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3 美問屋

 浦賀はあわててスマホを取り出すと、植村さんからのメッセージが届いていた。

『流石浦賀君だね! ところで今どこー? もう帰っちゃった? 良かったらご飯でも食べに行かない?』


 植村さんからの初めての誘いに思わずガッツポーズをし、思わず『今から行く!』と返信をしそうになったところで踏みとどまった。

(行きたい!! しかしどうやって、元いた世界に戻ればいいのかわからないじゃないか)

 浦賀は肩をガックシと落とした。

 

(いや、そもそもこのメッセージはどうやって届いたんだ?)


 携帯の画面の左上にアンテナマークがある! ここは圏外ではない証拠だ。

 未知の土地でも電波が届く範囲にいる事に、一筋の希望を見いだした浦賀は直ぐさま地図アプリを起動した。


 これで現在地がわかる。

 そう思ったのもつかの間。

 地図アプリが表示している結果を見て笑顔が消えた。

 現在地を示しているのは、浦賀の学校からの帰り道、桃源市の地図を示しているのだ。


 GPSの誤表示と思い、浦賀は店を飛び出して、浜辺の方へ向かって歩いた。

 しかしGPSは寸分の誤差がなく、浦賀の現在地を追って示している。


 まるで、今居る場所が桃源市だとでもいうかのように。


 絶望に打ちひしがれてレストラン竜宮へと戻る事にした。


 益々現状を把握する事ができなくなった浦賀はつぶやく様に言葉を発しながら店内に入った。

「一体どうなってんだ…」


「それはこちらのセリフです」

 ケイトが両手に料理の盛られた皿を器用に持って、浦賀に冷たい視線を向けている。


「姫様がせっかくサービスして作った料理を置いて、どこへ行っていたのですか」

 ケイトはたいそうご立腹の様子だ。

「ケイト、そんなに浦賀様を責めてはだめですよ。浦賀様も突然の事で困惑されているのですから。今日はお客様は来ない事ですし、まかないを作りましたので、私達もお昼ご飯を頂きましょう。お話はそのあとじっくりお伺いしましょ」


 その言葉で3人は席についた。


 乙葉の料理は聞いた事もない6種類の魚の刺身に、ご飯に汁物と漬け物といった和食スタイルのランチメニューだった。


 浦賀はまず初めて見聞きしたさまざまな刺身から箸をつけていった。

「美味しい…!」

 普段から魚はよく食べる方であった浦賀は思わずうねる程の衝撃があった。

 空腹は最大のスパイスというが、決してそれだけではない。

 魚の鮮度や品質がどれもとても非常に高いのだ。

 また魚も名前こそ違えど、それぞれ鮪、カンパチ、鰹、サーモン、イカ、甘エビに似た味をしていた。

 続いて汁椀の蓋を開けた。湯気が立ちあがり、味噌の豊な香りが立ち上がる。海鮮からじっくりとダシをとったであろう煮汁に、大振りに切った大根。時間をかけて煮込んだのであろうか、味が深く染みわたり、最高の一品となっていた。


 浦賀は味わいながら食べたいたものの、あっという間にペロリと食べ終えていた。

 その食べっぷりを見た乙葉も嬉しそうだった。


 食事を頂いたあと、ケイトが3人分の食器を片付け、コーヒーポットから入れたほろ苦い香りのするコーヒーを出してくれた。


 乙葉は一口すすり、ようやく本題に入り出した。

「それでは浦賀様、いくつか聞きたいのですが、まずこの島へ船も使わずどんな方法で来たんですか」


 浦賀は腕組みをして、少し考えているそぶりを見せてから言った。

「俺自身も何が起ったのか、わからずにここに来てしまった。だから信じられないかも知れないが、起こった事をありのまま全てを話そうと思う」

 乙葉とケイトが黙って頷いたのを見て、浦賀は話し始めた。


「俺は学校帰りに、砂浜で子供達に虐められている亀を助けた。その亀はさっき乙葉と出会った砂浜に置いてあった石像と酷似した生きた亀だった。俺の世界では、瞳が赤い亀なんて聞いた事ないから、その目に見とれていたら、その亀が涙を流した。その雫が地面に着くと、地面が大きく揺れて、亀が光りだしたんだ。それで光が弱まったら、亀が石像になっていて、目の前に乙葉がいたっていう訳だ」


「そんな作り話みたいなの信じられない」

 ケイトが当然だと言わんばかりに否定した。

 それに続いて乙葉も困ったような顔で言った

「私も信じられません」


「やっぱりこんな話は普通信じられないよな」

 

