライラさんを警戒しているって訳ですね」
考えれば当然の措置か。
しかしこれはどうしたものか。
「あっ、そうだ」
ピコンと閃いた。
ライラさんは監視の目が厳しくて動けないとしても、俺はノーマークなはずだ。
なら俺が代わりに、マリエラを救出しに向かえばいいのではなかろうか。
だが、俺にそんな大役が務まるだろうか。
「……?
どうしたのユウくん。
黙りこくっちゃって。
あ、もしかしてまたお母さんに見惚れてたぁ?
このっ、このぉ」
「あ、いえ、そうではなくてですね。
ちょっと聞いてもらえますか?
マリエラ救出のいい作戦があるんです」
務まるかどうかではなく、務めるのだ。
俺は覚悟を決めて、思いついた作戦をライラさんに説明する。
作戦内容はこうだった。
まずライラさんが先に、ひとりでこの酒場を出る。
すると監視の者たちは、みんな彼女についていくだろう。
ライラさんはそのままどこかで、監視者を相手にでも派手にひと暴れする。
そうして彼女が囮となって注目を集めている隙に、俺がマリエラの救出に向かうのである。
「えー⁉︎
だめよ、そんな!
ユウくんが危ない目にあう可能性があるなんて、お母さん、許しませんからね!」
「……ライラさん。
お願いです。
俺にも手伝わせてください。
俺、ライラさんが困っているのを、ただ黙ってみているような男にはなりたくないんです」
ぎゅっと彼女の手を握る。
これは俺の本心だ。
だがもう一つ、ライラさんには伝えていない別の理由もあった。
あのマリエラという少女。
あの少女を思い出すと、なぜか俺は胸のあたりが締め上げられて、苦しくなるのだ。
マリエラに会いたい。
会って話をしてみたい。
そういう気持ちが、俺のなかに確かに存在していたのだった。
ライラさんの手を握り、指を絡めながら、瞳を力強く見つめる。
「はぅぅ……。
ユウくん、男の目をしてる……。
だめぇ。
お母さんにそんな目を向けないで。
そんな。
そんな格好良い顔で見つめられたら、お母さんもう蕩けちゃう。
ユウくんの言うこと、なんでも聞いてあげたくなっちゃうぅ!」
こうして俺はライラさんを説き伏せ、作戦の決行を押し切った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
監視の男たちが連携を取りながら、酒場を見張っている。
日はもうすっかり落ちていた。
そしてつい今しがた、ライラが店から出てきた。
彼女はひとりだ。
どうやら連れの男は酒場に置いてきたらしい。
調べたところ、あの連れの男は単なるFランク冒険者だった。
ならとくに見張りをつけるまでもないだろう。
そう判断した監視者たちは、こぞってライラの跡をつけ始めた。
ライラは軽い足取りで、ずんずんと歩いていく。
気楽な様子だ。
「んふっ。
ユウくんってばいつの間にか、男の目をするようになってたのねぇ。
私ってばもう、とろっとろになっちゃった。
さて……。
ユウくんはどこか適当な場所で暴れればいいって言ってたけど、私いいこと思いついちゃったぁ」
ライラは鼻歌まじりに夜の街を歩く。
それに対して監視のものたちの表情は、どんどん悪くなっていった。
この方角……。
ライラの行き先はまさか……。
監視者たちが慌てだした。
至急報告のために動き出す。
やがてライラの足は、大きな屋敷の立ち並ぶ高級住宅街へと差し掛かった。
みるからに豪奢な屋敷ばかりだ。
そのなかでも特に絢爛豪華な屋敷の正門を、ライラが蹴破る。
夜の前庭に無断で押し入った彼女は、屋敷に向かって声を掛けた。
「出てきなさい、アラゴン。
私の娘に大層な真似をしてくれたようね。
相応の報いをくれてあげましょう
そうね。
あなたに相応しい報いは……『凍死』ね」
冷酷な顔をした氷帝が、死を宣告する。
彼女が囮として暴れることを選んだ場所。
それは八老会が長老、コルナ・デ・アラゴンの屋敷だった。




