23 お母さん、自らのやらかしに気付く
その晩。
俺とライラさんは酒場で食事を摂っていた。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ荒くれ者たちに混ざって、2人掛けの丸テーブルに、ライラさんと座る。
「すみませーん。
店員さぁん。
こっちに、エール……えっと、ユウくんはお酒って飲むのかしら?」
「あ、俺はあんまり飲めないから、水でいいです」
「あらそぉう?
じゃあ店員さん。
こっちにお水とエールを1杯ずつ。
あとおすすめの大皿料理を、いくつかもってきてくださいな」
店員のお姉さんが頷いて、厨房へと向かった。
その後ろ姿を目で追ってから、俺は店内を見回す。
石造りの雑多な店内には、筋骨隆々の傭兵や厳めしい顔をした熟練の冒険者なんかがひしめき合っていた。
みんな大声で笑っている。
酒をかっ喰らい、大きな肉の塊を手で掴んで貪り食っている。
傭兵都市グロウラインには、こういう酒場が至る場所にあった。
荒くれ者たちは酒が大好きで、派手に散財していく。
宵越しの銭は持たぬと、そういった気風の者が多いようだ。
「おい、見たか今日のあれ!」
「なんだ、今日のあれって。
おらぁ今日は1日、護衛で外に出てたんだよ」
「かー!
もったいねえことしやがって。
凄かったんだぜ、今日の闘技場は!」
彼らの、がやがやとした声に耳を傾ける。
どうやら顔を赤らめた酔客どもが唾を飛ばしながら語り合っている話題は、本日の闘技場での出来事らしかった。
「マリエラは当然知ってるよな?」
「そりゃ知らねえわけねえだろ。
雷猫マリエラだろ?
最強の剣奴だ」
「おう!
そのマリエラがな。
なんと、……負けたんだよ」
「はっはっは!
冗談言ってんじゃねぇぞ。
マリエラが負けるわけねえだろ。
お前、あいつの試合見たことあるのか?
圧倒的に……、ってなんだその顔?
……。
…………え?
マジ?
マジの話?」
よほど意外だったらしい。
傭兵の男がぽかんとしている。
彼らの様子を眺めながら、俺にはその気持ちがよくわかった。
あの子は本当に強かった。
ただ俺の目の前で、呑気に鼻歌なんて歌いながら料理を待っているこの女性はもっと強かったのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
頼んだ料理が運ばれてきた。
角うさぎのコンフィと、火吹き鶏の岩塩焼き。
あとはゴブリン豆のスープに、水とエール。
ほかほかと湯気を立てるその料理たちが、丸テーブルに所狭しと並べられていく。
「うわぁ!
どれも美味しそうですねぇ!」
「さぁ、頂きましょうか。
お腹いっぱい食べるのよ、ユウくん」
「はい!
いっただっきまーす!」
火吹き鶏の腿肉に齧りつき、食いちぎった肉をむしゃむしゃしてから、スープで流し込む。
美味しい料理があれば話も弾む。
食事を楽しみながら、ライラさんとの会話に花を咲かせた。
「ねえライラさん。
どこも闘技場での話で持ちきりですね」
「ええ。
でもお母さん、ちょっと目立ちすぎちゃったみたい。
さっきから男のひとたちが、私の顔を見るなりギョッとして逃げていくのよぉ。
そんなにお母さん怖いかしら?
失礼しちゃうわねぇ」
「ふふふ。
みんな本当のライラさんのことを、知らないからですよ。
こんなに優しいのに」
「まぁ!
嬉しいこと言ってくれるわねぇ。
ユウくんってば、お母さんのことを口説いてどうするの?
うふふ。
そんなことしなくたって、お母さんはもうユウくんにぞっこんよぉ?
でも……。
よいしょっと」
丸テーブルに対面して座っていたライラさんが、椅子を動かした。
俺の真横に移動してくると、ぴとっとくっついてくる。
「んふ♡
ユウくぅん……」
胸板をさわさわと弄ってくる手つきが、なんだかエッチっぽい。
「ラ、ライラさん……」
「なぁに、ユウくん?」
「み、みんな、遠巻きに見てますよ……」
「うふふ。
いいじゃないの、放っておけば」
たしかにそうだ。
別に悪いことをしてる訳じゃないんだし、周囲の視線は気にしないでおこう。
「それはそうとライラさん。
あのマリエラって剣奴のひと、凄く強かったですね。
なのに余裕で勝っちゃうなんて。
さすがはライラさんです!」
「ありがとうユウくん。
でも言うほど余裕じゃなかったわよ?
結果だけみたら終始私が優勢だったけど、どの攻防だって、実は紙一重だったんだから。
要所要所で私のほうが、わずかにあの子を上回っていて、それが積み重なって圧倒できたのよね」
「そうなんですか?」
「ええ。
マリエラは、本当に強かったわよ。
お母さん、あんな強い子には初めて出会ったわ。
……まぁお師匠さまは別として。
そうそう。
お師匠さまといえば、あの子はきっと誰にも戦闘技術を師事したことがないのよ。
荒っぽい戦い方だったし。
あの子が技術を身につけたら怖いわね。
そうなれば今度は、やられちゃうのは私かも……」
思った以上にギリギリの戦いだったようだ。
でもライラさんが勝って良かった。
もし負けていたら、こうして優しいこのひとに甘えることも出来なくなるんだから。
「ライラさん……。
ライラさんが無事で、俺、本当に良かったです。
でももう、あまり危ないことはしないでくださいね。
ライラさんがいなくなったらと思うと、俺……」
白くて細いライラさんの手を、そっと握る。
彼女がぎゅっと握り返してきた。
「きゅぅぅん!