 どこか諦めた様子の浦賀に真っ直ぐと乙葉は語りかけた。

「……でも私は実際に自分の目で、その光景の一部始終を目撃しました。だから浦賀様のお話を信じたいと思います」


「ありがとう乙葉」

 そう言って浦賀はニコッと笑った。

「それにしても不思議な感じだよ。スマホのGPSでは元いた世界を表示しているのに、俺の見える景色はまったく別物だ。少なくとも俺の元いた世界ではケイトの様な猫と人間のハーフの様な種族はいなかったよ。何というか、まるで異世界に来てしまったみたいだよ」


「スマホのGPS…?」浦賀の言葉を復唱した。ケイトはどうやらその言葉を知らない様子だ。


「なるほど異世界ですか…私の知る限りでは、浦賀様の様に異なる世界から来訪した人がいるという話は聞いたことがありませんね」


「そうだよな。じゃあ俺が元いた世界に戻るなんて方法もないか」

 話す事で何かしらの希望を見いだせると思っていた浦賀は残念そうであった。


「浦賀様の話は私の想像の範疇を超えるものです。実際目にしていなければ、にわかに信じられないものですが、私は浦賀様が元いた世界に戻りたいというのなら、できる限りの協力致します」

 浦賀の話を聞いた時はどこか落胆した様子を見せた乙葉であったが、ニコッと笑った。

 

「…姫様がそう言うなら、方法はわかりませんが私も協力致します」


「ありがとう! 二人とも!」

 そう言って浦賀は頭を下げた。


「ところでさ、さっきから気になってたんだけど、その『姫様』って呼び方なんだけどさ、君たちはどういう関係なの? ただの店長と従業員ってだけの関係には見えないんだけどさ」

 そう聞いた浦賀の言葉にケイトは驚いた表情を見せて言った。


「本当に浦賀さんは何も知らないんですね。この方は竜宮王国第一王女、乙葉こと乙姫様です」


「はっ!? 竜宮王国の乙姫様だって? なんだってそんなお姫様がこんな所で、レストランなんかやってるんだよ」


「それは私が料理を通して、世界中の方に幸せになって欲しいからです」

 彼女の天真爛漫、目を光らせて言ったその言葉は正に純粋そのもので、いかにも世間知らずに育ったであろうお姫様のそれであった。


「…なるほどな。それじゃあケイトは竜宮王国から乙葉に仕えていたのか?」


「いえ、私は元殺し屋。…命を姫様に救われて以来、ここで働かしてもらっているわ」

 ケイトの言い方から乙葉に対する深い感謝の気持ちが伝わってきた。


「こ、殺し屋ね。なるほど…」 

 今も乙葉につく危険分子は私が処理すると言わんばかりの鋭い眼光だ。

(ケイトからしたら俺は突然現われた無神経で無知で、訳の分らない事を言う男とでも思っているのだろうか。彼女は現在、足を洗って殺しは一切していない事を祈るしかない)

 


「ところでさ、何で昼時にこんなにお店ヒマなの?」

 浦賀は決して揶揄した訳ではないが、浦賀の無神経さにケイトは舌打ちをした。


「それには色々と理由がありまして…。ただ、この島は私達しか住んでいない孤島『鬼島』です。今ではここに来るのは変わった魚を求める商人と物好きな美食家。…あとは借金取りくらいです」


「借金取り? お金を借りているのか?」

 怪訝そうな顔して、浦賀が尋ねた。


「えぇ、私は元々、海底の都から来ました。その為、お金など持ち合わせていなかったのです。ですが夢であったレストランは建てたい。そんな思いを抱えた私の前に、親身に話しを聞いてくれたがいました」


「『美豚屋びとんや』のボス、ボーノ。表では市民の味方として広く、知れ渡っているけど、裏社会では人身売買を生業とする『闇のブローカー』と呼ばれる男」

 ケイトが補足として教えてくれた。



「無知だった私は、そのボーノを何一つ疑う事なく全てを信じていました。彼は私の為にレストランを建ててくれるといい、お金も貸してくれると言ってくれました」


 乙葉は少し無理して笑って話を続けた。

「そして出来たのが、この孤島『レストラン竜宮』です。私がバカなばっかりに建てて貰う手前、条件を言う事を遠慮してしまいました。それでも唯一お願いしたのが『海沿いに作って欲しい』とだけお願いして、『後は全て俺に任せろ。いいお店を建ててやるよ』と笑顔でいうボーノを信じていました」


