02 女勇者が押しかけてきました。
本日2話目の投稿になります。
「……は?
ライラさんが、母親……ですか?」
「そうよ!
私がユウくんのお母さんよ!」
「え、えっと……」
ライラさんを眺める。
「うふふ……。
そんなにお母さんを見つめて、どうしたの?
照れちゃうじゃない」
少し垂れ目がちな紺碧の瞳。
透き通るように白い肌と、母性を讃えた優しげな微笑み。
陽の光を反射してキラキラと輝く、淡い水色の長い髪が眩しい。
すごい美人だと思う。
ライラさんは、俺の前では基本的におっとりとしていて、つい甘えたくなるような雰囲気を纏っている。
身長は俺よりは低いが、女性としては高めだろうか。
でも彼女は、こう見えてまだ20歳。
俺が18歳だから、ふたつしか変わらないことになる。
姉ならまだしも、母親なんてありえない。
捨て子だった俺には、血を分けた家族の記憶はないが、それくらいはわかる。
「……ユウくん?
ユウくん、どうしたの?
考えこんじゃって、悩みごとかしら?
お母さん、なんでも話を聞いちゃうわよ?」
「いえ、ライラさん。
そんな目をキラキラさせて見上げないで下さい。
悩みごとというか……」
「もう、ユウくんってば他人行儀なんだから!
お母さんって呼んでちょうだい。
なんならママでもいいわ」
ライラさんがまた俺を抱きしめてきた。
俺より小さな体のくせに、目一杯腕を伸ばしてぎゅっと抱きついてくる。
優しい手つきで、頭をさわさわと撫でてきた。
というかこのひと、さっきからボディタッチが激しいけど、スキンシップが好きなのだろうか。
「……って、そうじゃなくて!
ライラさんみたいな若いひとが、俺の母親なわけがないじゃないですか!
なに言ってんですかもう!
からかわないで下さい!」
俺を抱きとめるライラさんを、振り払う。
「あっ、ユウくん。
どこにいくの?」
「冒険者ギルドですよ。
ライラさんの誘ってくれた勇者パーティーは首になってしまったので、新しいパーティーを探さなくてはなりません。
俺はFランクですし、ひとりだと薬草採取くらいしかクエストを受けられませんから」
「そ、そんな!
いっちゃだめよ、ユウくん!
お願いだからパーティーに戻ってきて!」
「無理です。
ジークさんにはっきりと拒絶されました」
仕方のないことだ。
実際、俺は勇者パーティーでは荷物持ちくらいしかできることがなかったし、分不相応だったのだ。
「……リーダーね。
あの子、ユウくんを追放するなんて、少しおいたが過ぎるわね……」
「ん?
なにか言いましたか?
そんな怖い顔をして……」
「はっ⁉︎
な、なんでもないのよ?
怖い顔だなんて、ユウくんったらひどいんだから!」
「とにかく俺はもう行きます。
たくさんお金を稼がないといけないので」
「ま、待って……!」
「ライラさんはついてこないで下さい。
いままでお世話になりました。
ありがとうございました」
ペコリと頭を下げる。
俺は背を向けて、その場を立ち去った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
冒険者ギルドにやってきた。
ここはイスコンティ王国の王都にある、冒険者ギルド南方支部だ。
人類大陸の南方ギルドを総轄する規模の大きな支部だけあって、たくさんの冒険者で賑わっている。
早速俺は、パーティーメンバー募集の貼り紙をチェックしはじめた。
『求む。
魔法使い又は弓使い。
Cランク以上』
『急募。
Dランク以上の前衛職』
『クラン銀の翼、メンバー募集中。
Eランク以上。
面談あり』
たくさんある貼り紙を、ひとつひとつチェックしていく。
俺は魔法が使えない。
というよりも、世にも珍しい『属性適性なし』の無能者。
それが俺だ。
この世に生まれ落ちたものは、地・火・風・水・雷・光・闇のいずれかひとつの属性を持っている。
だが俺にはその属性がなかった。
だから魔法や属性技は使えない。
ただ剣の才能はそれなりにあったので、こうして冒険者をして生計を立てようとしている。
「おい、無属性!
なにをチェックしてやがる!」
「聞いたぞお前!
なんでも適性属性を持ってないらしいな!」
「ぎゃはははは!
