21 暴走するお姉ちゃん
ブレイドワイバーンがマリエラに襲い掛かった。
牙を剥き、目を血走らせて噛みつきにかかる。
「グギィアオオオオオオオッ!」
「……ふん」
飛竜の牙が空を切る。
マリエラの姿が一瞬で掻き消えたかと思うと、彼女はいつの間にかワイバーンの背後に回り込んでいた。
「ギュルゥ?」
「こっちだ、うすのろ」
ワイバーンが振り返ろうとするのと同時に、マリエラの蹴りが炸裂した。
何気ない仕草で持ち上げられた右脚が、鉄の甲殻を強かに蹴り上げる。
飛竜が斜め上空に、真っ直ぐ吹っ飛んだ。
試合場と観客席を隔てる不可視の障壁にぶつかり、派手な音を鳴らす。
「ギュアアアアッ⁉︎」
「……ふん。
いまので死なないとは。
面倒なやつね」
地面に落ちたワイバーンが、体を起こした。
その目は怒りに赤く燃え、興奮して口から涎を撒き散らしている。
起き上がった魔物をみて、観客たちがわっと沸いた。
「おい、見ろ!
あのモンスター、マリエラの蹴りを耐えやがった!」
「一発で終わらないなんて、いつ以来だ⁉︎」
マリエラは足技を主体とした戦い方を好む。
これまでの対戦相手の大方は、彼女の強烈な蹴りのまえに、一撃すら耐えられず沈んできた。
「ひゅー!
やるじゃねえか、あのモンスター。
これは善戦が期待できるかもな!」
ブレイドワイバーンが空高く舞い上がった。
不可視の障壁にぶつかる一歩手前。
上空ぎりぎりの高度まで飛び上がる。
「グルルルゥ……」
飛竜が空からマリエラを見下ろす。
かと思うと、そのまま滑空するように急降下をはじめた。
物凄い速さだ。
「おいおい、あのワイバーン。
体当たりでも……。
いや、ちがう!
刃の翼でマリエラを真っ二つにするつもりだ!」
観客が騒ぎ出す。
だが迫りくるモンスターを前に、マリエラには取り乱した様子はまったくない。
「……ふん。
属性技『帯電』」
「み、見ろ!
マリエラが体に電撃を纏わせたぞ!」
「これはくるか!
獣王マリエラの大技!」
鋼鉄のワイバーンが、研ぎ澄まされた翼を振りかぶる。
それと同時に、バチバチと明滅する雷を身に纏わせたマリエラが、ハイキックを繰り出すべく、一歩足を踏み出した。
その軸足が、闘技場の地面を大きく陥没させる。
ただ踏み込んだだけで、マリエラの軸足を中心に大地がひび割れていく。
「属性技『紅色型雷放電』」
マリエラが電撃を纏わせた脚を高く振り上げた。
蹴り足に纏わり付いた雷が、赤く色を変える。
繰り出したハイキックが、鉄の刃とぶつかったかと思うと、抵抗すら感じさせずに粉砕していく。
「ギュルゥア⁉︎」
雷猫の蹴りが、ワイバーンを捉えた。
鋼の硬度をもつ甲殻が、柔らかな粘土のようにひしゃげ、脚が振り抜かれると同時に爆散した。
紅い血が降り注ぐ。
終わってみればやはり、今回の戦いも雷猫マリエラの圧勝であった。
「……ふん」
マリエラは今日もつまらなそうに鼻をならす。
そうして何気なく観客席に目を向けた彼女は、とある人物を見つけて、固まった。
「――んなッ⁉︎」
身体中を電流が駆け巡る。
「あ、あ、あ、あ……」
放電が止まらない。
「あ、あの子……!
あの子は……!
ゆ、悠……⁉︎」
ふたたび出会うことを夢にまで見た最愛の弟。
その姿が、客席の最後方にあった。
バクバクと彼女の心臓が脈打つ。
マリエラはユウクスを凝視した。
「あ、ああ、ああああ……」
姿形は変わっても、マリエラにはわかった。
姉の本能が告げてくるのだ。
姉が弟を見紛うはずがない。
愛しいあの子の姿に、歓喜が溢れ出して止まらない。
「ゆ、悠……!
悠!
