18 さようなら王都
今日予定していた討伐クエストが中止になった。
ライラさんの意向によるものだ。
なにを考えているのだろう。
俺は直接、彼女に聞いてみることにした。
「ライラさん。
今日は牙狼の討伐クエストを受けるって話でしたよね。
中止ってどういうことですか?
Dランクの魔物、というかゴブリン以外の魔物を狩るのは初めてだから、結構楽しみにしていたんですけど……」
「ああ……。
そんな残念そうな顔をしないでユウくん。
ちょっと状況が変わっちゃったの。
ごめんなさい。
ほら、こっちきて。
お母さんの隣に座って」
促されるまま、ライラさんに並んで座る。
この屋敷のソファはどれもふかふかだ。
隣に腰掛けた俺は、ライラさんに体ごと引き寄せられた。
「うふふ……。
ユウくんの体。
熱くて、ごつごつしてる……」
彼女はゆっくりと俺の太ももに指を這わせ、手のひらで撫で回してくる。
「ふぁっ……。
なんだかくすぐったいです」
「そぅお?」
けど実は、ちょっと気持ちがいい。
「あのね。
お母さん、お引越しをしようと思うの」
「引越し、ですか?」
「ええ、そうよ。
王国を出ようと思って……。
ねえ、ユウくん。
お願い。
お母さんについてきて頂戴。
お願いだから……」
ライラさんが、少し不安そうな顔をした。
肩にしな垂れかかってきて、潤んだ瞳で俺を見つめてくる。
色っぽい仕草に、思わずドキッとした。
声が上擦ってしまう。
「そ、それはまぁ、構いませんが。
俺は別に、王国に生活基盤があるわけじゃないですし……」
「本当⁉︎
お母さん、嬉しいっ!」
ぱぁっと花が咲いたように、ライラさんが笑顔になった。
大変可愛らしい。
「よかったぁ。
お母さん、ユウくんが王都に残るって言ったらどうしようかと思っていたのよ?
その場合もう、王国を滅ぼすしかないかなって。
本当によかったわぁ」
「お、王国を滅ぼすって。
またまたライラさんは冗談ばかり言っちゃって」
「……冗談?
うふふ」
ライラさんは、にこやかに微笑んでいる。
いつもと変わらぬ優しい笑顔。
だけど俺は少しだけ不安になった。
……というか、冗談、だよな?
「それで早速なんだけど、ユウくんは引越し先にはどこか希望があるかしら?」
「え?
俺が決めていいんですか?」
「もちろんいいわよ。
ユウくんのいる場所が、私の居場所。
お母さん、どこにでもユウくんを連れて行ってあげるから!」
「そうですか。
じゃあ、俺としては――」
こうして俺は、ライラさんと一緒に王国を離れることになった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
王の執務室。
そこでイスコンティ王、メディチ3世が声を荒げていた。
「なぜだ!
余は丁重に迎えよと申し付けたであろう。
それが悪戯にライラを刺激し、戦闘にまで発展しただと⁉︎
なぜこの様なことになっておる!」
「はっ。
どうやら使者として遣わせた者が、独断でライラを引っ立てようとした模様です」
「馬鹿な……。
なんという愚かな真似を。
その使者とは誰だ!」
「近衛騎士団副団長。
パトリック・パーナーにございます。
かの者は現在厳重に軟禁しておりますが、処遇のほうはいかが致しましょう」
「あの者か……!
厳罰に処せ。
それでいま、ライラはどうしている?」
「承知いたしました。
ライラについては、見張りにつけたものによりますと、慌ただしく屋敷の整理などをしているとのこと。
これは憶測になりますが、おそらくかの勇者は屋敷を引き払い、どこか別の国に亡命するつもりかと思われます」
「な、なんということだ……」
王が嘆息した。
「……どう思うか、宰相。
率直に申せ。
歯に衣は着せずともよいぞ」
いくらか逡巡したのち、宰相が口を開いた。
「では、仰せのままに申し上げます。
近年軍事的に落ち目であった我が王国が、ここ数年でこうして持ち直し、西の大森林の部族どもや、東の大国オット・フット都市連合国。
さらには北の軍事国家シグナム帝国と、対等な勢力を堅持するに至りましたは、勇者ライラの働きによるところが大きいかと存じます」
「やはりそうか……。
それで、ライラの亡命を許せばどうなる?」
「……恐らくは、均衡していた各方面の勢力との軍事バランスが崩れるでしょう。
国境は戦火に見舞われるかと。
ライラが活躍をする以前の王国に戻りましょう」
王は思わず手で目を覆った。
深い深いため息を吐く。
「……よくわかった。
それだけは阻止せねばならん
なんとしてもライラを説き伏せ、いままで通り我がイスコンティ王国の勇者であらせよ!