 浦賀は何と声を掛けて良いのかわからず、黙って聞く事しかできなかった。


「確かに孤島のお店ですが、中身は立派でした。それに近くの本国からは船で30分程の距離ですので、しっかりと集客さえすれば、お客様は来ると思っていました…」


 乙葉が少し言葉に詰まったが話を続けた。その目は今にも泣き出しそうであった。 

「いくら集客をかけてもお客様は来ませんでした。全てはボーノの仕組んだ罠。本国であの店は危険な薬物をつかっている危ない店などと、ありもしない話をでっちあげて噂を流していたのです。強大な権力を持つボーノの言葉を信じ、この島に近づく人はほとんどいませんでした。それでも漁師の方などはたまにお越し頂いていたんですが、それさえも最近は来られなくなっていまして…」


「来られなくなった?」


 その時、ドアが乱暴に開けられて、3人、いや3頭とも言える者が店内に入ってきた。


 真ん中に立つ男は身長160cm程でぶくっと太った丸い身体にピンクの豚の頭部、それを全身黒づくめの衣装を身に纏い、黒のトレンチコートにハット、葉巻を吸っている姿はマフィアそのものだ。その男の両サイドに立つのが、まるでゴリラが二足歩行になった様な出で立ちに黒いズボン、アロハシャツのボタンを多く明けた190cm程の大男達だ。片方は頭部を金髪に染めたオールバックに。もう片方は坊主にサングラスというすさまじい威圧感を放っていた。


 ゴリラ男達が周りの席を蹴り散らしながら、乙葉達の方へ近づいて来た。


 浦賀は豚男の前に、咄嗟に立ちはだかる。

「何だよお前らは!」


「それはこっちの言葉だよ兄チャン。俺達はそこの姫様とお話しに来ただけだよ。怪我したくなかったらどいてな」豚男は低い声で浦賀を睨みつけて言った。


 浦賀は一歩も引かずに豚男を睨み返した。

「それが話をしに来た男達の態度かよ」


「痛い目にあわないとわからないらしいな」

 そう言って金髪ゴリラが浦賀の肩に手を掛けた。

 ゴリラの握力は軽く500kg以上はあると聞く。

 握力が80kgあればリンゴを握りつぶせるという事からも

 このゴリラ男が、少し本気で浦賀の肩を握れば、骨は粉々に砕ける事は必須。

 浦賀の表情が一気に強ばり、心拍数が跳ね上がり、ジワリと額から嫌な汗が流れ出る。


「止めて下さい!!」

 乙葉が立ち上がって、声を荒げた。


 浦賀の恐怖する様を見下ろしていた金髪ゴリラは「フっ」と見下した笑いをし、手をポケットに閉まった。


「ボーノ様! 期限までにお金はちゃんと返しますから、もうお店には来ないで下さいと言ったじゃないですか」


「フン、そんな冷たい事を言うもんじゃないだろお。こっちはお金を貸して、更にはこのレストランを建ててあげたんだぜ? 感謝はされても恨まれる覚えはないぜ? それに俺はなぁ、姫様がいつかレストランも借金も全てを見捨て、海に逃げるんじゃないかと心配でねぇ。たまに様子見に来てんだよ」


「私はそんな逃げるなんて事しません! それは貴方が一番御存知の筈です! それに期限までには、お金もちゃんと返しますから…」


「飯時にこんな客も来ない店、期限まであと一ヶ月でどうやってお金を返すっていうんだ? その足りない頭じゃわからねえのか!」

 急に怒鳴ってドンっと強く拳をテーブルへと振り下ろし、凄んでみせた。


「姫様への侮辱はゆるさない」

 ケイトがスカートの懐から出したナイフを手にとり、鋭い殺気を放ってボーノを睨み付ける。


「ケイト落ち着いて! 私なら大丈夫だから」


「フン! 殺し屋のケイトめ。この店に客が来ないのは、お前みたいな奴がこの店で働いているからなんじゃないのか?」


 その言葉にケイトはドキッとし、悔しそうな表情を浮かべ、何も言い返せない様子だった。


「もうこのまま店を続けても、赤字が増えるだけだ。ここいらで店を畳んで、ウチにきてもらおうか。姫様みたいな種族ならマニアじゃなくても相当高値で買い取ってくれるだろうからな」

