19 ぶらり王国ふたり旅
人類大陸南方に位置するイスコンティ王国は、北をシグナム帝国、東をオット・フット都市連合国、また西を大森林に隣接している。
そのすべての国境線がライラを国外へと逃さぬために封鎖され、往来が極端に制限されはじめていた。
イスコンティ王国のとある国境。
西の部族との小競り合いが絶えないその一帯に、多くの騎士や冒険者、雇われ者の傭兵が集っていた。
指揮官の指示が飛ぶ。
「急げ、急げっ!
早くしないとライラを取り逃してしまうぞ!
そこの荷馬車!
とまれ!
通行証を提示せよ。
そして身分をあかせ!」
「へ、へえ。
儂は長年この界隈で、行商をしている者です。
これが通行証になりますじゃ」
「ふむ、本物のようだな。
積み荷はなんだ!」
「これは穀物でございます。
近くの村でとれた農作物を買い付けたので、森林の獣人族まで物資交換に行きたいのですじゃ」
「そうか。
では荷をあらためさせてもらう。
そこのお前!
この荷台を調べろ。
徹底的に調べるのだぞ!
また今後しばらくは行商を禁止するゆえ、覚えておけ」
「そ、そんなご無体な……」
行商の男が嘆く。
普段であれば素通り出来ていた。
それに正規の手続きも踏んでいるのに、行商まで禁止されては、なんのための通行証だ、と。
だが男の抗議は、一切聞き入れられなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ライラさんと一緒に王都を出立してから、ひと月が経った。
俺たちは東のオット・フット都市連合国を目指して王都をたったわけではあるものの、実はまだ王国を出ていなかった。
ふたりでのんびり、王国ぶらり旅をしていたのだ。
ライラさんと一緒に巡る、王国景勝地観光の旅は楽しい。
「ねえねえ、ユウくん。
次はどこを見て回りましょうか?
お母さんとしては、ここがいいかなぁ」
「どれですか?」
旅先の豪華なお宿。
俺はベッドにライラさんと並んで腰掛け、肩を触れあわせていた。
彼女の差し出してきた名所ガイドを眺める。
「へえ、カッピーラ湾ですか。
良さそうなところですね。
そろそろ季節も初夏の頃合いだし、水遊びなんかするのもいいかもしれません」
「でしょ、でしょ?
それにほら、ここに良いこと書いてあるの。
えっと、『カッピーラ湾を一望する丘のはずれにある、古い大きな樹の下で、女の子から告白して生まれたカップルは永遠に幸せになれる』ですって。
きゃあきゃあっ。
お母さん、ユウくんと一緒にここに行きたいわ!」
どうやら次の目的地が定まったようだ。
「ふふ、楽しそうですね、ライラさん。
じゃあ今日は早めに休みましょうか。
そして明日は早起きして、カッピーラ湾に向かいましょう」
「はぁい。
じゃあ灯り消すわね」
ライラさんがロウソクの火を消してから、ベッドに潜り込んできた。
「ユウくん。
おやすみなさい。
……ん〜、ちゅ♡」
俺たちは仲良くくっ付いて就寝した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ええい、まだか!
まだライラは見つからぬのか!」
東側国境の検問所で、王都から出向してきた騎士が苛立たしげに叫ぶ。
ライラが姿をくらましてから、もうひと月半が経過していた。
この間ライラは、国境付近に一向に姿を見せていない。
「くそっ。
このままでは、いたずらに各国との緊張が増すばかりではないか……」
周辺国に噂が流れていた。
イスコンティ王国が前触れもなく国境を封鎖し、戦力を集結させている。
このことが周辺国を刺激していた。
近く王国は、他国への無謀な進軍を始めるつもりだ、と。
それに対し北方面では、軍事国家シグナム帝国が王国方面に軍を展開し始めたと伝え聞く。
このままではいつ戦が勃発してもおかしくない。
そんな状況がもう、ひと月半も続いているのだ。
これには現場である国境の兵たちばかりではなく、王国上層部も気を揉んでいた。
「はやく……。
はやくライラを見つけださなければ……」
状況は刻一刻と悪化していく。
騎士は歯痒い状況に、身悶えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「もうっ。
なんてタイミングが悪いのかしら!
