20 お姉ちゃん登場
旅は実にスムーズだ。
誰に追われるわけでもなく、のんびりゆったり。
道中だって宿場町がなくとも、ライラさんがアイテムポーチから取り出した簡易ログコテージに泊まれるものだから、野宿というより別荘に近い感覚ですらある。
ライラさんのポーチはすごい。
サイズから考えて、どうやってもポーチに入りそうもないものでも、にゅっと出し入れができた。
食材も食器も家具も着替えも、なんでも入っている。
これさえあれば、楽々だった。
そうこうしているうちに、いつの間にかオット・フット都市連合国に至る国境を越えていた。
傭兵都市グロウラインへとたどり着く。
「わぁ!
見てくださいよ、ライラさん。
傭兵のひとがいっぱいだ。
活気のある都市ですね!」
国境にほど近い傭兵都市グロウラインは、いわゆる城塞都市というやつだ。
都市全体が、高い石壁でぐるりと囲まれている。
無骨な石造りの、灰色の街。
ここは有事の際には、争いの最前線を支える要塞と化すのである。
「ひとがいっぱいねぇ。
それにしてもなんだか、男のひとも女のひとも、厳めしい見た目のひとが多いような……。
あ、ユウくん、お母さんから離れちゃダメよ。
柄の悪いひとに、絡まれちゃうかもしれませんからね」
ライラさんが腕を組んできた。
そのままピトッと密着してくる。
いちゃつく俺たちを見た傭兵が、顔を顰めながら睨んできた。
「って、なんだか俺たち浮いてませんか?
カップルなんてひと組みもいませんよ」
「気のせいよぉ。
ほらユウくん。
もっと寄って。
ん……。
顔をこっちに向けるの」
「あ、ライラさんってば。
というか、気のせいではないように思いますが……。
まぁ気にしても仕方ないですよね。
ライラさんの手のひら、あったかいなぁ」
「うふふ。
暑くなぁい?」
「全然暑くないですよ。
むしろ、ふにゅっと柔らかくて気持ちいい……。
なんだか安心できます」
「ユウくんったら、可愛いことを言ってくれちゃうんだから。
この、このこのぉ」
「や、やめてくださいよライラさん。
そんな頬っぺた突かないで」
照れ隠しにそっぽを向く。
すると視線の先に、大きな建造物が見えた。
「……あ、あそこ。
あそこに闘技場がありますよ!
行ってみましょう!」
思わず組んだ腕をほどいて、走り出す。
「まぁ、あんなにはしゃいじゃって。
ユウくん、危ないわよー。
後ろを振り向きながら走ると、転んじゃうわぁ」
居ても立っても居られない。
ずっとここの試合を観戦したかったのだ。
俺はうきうきしながら、円形の建物を目指した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
闘技場の入り口を通る。
観戦席へ続く通路は大勢の観客で賑わっていた。
楽しそうに騒いでいる。
「ひゃっほーい!
なんとか最前列が取れたぜ。
これでマリエラの戦いを、間近で拝める!」
「いいなぁ。
俺なんて中程の席だ。
おい!
席を交換してくれよ。
今度、酒でも奢るからよぉ!」
「はっはー!
やなこった!」
ひとびとが話題にしているのは、どうやら噂高い最恐剣奴、雷猫マリエラのことのようだ。
近くにある羊皮紙の貼り紙を眺める。
そこにはこう書いてあった。
『本日のメインイベント。
マリエラ vs. 魔獣。
今度の魔獣は、過去最高の討伐難度!
常勝無敗、獣の王たるマリエラも、この強敵相手には苦戦必至か⁉︎』
「すごい!
タイミングばっちりだ。
見てくださいよ、ライラさん!
ちょうど今日、マリエラの試合があるみたいですよ!」
「うふふ。
ユウくんも男の子ねぇ。
お母さん、そのマリエラとか言う子に、ちょっと妬けちゃうわぁ」
「えっと、試合をみるにはどうしたらいいんだろう。
あそこで観戦料を支払えばいいのかなぁ?
って、結構高いですね⁉︎
うぅ……。
お金足りるかなぁ」
「あ、いいのいいの。
ユウくんはここで待っていて。
チケットを買えばいいのね。
お母さんが買ってくるわ」
ライラさんはがま口の財布を開きながら、受付窓口へと消えていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「くすん……。
ごめんねユウくん。
こんな隅っこの席になっちゃって」
「いいんですよライラさん。
ほら、顔をあげてください」
「よよよ……。
お母さん、自分が不甲斐ないわ。
お金ならいくらでも払うって言ったのに、受付のひとがもう最後方の席しか空いてないって、融通効かなくて……」
「仕方ないですよ。
それにほら。
この席だって、しっかり見えますよ。
むしろちょっと遠いぶん、闘技場全体が見渡せていいくらいです」
円形に設けられた客席の最後方から、試合場を見下ろした。
いまそこでは、前座の試合が行われている。
剣奴同士の激しい戦いだ。
なかなか白熱している模様である。
「やっぱりユウくんは優しいわね。
ありがとう。
あ、そうだ。
ユウくん、お腹空いてない?