 下卑た笑いを見せ、豚男ボーノは乙葉の腕を掴んだ。


 怯える乙葉を見て、直ぐさま浦賀はボーノと乙葉の間に入り、ボーノを突き放した。


「話を聞いてれば、好き勝手言いやがって! まだ一ヶ月あるんだろ? だったら話はそれからだ!」


 ゴリラ男達がボーノを突き飛ばした浦賀に激高し、今にも襲いかかって来そうなであったが、ボーノがそれを手で制止して言った。


「…小僧、名前はなんて言う」


「浦賀 翔平だ」


「浦賀 翔平…聞かない名前だな。ここは勇敢な兄チャンに免じて見逃す」

 ボーノがグっと浦賀に顔を近づけて、一際ドスの効いた声で続けて言った。

「だが一ヶ月後、返済できなかった場合は覚悟しておけ。この世界でこの俺に楯突いて生きた人間は一人もいない」


 そういうと三人は踵を返し、店から立ち去った。

 浦賀も乙葉も力が抜け、イスに崩れる様に座った。


「浦賀様…さっきは守ってくれて、ありがとうございます」

「むしろあれくらいしか出来なくてすまない…。それより借金は、いくらあるんだ?」


「えーっと…」

「3000万コツ」

 言葉のつまった乙葉とは対照的にケイトがスッと答えた。

 この点からも乙葉は経営能力は絶望的というのがよく分かった。

 そしてどうやら金貨の単位は”コツ”というものらしい。


「なるほど。じゃあこのランチメニューはいくら?」


「700コツ」

 これもケイトが即答した。更にはスカートの懐から「これがメニュー」と言って、A4サイズ程のランチメニュー表とディナーのメニュー表を浦賀に手渡して言った。

「でもそれが何だって言うの? どんな美味しい料理を出そうと、あいつ等が邪魔をしてくる限り、この店の経営状況は絶望的よ」


 浦賀はケイトのスカートの中身が気になった。もちろん下心ではなくて、色々な物を収納しているその事についてだ。ランチメニューがある事に文句を言いたいとこだが、先に失礼な発言をした側としてグッと堪え、浦賀はメニューを見つめた。

何か思いついた様に店内の水槽に目をやり、更に質問を続けた。


「このお店の魚はいくらでどうやって仕入れてる?」


「そんなの無料に決まってるじゃない、姫様を馬鹿にしているの?」


「いやいや、漁をするにしたって、コストはかかるだろ?」


「はぁ? 何言ってんのよ」


「浦賀様、少しついてきて下さい。話すより見せた方が早いと思いますので」


 そう言って、乙葉は1m程の木の棒の先に網のついた物を持って、3人で先ほどの砂浜に向かった。


 砂浜に着くと乙葉は急に上着を脱いで、ケイトに渡した。

 乙葉は平然とした様子であったが、その姿は透き通った素肌に白いビキニをまとった状態であり、服を着ていた時には気づかなかったが、華奢な体とは裏腹に柔らかそうなボリューム感のある胸の持ち主であった。それを見た浦賀は赤面してしまい、すぐさま顔を背けた。


 乙葉は更にサンダルも脱ぎ捨て

「浦賀様、ちゃんと見ていて下さいね」

 と言い残し、浦賀とケイトが見ている中、乙葉は沖の方へ手網を持って向かっていった。


「まさか泳いで魚を捕まえるっていうのか?」


「そうよ。まぁいいから黙ってみてなさい」


 乙葉は膝まで海水に浸かったあたりで、自分の太ももを二度パンパンと叩いた。

 するとさっきまで履いていた、淡い赤色のロングスカートが、みるみると縮まるように乙葉の足にまとわりついたかと思えば、それは次第にキラキラとした魚の鱗の様に変化していった。乙葉はこっちを振り向いて手を振ったかと思えば、その場で大きく跳ね上がり、頭から海面へとジャンプしてみせた。その時に見えた彼女の下半身は二本足ではなく、まさしく人魚のそれとなっていた。


 それからもの凄い速度で泳ぎだし、ものの数分で60㎝程の大きな魚を捕まえて戻ってきたのだ。


「姫様は人魚の中でも、人間にも変身できる特異体質を持ったお方なのよ」


 唖然とする浦賀に対して、どこか誇らしげにケイトが言った。


 たしかにそれなら、如何なる魚でも捕らえる事ができるだろうと、妙に納得してしまった。


 そして3人はレストランに戻り、途方もない金額の借金返済方法を考えることにした。

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