まさか伝説の樹がお手入れ中で、立ち入り禁止だなんて!」
「まぁまぁ、ライラさん。
そんな残念そうにしないで下さい。
俺はカッピーラ湾、楽しかったですよ。
綺麗な景勝地だったし、食事もおいしかったです」
「そぅお?
ユウくんが楽しめたのなら、いいんだけど」
「まぁ食事がおいしかったと言っても、ライラさんが作ってくれるご飯には、到底敵いませんけどね」
「――キュンッ!
ユウくん!
あぁ……。
残念がっている私を元気付けてくれているのね。
なんて細やかな気遣いのできるいい子なのかしら!
これは女の子が放っておかないわ。
ユウくん、ユウくん、ユウくん!
お母さん、またユウくんにメロメロになっちゃう!」
「そ、それよりライラさん。
次はどこに行きましょうか。
俺はここなんていいと思うんですよ」
「どれどれ?
えっと『暗黒太極拳発祥の地』……。
なぁに、これ?」
「なんでも、大陸中を複数の姫に会うためだけに巡り続けた偉人が没した街らしいですよ。
姫たちが死んだその偉人を想って、暗闇のなかでぴょんぴょん不思議な踊りを舞い始めたのが、暗黒太極拳の始まりなんだとか」
「へえ……。
さっぱり意味がわからないけど、その暗黒太極拳っていうのを体験することも出来るみたいね。
よし、じゃあ次はここに向かいましょう」
ライラさんがロウソクの火を吹き消した。
「それじゃあユウくん。
おやすみなさい。
ちゅ♡」
「はい、ライラさん。
おやすみなさい」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ライラが行方をくらましてから、ふたつき。
ついに北の国境線で、小競り合いが勃発した。
シグナム帝国の軍が、王国辺境の村にちょっかいを掛けたのだ。
これには王国上層部も焦った。
いま王国は国境線監視の任に、常よりも遥かに多くの兵力を割いている。
もしシグナム帝国との戦火が、このまま本格的に開かれようものなら、難儀なことになる。
北方方面には帝国との戦線を維持できるほどの兵力はないのだ。
それにふたつき前、国境を跨いでの行商を制限してより、物資の往来が極端に少なくなっている。
「……宰相よ。
ライラはまだ見つからぬのか」
「はい。
国境は厳重に封鎖しております。
越えられた形跡はありません。
もしや国境付近に身を潜めているやもしれぬと、辺境の村々を虱潰しに探し、山狩りまで行っているのですが、……見つかりませぬ」
「そうか。
……ライラめ。
いったいどこにいるのやら」
イスコンティ王、メディチ3世は、決断を迫られていた。
このままではまずい。
当初、隣国への牽制力をライラに期待し、彼女を王国から逃すまいと国境線を封鎖した。
だというのにそれが裏目に出て、いままさにシグナム帝国との争いが起きようとしている。
これでは本末転倒である。
「……仕方があるまい。
国境封鎖を解除せよ」
「ですが陛下。
それでは、まだライラが国内に潜んでいた場合に――」
「わかっておる。
わかっておるのだ!
だが、どうしようもなかろう。
これ以上、封鎖を続けることはできぬ。
現にいま、北にシグナム帝国めの脅威が迫っているのだ!」
王が深い深いため息を吐いた。
「……差し出がましいことを申しました。
陛下、お許しを」
「…………よい」
疲れた顔の王が、力なく手を振る。
こうして王は、ライラを逃がすという苦渋の決断を下した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
屋敷をたってから、もうすぐ三ヶ月になる。
王国を観光する毎日にも、そろそろ飽きがきはじめた。
やはり何事も、ほどほどが大事なのだ。
「じゃあユウくん。
そろそろ王国を出ましょうか。
ん〜!
たくさん遊び回ったわねぇ!」
ライラさんが伸びをする。
鎖骨のほうに持ち上がった、その大きなおっぱいを眺めながら、俺も彼女の提案に同意した。
「さて、向かうはオット・フット都市連合国。
まずは傭兵都市グロウラインよ!」