悠、悠、悠っ、悠ぅうううううううっ!」
無意識に伸ばされたマリエラの腕から、稲妻が放たれた。
いやそれどころの話ではない。
彼女の喜びはプラズマ現象を引き起こし、小さな太陽になって闘技場を白く染め上げた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ブレイドワイバーンを倒したマリエラが、ガクガクと震えている。
「ね、ねえ、ライラさん。
なんかあの子、俺たちのほうを凝視してませんか?」
「…………」
「ライラさん?
どうしたんですか?」
「……あ、ごめんなさいユウくん。
ちょっと考えごとをしていて。
あの獣人の女の子。
マリエラ、と言ったかしら?」
「ええ、そうです。
凄かったですね!
あの硬そうなワイバーンを、上段蹴りの1発で一蹴してしまうなんて。
凄い強さだったなぁ。
いや、そりゃあライラさんのほうが強いんだとは思いますけど」
「いえ、そうでもないわ。
さっきの戦いをみるぶんに、あの子の強さは私に並ぶんじゃないかしら。
でも考えていたのは、そのことじゃなくて……。
うーん。
なにか引っ掛かるのよねぇ……」
「ええ⁉︎
ライラさんに匹敵するんですか!」
思わず闘技場のマリエラを見直す。
するとワイバーンの返り血で全身赤く染まった彼女は、まだ俺たちのことを凝視していた。
なんかあごをカタカタさせて、ぷるぷる震えている。
「や、やっぱり俺たち、見られてますよ……。
めっちゃ見られてますよ……」
マリエラがこちらに手を伸ばした。
彼女の腕から激しい稲妻が放たれ、試合場と観戦席を隔つ不可視の障壁にぶち当たる。
客席から悲鳴があがった。
続いてマリエラの小さな体からプラズマが放たれた。
球体のそれは宙に浮いて、激しくスパークしながら闘技場全体を白い光で染めていく。
「な、なんだ⁉︎
うわっ、まぶしい!
目が見えないっ⁉︎
ライラさん……!」
「ユ、ユウくん大丈夫⁉︎
お母さんはここよ!」
ライラさんが俺を引き寄せた。
ぎゅっと抱き締めてくれる。
いつものように俺は、――。
安心感に包まれる。
その途端、試合場から殺気が放たれた。
「そこの女ぁあああああ!
なにをしているぅうううう!」
叫んだのは雷猫マリエラだ。
なぜか激昂している。
彼女は頭上に浮かんだプラズマを、不可視の壁にぶち当てた。
天地が明滅し、激しい轟音が鳴り響く。
「……を、離せぇえええ!」
マリエラが目を血走らせて暴走をはじめた。
狂ったように障壁を蹴り続ける。
Sランクの魔獣の攻撃さえものともしない障壁に、亀裂が走った。
ピシピシと空間がひび割れていく。
「な、なんだ⁉︎
マリエラが暴れ出したぞ⁉︎」
「やべえ!
こっちに向かってくるぞ!」
「だ、大丈夫だ!
客席は最高位の結界で守られている!
その堅固さたるや――」
「バカかてめえは!
目の前でその結界がひび割れてんだろうが!
逃げろ!
逃げろ、にげろぉおお!」
さっきまでわいわいと試合の余韻を楽しんでいた客たちが、泡を食って逃げはじめた。
「ぐぁああああああ!
離せ!
はなせ、はなせ、はなせぇ……!
その子はあたしのだ!
離せ、乳女ぁあああ!」
「ち、乳女って私のことかしら?
……もしかして、あの子の狙いはユウくん?
でも、どうして……」
「や、やっぱりマリエラは、こっちに向かってきていますよ!
お、俺たちも逃げましょうライラさん!
はやく!」
闘技場は恐慌をきたした客で溢れかえっている。
みんな我先に逃げようと必死だ。
パリンと硬質な音が響いた。
ついに荒れ狂う雷猫マリエラが、不可視の障壁を蹴り破ったのだ。
「ああ、結界が⁉︎
はやく逃げましょう!
マリエラが襲ってくる!」
「逃げても無駄よ!
この状況だと、すぐに追いつかれる。
迎撃するわ!
この肌をビリビリと刺すような殺気……!
あの子もやる気みたいだし」
「そ、そんな⁉︎
危ないですよ、ライラさん!」
「ユウくんは下がっていて。
私なら平気よ!
なにがあっても、ユウくんのことはお母さんが守るんだから!」




