7 魚のツボ
レストランを出ると、まるでサンタクロースのように左肩に網袋をいくつか担ぎ、右手には手網を持った乙葉が、白いビキニ姿で右手を上げているのが見えた。
二人は走って乙葉の元に向かった。
乙葉のとってきた魚はどれも眠ったように大人しかった。
網袋の一つをレストランの食材用にと、浦賀が持ってきたクーラーボックスに一旦、海水と共に入れて、店内の中に設置された観賞用の水槽とは別にある、レストラン地下の食材用の水槽まで移動させた。残りの網袋の魚は浜辺に設置された一時的用のいけすに入れた。
「いけすにいれた魚はどうするんだ?」
「こちらの魚はアキナ様との物々交換用の魚です」
「なるほどな。それにしても、どの魚も死んだように静かだな。もっと暴れる元気のあるものかと思ったけど」
「えぇ。それは私が魚を捕まえた瞬間に、ツボを突いて気絶させているからですよ。その方が綺麗な状態で鮮度を下げずに運べますからね」
乙葉は笑顔でサラっと言ったが、とんでもない技術の達人のようだ。
魚のツボをついて気絶させるなんて方法、聞いたこともな技術だ。
「浦賀、仕込みに戻るわよ」
一通り、魚の移動が済んだ所でケイトが言った。
「私も手伝いますので、アキナ様が来る前に済ましちゃいましょう」
乙葉が頼もしい笑顔を見せた。
それから店に戻り、3人で残った仕込み作業に取り掛かった。
普段のゆったりとした、雰囲気の乙葉とは違い、キッチンに入ると人が変わったように、テキパキと真剣に取り組んでいた事もあり、あっという間に仕込みは終わった。
その傍らに乙葉は同時作業で、朝食を作っていた。
あまりの手際の良さに浦賀は驚いた。
「どうしてお姫様がそんな料理達者なんだ? 普通お姫様って料理とか食べるだけで、こんなに作れないんじゃないのか?」
乙葉は昔のことを思い出して、少し笑って言った。
「元々、私は食べるのが大好きだったんです。けどそのうち作る事にも興味を持ったんです。それで子供の頃からよく、城の調理場に潜り込んで、そこで教えてもらっていたんですよ。それに料理人は同時作業ができないと務まりませんからね」
乙葉の好奇心旺盛はどうやら子供の頃からだったようだ。
この様子なら、レストランが繁盛した時に、料理がなかなか出てこないという心配は必要なさそうだ。
キッチンの片づけをして、食事の盛られた皿を持って、3人はテーブルにつき、朝食をとった。本日のメニューはご飯に味噌汁、焼き魚と漬物、煮物に卵焼きだった。やはりどの品もとても味わい深く、美味しかった。メニューに関しては、和食のものが多いようだ。浦賀は決して急いで食べているつもりはないが、あっという間に食べ終えてしまった。
「昨日もそうですが…もっと味わって食べたら?」
浦賀のようすにケイトがあきれたように言った。
「味わってるつもりなんだけど…おいしくてつい…」
浦賀は後頭部を撫で、申し訳なさそうに弁解した。
「美味しいと言って頂いて嬉しいですよ」
乙葉は優しく微笑んだ。
二人も食事がちょうど済んだ頃、入口の鈴が鳴り、店の青い扉が開かれた。