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16 マンツーマンレッスン

「お願いがあるんです」


 ライラさんが作ってくれた朝食を食べながら、俺は唐突に切り出した。


「どうしたの、ユウくん。

 あ、ほっぺにシチューがついてるわ。

 ちょっとこっち向いて。

 ……はい。

 取れたわよー」


「す、すみません。

 このシチュー、すごく美味しいから、ついがっついてしまって」


「うふふ。

 ユウくんは上手ねぇ。

 まだまだシチューはたっぷりあるわよ。

 お母さん特製、惚れ惚れ茸のクリームシチュー。

 ユウくんがお母さんのこと、もっと大好きになるように、愛情たぁっぷり注いでいるんだから。

 お代わりしてたっくさん食べてね」


「ありがとうございます!

 ほんとに美味しいです!

 手が止まらない」


 夢中で匙を動かす。


 ライラさんはテーブルに頬杖をつき、柔らかな微笑みを浮かべながら、俺を見守ってくれている。


「それで、ユウくん。

 お願いって、なぁに?」


「あ、そうでした。

 また食べるのに夢中になってしまった。

 あのですね。

 ライラさん、お願いがあります。

 俺にどうか、剣を教えてもらえないでしょうか?」


「剣術?

 どうしてまた」


「俺、もっと強くなりたいんです。

 ジークさんに狙われたときも、先日黒ずくめの男たちに襲われたときも、いつも俺はライラさんの足手まといになってばかりだから……。

 俺だって、男です。

 すぐには無理でも、いつかはライラさんを守れるような男なりたい」


「――はぅあッ⁉︎」


 ライラさんが突然、心臓のあたりを押さえて倒れ込んだ。


 いきなりのことに驚いてしまう。


「ラ、ライラさん⁉︎

 どうしたんですか⁉︎

 しっかり……!」


 駆け寄って、彼女の体を支えた。


「む、胸が……。

 いま胸がキュンってしたわ!

 ユウくん、ユウくん、ユウくん、ユウくん!

 ぐすっ。

 お母さん嬉しくて、なんだか涙が出てきちゃった。

 ユウくんってば、いつの間にか、こんな立派な男の子に成長しちゃって。

 お母さんもう、ユウくんなしじゃ生きられない。

 我が子ながら、なんて素敵なのかしら!

 あぁ……。

 鼓動がすごいの。

 ドキドキしてる。

 ほら、――?」


 ――


 ――


「――」


「ラ、ライラさん⁉︎」


「どう?

 ――?

 ――」


「は、はい。

 ――……。

 ――……」


「ユウくんにときめいちゃってるのよ。

 あぁ、ユウくん……。

 大好き!

 大好きよ!」


 頭に手を回して、引き寄せられる。


「はぶっ!

 ライラさぁん」


 俺はいつものように、――。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 森にやってきた。


 今日も今日とて、Eランク常時クエストのゴブリン退治である。


 だがいつもと少し違うこともある。


 それはライラさんの剣術マンツーマンレッスンであった。


「ちょっと違うわ、ユウくん。

 剣を振るう際は、刃筋を意識しなきゃだめよ。

 お手本を見せるわね?

 ちゃんと視認できるようにゆっくりと振るから、しっかり見ておいて」


 ライラさんが袈裟懸けに剣を振り抜く。


 ゆっくりなどと言っているが、ライラさんの振った剣は、その残像すら見えない。


「アギャ⁉︎」


 ゴブリンが肩から脇腹へと、真っ二つにされた。


「さ、ユウくんもやってみて」


「ま、まったく見えませんでした。

 気づいたらスパッて……。

 でもやってみます!

 はぁぁあ!」


 近くのゴブリンに斬りかかる。


 ちなみにゴブリンたちは、ライラさんに脚を氷漬けにされていた。


 こうなってしまえば、危険な魔物もただの的だ。


「アギィア⁉︎」


「あれ?

 斬れたは斬れたけど、ライラさんみたいにスパッといかないや」


「うーん。

 きっとそれは握りのせいかしら。

 あとね。

 剣を振りおろした瞬間、刃筋と力の向きが微妙にズレちゃってるから、それも気をつけなきゃね。

 そうね。

 言葉で説明するより……」


 ライラさんが背中に張り付いてきた。


「ラ、ライラさん⁉︎

 ど、どうしたんですか?」


「ほら、じっとして。

 剣はこうやって握って。

 振りかぶるときは、こうして……」


 彼女は俺にぴったりとくっ付いたまま、手を取り腕を取り、指導してくれる。


 甘く柔らかな吐息が、首すじに掛かる。


 ――、ライラさんの体温が伝わってきた。


 暖かい……。


「そうして、こう!

 どう?

 わかったかしら?」


「な、なかなか難しいですね。

 でも頑張ります!」


「うふふ。

 ユウくんは頑張り屋さんね。

 でも無理はしなくていいのよ?

 強くなんてなくても、お母さんユウくんのことずっと愛しているんだから……」


「ライラさん……」


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 太陽が高く昇ってきた。


 俺はライラさんが木陰に敷いてくれたシーツに寝転がり、彼女に膝枕をされている。


 いまはレッスンの合間の休憩時間なのである。


「一日で随分と腕があがったわね。

 さっすがユウくん!

 私の自慢の息子だわぁ」


 ライラさんが俺の頭を撫でてくれている。


 さわさわとした優しい手つきに、なんだか心が癒されるのを感じた。


「ありがとうこざいます。

 ライラさんが丁寧に教えてくれたからですよ」


「ううん!

 ユウくんの才能よぉ。

 ユウくんは我流でも結構やれてたんだし、ちゃんとした剣術を学べば、まだまだ強くなれるんだから!」


「そうでしょうか。

 それはそうとして、ライラさんは誰に剣術を教わったんですか?」


「…………え?」


 尋ねた瞬間、ライラさんが固まった。


「ん?

