24 犯罪組織と、ある意味犯罪者的なお母さん
東の大国、オット・フット都市連合国。
この国家は各々が一定の自治、独立性を保つ自由都市の集合体である。
各都市には、市民による投票で選ばれた都市長がいた。
さらに都市長のなかから国民投票により選ばれた者が、代表都市長として国の舵を取るという、一見すると民主的な国家である。
……だがそれは、あくまで表向きだ。
実際には代表都市長などお飾りでしかない。
真にオット・フット都市連合国を動かしている者らは別にいた。
連合国を裏から操る大規模な犯罪組織。
そこに君臨する八部門の長たる老人たち。
裏社会で『八老会』と称され恐れられる彼らこそが、オット・フット都市連合国の全権を掌握している存在であった。
「……獣人の小娘はどうしておる?」
問うたのは嗄れた声の老人だ。
彼こそは八老会が長老のひとり。
その名はコルナ・デ・アラゴン。
傭兵都市グロウラインを支配下に収める、八老会軍事部門の長である。
またこの老人こそが、不法賭博により莫大な利益をあげる、闘技場のプロモーターでもあった。
「はっ。
マリエラでしたら、まだ意識が戻っておりません」
先のアラゴン老の問いかけに応え、配下の男が恭しく頭を下げた。
「いまだ凍り続ける刀傷が、マリエラの体力を奪い続けているようです。
このまま放置しておきますと、近く生命力を使いきり死に至ると思われますが、いかが致しましょう?」
「……全快させると、暴れて手が付けられなくなる。
死なない程度に回復させてやれ」
ここでマリエラに死なれては、せっかく苦労して手懐けてきた甲斐がない。
アラゴン老が小さく嘆息する。
この老人は、いずれは彼女を飼い慣らし、部門の切り札的な存在に仕立て上げるつもりでいた。
「勇者ライラ……か……」
「……は?
なにか仰られましたか?」
「……なんでもない」
八老会諜報部門の長より、秘密裏にアラゴン老へともたらされた情報。
その報によるとマリエラを討ったのは、隣国イスコンティ王国からつい最近入国したばかりの、王国勇者ライラとのことだった。
「氷帝ライラめ……。
なにを考えておる。
まさか王国が、裏で糸を引いておるのか?
しかし一体なんのために、かの国が儂らを狙う」
目下、王国が小競り合いを続けている相手は、北の軍事国家シグナム帝国であったはずだ。
帝国とのいざこざも解消していないというのに、王国にはいま連合国を敵に回す利がない。
だと言うのに王国は勇者ライラに、八老会最大戦力の一角である、マリエラを討たせた。
不可解で、筋の通らない話だ。
「情報が不足しておる。
今しばらくは、諜報部門の調査報告待ちじゃな……」
先行き不透明なこの事態を、どう裁量するべきか。
アラゴン老は、今度こそ深くため息を吐いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あああ……。
お母さん、とんでもないことやっちゃった!
うあああー……。
ど、どど、どうしましょう。
いったいどうすれば……!」
ベッドから跳ね起きたライラさんが、頭を抱え込んだ。
蒼くなった顔からダラダラと汗をながし、右往左往しながら、室内をあちこち歩き回っている。
「ラ、ライラさん!
落ち着いてください。
どうしたんですか?」
「あの子、麻理ちゃんだったの!
マリエラはお姉ちゃんだったのよ!
お母さん、娘になんてことを……。
――はっ⁉︎
まさか、……D……V、だわ。
これってDVじゃない!
ああ、許してちょうだい、マリちゃん。
悪気はなかったの!
お母さん、悪気はなかったのー!」
ライラさんが取り乱している。
こんなことは初めてだ。
訳がわからない。
だけど彼女が困っていることは、ひしひしと伝わってくる。
ここは俺が、ライラさんを慰めないと!
俺は彼女の両肩に手を置き、そっと抱き寄せた。
「え⁉︎
ユ、ユウくん……⁉︎
なにを――」
「しぃ。
口を閉じて。
落ち着いてください、ライラさん。
静かにして。
深呼吸です。
ほら、俺の胸に耳を当ててみて下さい。
心臓の音が聞こえるでしょう?」
ライラさんは言われた通りに、俺の胸板に耳を押し当てた。
どくん、どくん。
心音が、抱きしめた彼女に伝わっていく。
「……落ち着いてきましたか?
ふふ。
こうやれば落ち着くって、前にライラさんが教えてくれたんですよ?」
「ユウくん……。
ああ、お母さんを慰めてくれるのね。
……。
ユウくんの鼓動、だんだんはやくなっていくわ。
ねえ、どうして?」
「そ、そりゃあライラさんを、こうして抱いてるんですから、心臓だって早鐘を打ちますよ。
やっぱり照れますね。
……俺の心音、うるさいですか?」
「ううん。
うるさくなんてないわ……。
でも……、はぁぁ。
はぁ、はぁ……。
お、お母さんなんだか、ちょっと、我慢が効かなくなっちゃいそう」
ライラさんの鼻息が荒くなりだした。
だんだんと瞳が寄り目になり、充血していく。
「はぁ、はぁ……。
も、もうだめぇ」
――。
――。
「あっ。
ライラさん、なにをっ⁉︎」
「んふふー!
ユウくん、――。
――。
――」
「ラ、ライラさん⁉︎
――。
――!
――!
……――。
――!
――……!
――」
「んふ♡
可愛いユウくん……。
――。
――。
――」
「だ、だめっ。
だめです!
――ーーーー!」
――。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ふぃー、満足したわぁ。
ありがとうユウくん。
お母さん、取り乱しちゃってたわね。
でも、もう大丈夫よ」
「……はぁ、……はぁ。
そ、それは、良かった……です」
「やっちゃったものは仕方ないわよね。
それにユウくんが止めてくれたおかげで、とどめはささなかったんだし。
きっとマリちゃんだって、謝れば許してくれるに違いないわ!」
俺を存分に弄んだライラさんは、元気いっぱいだ。
なんだか肌が艶々している。
「とにかく、明日にでもマリちゃんを迎えにいかなきゃ」
「ライラさん、迎えにいくって?
それに、さっきからそのマリちゃんって、あの獣王マリエラのことですか」
「そうよ。
あの子はマリちゃんだったの。
覚えてなぁい?
マリちゃんは日本で、ユウくんのお姉ちゃんだったんだから。
つまり私の娘ね」
「は、はぁ……」
またおかしな事を言い出した。
もしかするとライラさんは、少し妄想癖なんかを持っているのかもしれないな。
だがまぁ、なにも問題はない。
俺はそんな彼女も好きだからだ。
「んー、どこにいけばマリちゃんに会えるのかしら。
王都ならともかく、こっちのほうにはあんまり詳しくないのよねぇ。
そうだ。
明日になったら、また闘技場を見に行ってみましょう。
マリちゃんの手掛かりが掴めるかもしれないわ。
ユウくんもそれでいい?」
「は、はい。
それはいいんですけど、マリエラも一緒に引っ越し先に連れて行くんですか?」
「ええ、お母さんはそのつもりよ。
お姉ちゃんだけ置いてきぼりは、さすがに可哀想じゃない。
でも大丈夫。
心配しないで。
マリちゃんと合流してからも、ちゃんとお母さん、ユウくんと二人きりの時間は作りますからね」
「い、いえ。
特にそんな心配はしていませんが……」
「……うーん、そうねぇ。
なんなら宿の部屋も、引っ越し先の家の間取りも、マリちゃんと私たちで別に分ければいいわね……」
ライラさんは俺の返事をスルーして、ぶつぶつと独り言を呟いていた。




