5 時間
そうして浦賀はレストラン竜宮で働く事になった。
それに伴って寝床と食事の心配もなくなった。
浦賀はまず店の内情をより知るために、ウェイターとして働くことにした。
男性用のユニフォームがない為、制服のブレザーを脱ぎ、長袖のYシャツを腕まくりし、黒いエプロンを身に着けた恰好で、とりあえず働くことにした。
浦賀が働いた所で、借金返済できる訳ではないが、客との接点が一番あるポジションの為、何かしらの状況を打開できる情報を、手に入れる事ができると思ったからだ。
それにカフェのバイトで養った特技『マダムキラースマイル』を使えば、常連客を掴むことができるかもしれない。
そんな思惑とは裏腹に、その日店に来た者はボーノ達を除けば、誰も来ないまま営業終了を迎えた。
「誰も来ないなんて事あるんだな」
「そういう日もあるわよ。でも明日、明後日は世間は休日。この店が唯一繁盛するわ」
お店の戸締りをしながら、ケイトが教えてくれた。
「なるほどな。じゃあ勝負は明日か」
「はい! 明日は浦賀様の力を思う存分発揮して下さいね!」
そうして乙葉とケイトは浦賀を残し、ランタンを持って月明り照らす中、森の中へと去っていった。
寝床に関しては、乙葉達は近くの小さなウッドハウスで暮らしている。そこで一緒に寝ようと誘われたが浦賀は「日本男児として、男と女が一つ屋根の下で一緒に寝る事はできない」と断り、レストランの中で寝る事にした。
そういえば二人は帰る時に着火式のランタンを使っていた。懐中電灯はおろか、この店には電気がないのだ。更にはこの店には電話もない。予約をとることができないと思い、ケイトに聞いたが電話そのものを、まったく知らない様子だった。
一体どれほど科学が発展した世界なのかがわからない。
近いうちに本国とやらに行ってみるのが早いな。そうすれば何か打開の策を見いだせるかもしれないと浦賀は考えていた。
二人を見送った後、いざ寝ようとしても、レストラン内や食糧庫の床などは寝るにしては、どこか落ち着かなかった。浦賀は寝心地の良い場所を探して歩き回り、最終的に波風の音が心地の良いテラス席にあったソファをベット代わりにして、毛布をかぶって寝ることにした。
寝る直前になって、浦賀は植村さんにメッセージを返していない事を思い出して、スマホを取り出した。
「どうなっているんだこれは…」
浦賀はスマホを見て、困惑した。
ここに来て様々な事で驚いてきたが、ここに来てまた新たな衝撃が浦賀を襲った。
スマートフォンに表示されている時間がまだ30分程しか経過していないのだ。
店内で植村さんからのメッセージを受信したのが13時だ。それなのに浦賀の手に持つ、スマートフォンの待ち受けに表示される時刻は13時30分と表示されている。
これはおかしい。店内の壁時計ですら、23時を指して外だって真っ暗だ。
唯一の希望である、スマートフォンが壊れたと思って動揺した。
浦賀は動作を確認しようと、検索サイトで試しに『竜宮城』と検索をかけてみた。
―――約 3,190,000 件 (0.59 秒) ヒットした!
日本の旅館や昔話の話など、元いた世界のものがしっかりとヒットして表示されている。どうやら不思議な事に相変わらずネットワークは不思議な事に、元いた世界と繋がっているようだ。
その事に安堵した浦賀はひとまず、植村さんへ返信することを優先した。
まずは植村さんからのメッセージを読み返す。
『流石浦賀君だね! ところで今どこー? もう帰っちゃった? ご飯でも食べに行かない?』
思わずニヤけてしまう程、浦賀にとって嬉しいメッセージだった。もしこんな所に来ていなければ、例え家に居たとしても、走って植村さんの元に向かって食事に行っていたであろう。それだけに悔しさのあまり自分のももを叩き、しぶしぶ返信をした。
『ごめん。返信遅れた。今日は出かける用事があって行けない。また今度、行こう』
(また今度か…)
浦賀は自分の送信したメッセージを読んで、何としてでも、元いた世界に戻らなきゃなという決心を更に強いものにした。
「それにしても、なんで時間がずれたんだろうな。スマホの時間は自動で調整されているもんかと思ってたけどなぁ」
そんな事を考えながら、浦賀は潮風香るさざ波の子守歌を聞きながら眠りについた。