なにか食べましょう。
そこの販売のひとー。
こっちに食べるものくれないかしら。
飲みものも一緒にねー」
ライラさんの買ってくれた闘技場弁当を食べながら、観戦する。
前座の試合が終わった。
「次!
次はマリエラの番ですよ!
んぐっ……⁉︎
ご、ご飯がのどに詰まって……!」
「だ、大丈夫⁉︎
ほら、ユウくん。
お茶飲んで!」
ライラさんに背中をさすってもらう。
そうしていると、闘技場がわっと沸いた。
雷猫マリエラが、試合場に姿を見せたのである。
「おうおうおう、きたー!
獣王マリエラー!
期待してるぞぉ!」
「最強はお前だぁ!
今日もすげえ圧勝をみせてくれぇ!」
観客が声を張り上げ、拍手を打ち鳴らす。
「……はぁ。
ありがとうございます、ライラさん。
のどのつかえが取れました。
へえ。
あれがマリエラかぁ……。
また随分と、小さいんだなぁ」
褐色肌に映える、肩口まで伸びた白い髪。
可愛らしい顔のつくりなのに、ツンと無愛想な表情をしている。
見た感じは、15歳くらいだ。
俺がいま18歳でライラさんが20歳だから、俺たちより少し年下になるだろう。
マリエラは、ゆらゆらと猫しっぽを揺らしている。
頭の白い猫耳が、彼女が猫の獣人であることを示していた。
澄ました感じのマリエラの前に、大きな檻が運ばれてきた。
「グルルルゥ……」
唸り声が漏れ聞こえてくる。
あの檻のなかに、今日のマリエラの対戦相手が閉じ込められているのだろう。
檻を覆っていた白い布が取り払われた。
閉じ込められたモンスターの姿が露わになる。
檻を運んできた男たちが、鍵を開けて一目散に避難していった。
「あ、あれは⁉︎
あれはなんだ⁉︎」
「ブ、ブレイドワイバーンだ!」
「知っているのかライデイン⁉︎」
「ああ、あれはSランクのモンスターだぞ。
こいつぁ、すごい魔獣を連れてきやがった!」
試合場と観客席は、特殊で強固な結界により隔たれている。
観客たちが安全な場所から檻を眺める。
凶悪で滅多に見られないレア魔獣の登場に、試合開始前から会場は大盛り上がりだ。
俺の隣でライラさんが、少しだけ驚いた様子をみせた。
「へえ。
あんなのと戦うなんて……。
あのマリエラって子、大丈夫かしら」
「ライラさん。
あのモンスターのこと知ってるんですか?」
「ええ。
一度勇者パーティーで戦ったことがあるの。
そのときは生け捕りにしたんだけど、もしかしてあれ、私が捕まえたやつかしら?」
「はぁ……。
奇妙な縁があるものですねぇ。
それで、どんな魔獣なんですか?」
「鉱山なんかに棲みつく大型の飛竜ね。
鉄鉱石を食べて育つからか、甲殻が金属化していて硬いのよ。
それにほら。
翼がやけに大きいでしょう?
硬化して重くなった身体で飛ぶために、あんなに翼が大きくなったのね」
「ほんとですね。
身体が鉄みたいに鈍く光ってる。
それに翼が身体の倍ほども……。
はぁぁ。
これは強そうだ」
「あの翼が厄介なのよねぇ。
刃物みたいに研ぎ澄まされていて、盾も鎧もスパスパ斬り裂いちゃうの。
私が捕獲したときも、パーティーのみんなは必死に逃げ回っていたわよ。
あれは傑作だったわ。
うふふ」
どうやら物凄い怪物のようだ。
「おお⁉︎
ワイバーンが動いたぞ!」
観客の声につられて、試合場へと視線を戻す。
ブレイドワイバーンが、のそりとその威容を檻から外に出した。
飛竜が凶悪な牙をみせつけるように口を開いて、目の前の獲物であるマリエラを見下ろす。
巨大なワイバーンと小さな猫獣人。
遠目から眺めると、その対比がより鮮明に感じられた。
「グギィアアアアアアアッ‼︎」
ワイバーンが吠えた。
それを合図に、今日のメインイベントである見世物試合の幕が開けた。