ユウくん……!
ああ、お母さんの可愛いユウくん!
そんなに私のことを心配してくれるなんて……。
感激よ!
お母さん、ユウくんのためならなんだって出来ちゃう!
はい、ユウくん。
これ食べる?
これも美味しいわよ。
そうだ、お母さんが食べさせてあげる。
あーん……」
「い、いいですよライラさん。
みんな見てます。
自分で食べられますから」
「ああん、ユウくん。
恥ずかしがらなくてもいいのよ?
周りにいるのなんて、みんなオークかホブゴブリンくらいだと思えばいいじゃない。
ユウくんみたいなイケメンが気にするような相手じゃないわ。
あ、それとも口移しがいいのかしら?
お母さんならオッケーよ!
はい、あーん……」
「さ、さすがに口移しは……。
じゃあ普通にあーんして頂きます。
あーん……」
ライラさんの差し出してくる料理を、俺はほっこり幸せ気分で食べた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
酒場でたらふく食べたあと、宿へと戻ってきた。
グロウラインには瀟洒な宿なんかは数えるほどしかないが、この宿はその少ない中の一軒だ。
その分宿泊費は張るみたいだが、ライラさんにとっては子どもへのお駄賃程度のものらしい。
「ふー。
たくさん食べたわねぇ」
「ええ。
ご馳走さまでした、ライラさん」
「どういたしまして。
さぁ、ユウくん。
こっちにいらっしゃい。
お母さんと一緒に寝転びましょう。
このベッド、ふかふかよぉ」
言われるまま、天蓋つきの豪奢なベッドに身を投げ出す。
「うわぁ。
ほんとにふかふかですねぇ」
「うふふ。
でしょう?」
ふたり並んで寝転びながら、なんとなく無言になる。
しばらくそうして仰向けになっていると、ふいにライラさんが話しかけてきた。
「ねえ、ユウくん。
ちょっと聞いていいかしら。
闘技場での話なんだけど、どうしてお母さんがマリエラにとどめを刺すのを止めたの?」
今日のことのようだ。
あのとき俺は、マリエラの首を刎ねようとしていたライラさんを咄嗟に止めた。
なんとか死を免れたマリエラは、けれども直前の一撃で大怪我を負っていたから、そのままその場に崩れ落ちた。
「お母さん、あの子の首を飛ばそうとしたら、急に何かに剣が弾かれたから、びっくりしちゃったのよ?
あれはきっと、ユウくんに眠っている力ね」
九死に一生を得たマリエラ。
気を失った彼女は、その後、闘技場プロモーターの遣いを名乗る男たちに檻に閉じ込められ、回収されていった。
「ね、ね、ユウくん。
どうしてあの子を助けたの?
もしかして、ああいう子がタイプなのかしら?
だとしたら、お母さんちょっと妬けちゃうなぁ」
「い、いえ、タイプというか……。
なんか不思議な感じがしたんですよね。
昔から知っていて、とても大切なひとのような……。
それで絶対に殺しちゃいけないと思って」
ライラさんはベッドに身を預け、リラックスしながら俺の話に耳を傾けている。
「……でも、なんでだろ。
この不思議な気持ちは、ライラさんにも感じているんです。
笑わないでくださいよ?
俺は捨て子だったから、血を分けた家族の記憶はないですけど、もし俺に母さんがいたら、ライラさんみたいな女性なんじゃないかなって」
「ユ、ユウくん……」
ライラさんが潤んだ瞳をして、身体を起こした。
「そしてあの子。
マリエラは、俺より小さいのに、なんだか不思議と姉さんみたいな感じがして……」
俺に覆い被さろうと近づいてきたライラさんが、ぴたっと動きを止めた。
「……あれ?
お姉ちゃん……?
……マリエラ。
…………マリ……エラ……」
「あはは。
俺なに言ってるんだろう。
おかしいですよね?
いまのは忘れてください。
って、ライラさん?
ライラさーん」
見ればライラさんが固まっていた。
顔の前で手を振ってみても反応しない。
どうしたんだろう。
「――はっ⁉︎」
次の瞬間、ライラさんがベッドから跳ね起きた。
一瞬にして顔が青ざめ、額から大量の汗を流し始める。
「や、やっちゃった……。
ああ、なんてこと。
お母さん、とんでもないことやっちゃった!」
ライラさんが、ぷるぷると震えだす。
膝がガクガクし始めた。
「ま、麻理ちゃん!
麻理ちゃんよ、あの子。
なんてこと……。
ふ、震えが止まらない。
お、お母さん、娘の首をこの手で刎ねるところだった!」