そうだな。
次は宰相。
お前が直接ライラを迎えにいけ。
余のまえに、かの勇者を連れてくるのだ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
引っ越しの日がやってきた。
「さぁ、ユウくん。
いくわよー。
忘れ物はないかしら?」
「はい。
もともと俺は、荷物なんてほとんどないですし」
「じゃあオッケーね。
お母さんも引越し準備は万端よ。
ぜぇんぶこの中に、詰め込んできちゃった」
ライラさんが腰のポーチをぽんぽんと叩く。
これはポーチ型のアイテムボックス。
激レアの魔道具である。
ポーチは腰に巻きつけても邪魔にならないくらいのサイズなのに、容量は凄まじく大きい。
屋敷がまるごと入るくらいらしい。
まさに逸品だ。
このアイテムひとつで、何回の人生を遊んで暮らせるかわからない。
「じゃあ出発しましょう!」
ライラさんが腕を組んでくる。
手を繋ぎ、指を絡め合う。
彼女の暖かな手のひらを感じて、じんわりと手汗を掻いてしまった。
ちょっと恥ずかしい。
行き先は結局、俺の希望が採用された。
これから俺たちは、東の大国オット・フット都市連合国に向かう。
宗教都市ルルホトに腰を落ち着けるつもりだ。
実はルルホトは俺が幼少期を過ごした都市で、俺にとっては少し事情のある場所なのである。
「ユウくんと一緒に、お引越しデート〜♪」
「お引越しデートってなんですか。
ふふふ。
ライラさんはおかしいですね」
「そうかしら?
まぁ楽しければいいじゃない。
あっそうだ、ユウくん。
宗教都市ルルホトっていうと、そこに向かうまでに傭兵都市グロウラインや、商業都市ユニスを通るわよね?」
「ええ、そうですね。
ライラさんは行ったことがありますか?
どちらも活気があって、面白い都市ですよ」
「まぁ、楽しみ!
お母さん、初めてなのよ。
せっかくだから、道中観光しながらルルホトに向かいましょうね」
「それはいいですね。
そういえば俺、グロウラインの闘技場にいってみたいなって、前から思ってたんです。
なんでも、凄く強い剣奴がいるらしいですよ。
ライラさんは知ってますか?
たしか猫獣人で、雷猫マリエラ、だったかな」
「へえ……。
初耳だわ。
お母さんあんまり、そういうのに興味なかったから。
でも闘技場の試合を観戦したいだなんて、やっぱりユウくんも男の子ね。
可愛い。
うふふ……」
腕を組んだまま、ライラさんが密着してくる。
二の腕に彼女の大きなおっぱいが押し当てられ、ふにゃっと形を変えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
もぬけの殻になったライラの屋敷を前に、王国宰相が歯ぎしりをしていた。
「ライラはどこに行ったのだ!」
「ご報告いたします!
ライラは連れの若い男とともに、すでに屋敷をたった模様です。
近隣住民が目撃しておりました」
「なんだとぉ⁉︎
そのような話は聞いていないぞ。
見張りの者はどうした!」
「た、大変です!
宰相閣下!
見張りの任にあてていた者が、みな氷漬けになっております」
宰相が目を覆った。
「なんということだ……。
ひと足遅かったというのか。
……。
…………。
……いいや、まだだ」
宰相が指示を飛ばす。
「そこの者!
至急使いに走れ!
そして、伝えてまいるのだ。
国境線を封鎖せよ。
決してライラを、このまま行かせてはならぬと!」