 どうしたんですか?」


「ふふ。

 うふふ……。

 なんでもないのよ、ユウくん。

 ちょっと苦手な顔を思い出しちゃっただけ」


「苦手な顔?

 へぇ。

 ライラさんにも苦手なひとっているんですね。

 なんだか意外です」


「ええ……。

 ほんの少しだけどいるのよ……」


「ちなみに、いま思い出した苦手なひとというのは、どなたなんですか?

 ちょっと興味があります」


「う……。

 ま、まぁ、そのことはもういいじゃない」


「俺、ライラさんのこと、もっと知りたいんです。

 無理にとは言わないですけど……」


「あぁ、ユウくん。

 そんなシュンとしないで。

 お母さん、別に隠し事をしようとした訳じゃないのよ?

 ……いいわ。

 教えてあげる。

 お母さん、お師匠さまがいるのよ。

 転生してきたばかりの孤児だった私を見つけて、大陸中を連れ回してくれた女のひとなんだけど……」


「へえ……。

 勇者ライラにお師匠さまがいるなんて、初耳です」


「歴史の表舞台からは消えたひとだから」


「やっぱりそのお師匠さまも、強いんですか?」


「……強いわね。

 というか、あのひとはもう滅茶苦茶よ。

 お母さんが十人いても、敵う気がしないわ……」


「……は?

 な、なんですか、その化け物」


「うぅ……。

 あのひとの話はやめにしましょう。

 お母さん、つらい過去のしごきの記憶が蘇っちゃうわ。

 それより、さ、レッスンを再開しましょうか。

 私はあんな鬼教官とは違うわよ?

 優しく優しく教えてあげますからね」


 話を切り上げ、休憩を終える。


 俺はライラさんの指導のもと、ふたたび剣術の稽古に励んだ。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 王城は慌ただしい喧騒に包まれていた。


 昨夜未明。


 何者かにイスコンティ王国軍務大臣キャンタンが、殺害されていることが判明した。


「陛下。

 申し上げます。

 キャンタン大臣襲撃犯の裏付けが取れました」


 ここは王の執務室。


 部屋のなかにいるのは王と、王の信頼厚き補佐官、あとは報告にあがった宰相のみである。


 人払いはすでに済まされてあった。


「申してみよ」


「はっ。

 大臣を殺害したのは勇者ライラ。

 間違い御座いませぬ」


「……やはりか」


「これは大変なことになりましたな……」


 宰相の言葉に、重々しく王が頷く。


「報告はわかった。

 事がことだ。

 沙汰は余みずからが追って下す。

 下がって良いぞ」


 宰相が一礼してから部屋を出た。


 それを見届けてから、イスコンティ王が大きなため息を吐く。


 執務椅子に深く腰掛け直して、王は高い天井を仰ぎ見た。


 そばに控えていた補佐官が尋ねる。


「して、陛下。

 ライラの処罰はどういたしましょう」


「……一方的に罰するわけにはいかぬ。

 あれは特別なのだ」


「では無罪放免と?

 それでは国の沽券に関わります。

 陛下。

 なぜ、かの女を庇い立てするのです。

 勇者とは言え、もとはたかだか冒険者のひとりでは御座いませぬか。

 陛下が御心を砕かれる相手とも思えませぬ。

 差し支えなければ、庇う理由を御教え頂きたく存じます」


「……お前は認識が不足しているようだな。

 勇者ライラは、左様に軽んじるべき相手ではない」


「とは申されますが――」


「わかっておる。

 だが事はそう単純ではない。

 相手がライラだけならまだしも、そうではないのだ。

 ……ライラの背後にいるもの。

 それが問題なのだ」


 王が一拍おいた。


 意を決して再び話し出す。


「……魔神マーリィ・ベル。

 この名前くらいは聞いたことがあろう。

 ライラの背後にいるものだ」


「それはもちろん存じておりますが……。

 冒険者ギルド創設者にして、本部ギルドマスター。

 遥かな昔に人類を終末の獣から救った英雄。

 ですが、ただの御伽噺でございましょう?」


「……御伽噺などではない。

 魔神は実在する。

 それどころか、かつての時代より数百年が過ぎた現在においても、いまだ健在だ。

 補佐官よ。

 お前はなぜ冒険者ギルドが国家の垣根を超え、超法規的な存在であり続けられるか考えたことはあるか?

 マーリィが控えているからだ。

 かの者を相手にすれば、国など簡単に消し飛んでしまうわ。

 はぁ……。

 まったくキャンタンのやつめ。

 厄介な真似をしでかしおってからに」


 王が目頭を指で押さえる。


「ふぅ……。

 だが起きてしまったものは仕方がない。

 話をせねばなるまいか。

 至急、勇者ライラに迎えをよこせ。

 穏便に迎えるのだぞ?

 これ以上ライラを刺激してはいかん。

 穏便に。

 これを徹底させよ!」

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三分で読める短編です。
三十代後半からの独身読者さんの心を抉る!
転生前夜。孤独死。

他にもこんなのも書いてます。
どれも文庫本1冊くらいの完結作品です。

心が温まるラブコメ。
読後、きっと幸せな気持ちになれます(*´ω`*)
猫の恩返し ―めちゃめちゃ可愛い女子転入生に、何故か転入初日の朝の教室で、皆の前で告白された根暗な僕―

お手軽転移ファンタジー。
軽く読めてなかなか楽しい。
異世界で伝説の白竜になった。気の強い金髪女騎士を拾ったので、世話をしながら魔物の森でスローライフを楽しむ。

ちょいとシリアスなのも。
狂った勇者の復讐劇。
復讐の魔王と、神剣の奴隷勇者
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