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まえがき

 新暦2241年、勇者と呼ばれる若者率いる一行が魔族の王の陰謀を打ち砕いたことで、世界のあり方は激変しようとしている。


 それは、私のみたところ2つの道を示している。


 ひとつに、争いから解き放たれ、武器をとらずとも生きてゆける道である。


 魔族の脅威の去ったいま、われわれは過剰なまでに城壁と濠をめぐらせ、城や街や村の若者のほとんどを衛兵として駆り出す必要がなくなった。


 これからの若者は、血と鉄と恐怖に支配された日々を脱し、自ずからの頭脳と勤勉さで人生を切り拓いてゆくことだろう。

 生まれもった腕力と魔力だけが身分階級の上下を定める旧来の伝統はこれから滅び、かわってあらゆるひとびとにチャンスが等しく与えられる、新たな社会秩序が芽生えることだろう。


 またひとつに、内面化へと向かう道である。


 すなわち、魔族という共通の敵を眼前にした各種族の間に、相互理解の気運が多少なりとも高まらざるを得なかった(、、、、、、、、、)のである。


 これにより外見の差異や文化的異質性という表層のベールを突き破って、相手種族の深層部へと好奇心が向けられるようになった。昨今の種族を超越した万族博覧会や異種族間留学はまさにこの典型である。


 さらに、それと同時に各種族に求められたのは、自種族のアイデンティティの再認識であった。


 宗教も、歴史も、文化も、言語も、姿かたちも、あらゆるものが異なる他者への理解が深まるにつれ、ではわれわれは何者なのか、われわれらしさ(、、、)とは何なのか、こうしたわれわれの根源を探究せんとする気運もまた否応無く高まったのであった。


 これら2つの道へまさに一歩歩み出そうとするわれわれに必要なのは、まず何よりもわれわれを知る機会である。


 魔族との長年にも及ぶ闘争のなかで、われわれは明らかに知ることよりも闘うことを優先せざるを得なかった。

 少々酷な言い方をしてしまえば、退魔の力を得る代償として、知ることを放棄してきたのである。


 この戦乱期に得たものは大きかろうが、失ったものもまた甚大である。


 そこで私は、この失われた財産を取り戻し、また未来へ繋いでゆくための試みとして、このプロジェクト(訳者注:万族歴史学会のこと。)を立ち上げた。


 幸いにして私は、プロジェクト始動から間もないうちに各種族から――すなわち人間、ゴブリン、オーク、人魚、鳥人、人狼、さらに多くの種族から――協力者を得ることができ、それぞれの有志が集ってプロジェクトは実に順風満帆に航海を続けることができた。


 本書はその成果の集大成であるとともに、さらなる知的発展のために投じられた一石でもあると位置付けられよう。

 従って、本書は決してわれわれのプロジェクトのゴールなのではなく、あらゆる種族が知的に飛翔してゆくためのスタート地点である。


 願わくば、本書を手にしたあらゆるものたちが、輝かしい未来を切り拓く開拓者とならんことを。


 最後に、紙幅の都合から個別に名を挙げることは叶わないが、荒野をともに耕してくれた各種族の協力者たちに、いかなるときも私を支え続けてくれた友人たちに、また、自室に籠りっきりの夫を家庭面で辛抱強く支えてくれた我が妻ハールマルタに、この場を借りて心からの感謝を捧げたい。



――新暦2253年春 カッサハにて

          エトス・マゾール

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