お前みたいな役立たずを、入れてくれるパーティーなんていねえぞ!」
ガラの悪い冒険者たちが絡んできた。
しかしどうして俺が無属性だってことを、知っているのだろう。
そのことは俺以外では、勇者パーティーのメンバーくらいしか知らないはずなのに。
「どうした?
なにか言い返してみろよ!」
「お前みたいな腰抜けを入れてくれるパーティーなんて、ないに決まってるだろ!」
絡んでくる冒険者たちは、赤い顔をしていた。
昼間から飲んでいるのか?
周囲の冒険者たちは、見て見ぬ振りだ。
厄介ごとに巻き込まれたくないのだろう。
俺はくるりと踵を返した。
また明日、出直してこよう。
「おいおい、逃げ帰るのか僕ちゃんよぉ!
ぎゃはははは!」
こんな馬鹿どもを相手しても仕方がない。
足早にギルドを後にした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌朝。
俺は早めの時間に冒険者ギルドへと向かった。
目的は昨日と同じパーティー探し。
朝ならきっと、昨日のあいつらもいないだろう。
だがその思いは当てが外れる。
ギルドに顔を出すと、昨日絡んできたゴロツキ冒険者たちと、またばったり出くわしてしまった。
「おいおい、また来たのかぁ?
懲りねぇやつだな」
「無駄足ご苦労さん!」
「無属性は冒険者なんてやめちまいな!
ぎゃははは!」
彼らはまた俺に悪態をつきはじめる。
そのとき、周囲の気温がスッと下がった。
冷気があたりに漂いはじめ、壁や床が薄く凍りだす。
「……死にたいのかしら、あなたたち?」
俺の背後から冷酷な声が響いた。
「いまユウくんを、笑い者にしていたわね?
命がいらないのなら、ここで私が斬り捨ててあげるわよ?」
振り返るとライラさんが、鞘に納めた剣の柄を握っていた。
鋭い目つきで輩たちを睨みつけている。
「お、おい……。
あそこ見てみろよ!
勇者ライラだ!」
ギルドが騒がしくなり始めた。
冒険者たちがこちらを注目して、ギルド職員たちが慌てはじめる。
「もう一度聞くわよ?
ユウくんを笑い者にしたの?」
「ひ……、ひぃ⁉︎」
殺気に当てられた冒険者たちが、小さく悲鳴をあげて震えあがった。
ライラさんが剣を抜いた。
「ま、待って下さいライラさん!
ギルドで暴れちゃだめですって!
ほら、お前たちも早くどこかに行けよ!」
「た、助けてくれぇ!」
「待ちなさいゴロツキども!
まだ話は終わっていないわよ!」
「もう終わりでいいんですってば!
落ち着いて、ライラさん!」
頑張ってライラさんを宥める。
絡んできた冒険者たちは、這々の体で逃げていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ようやく騒ぎが収まった。
俺は改めてライラさんに向き直る。
「助けてくれて、ありがとうございます。
……まぁ、かなり物騒なやり方でしたが」
「うふふ。
いいのよ、お礼なんて。
お母さんがユウくんを助けるなんて、当たり前なんだから!」
ライラさんが、可愛らしく力こぶをつくる。
今しがた、これでもかと殺気を放っていたひとと同一人物とは思えないほどの、にこにこ笑顔だ。
「それでライラさんはどうしたんですか?
ギルドに用事でも?」
「いいえ、違うわよ」
「じゃあなにをしに?」
「ふふーん。
実はユウくんにお願いがあってきたの!
ねぇユウくん。
パーティーメンバーを探しているんでしょう?」
「ええ、まぁ。
なかなか見つかりませんが」
「まぁ⁉︎
それは好都合ね!
じゃあユウくん!
私とパーティーを組みましょう!」
遠巻きに俺たちの会話を聞いていた冒険者たちが、ガヤガヤと騒ぎはじめる。
どうやらさっきからずっと、注目を浴びてしまっているようだ。
「……は?
ライラさんにはもう、勇者パーティーがあるでしょう?
あ、臨時ってことですか?
それなら……」
「ううん。
臨時じゃないわ!
これからずぅっとよ。
だってお母さん、勇者パーティー抜けてきちゃったから!」