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1 プロローグ

 5月終わりの太陽が照らす昼下がり。


 浦賀翔平はまっ白な砂浜沿いの道を歩いている。

 砂浜の先は透き通った綺麗な青色をした海がどこまでも広がり、遠くで汽笛を鳴らした大きな船がゆっくり進んでいるのが見える。左側には平屋の民家が等間隔で並び、あと5分も歩けば着く自宅もこの通り沿いにある家の一つだ。


 潮風の香る風がのんびりと歩く浦賀の頬を気持ちよく撫でていく。海のさざ波と木々が風にゆられて奏でる音は心地の良い物だった。


 島内唯一の高校である県立桃源高校から、浦賀の家は歩いて15分程の距離に位置している。もっとも自転車を使えば、そんなに時間をかけずに通う事が可能であるが、浦賀は自転車ではなく徒歩で通うのには校則で定められた白に黄色い横線、校章の入ったダサいヘルメットをかぶりたくなかったからである。


 浦賀の頭の中はさっきまで行った定期テストの結果の安否ではなく、今年の大学受験勉強の事で一杯だった。

 友達の多くは高校卒業後は大学進学より島内で仕事をする人がほとんどだ。しかし浦賀は東京の大学に進学したいと漠然と考えていた。

 正直な所、わざわざ東京の大学へ進学をしてまで、何かをしたいという訳ではない。ただテレビで見る都会の華やかさに対する憧れが強かった。

 しかし漁師をする父からは大学進学を反対されている。

「やりたいことも無く東京へ行くなら、漁師としてワシの後を継げ」

 それが父の言葉であった。

 浦賀家は母を早くに亡くし、月のほとんどを留守にする漁師の父と少し足腰の弱ってきた祖母との3人で暮らしをしている。


 どう説得すれば、頑固な父が東京の大学への進学を納得してくれるだろうか。

 そんな事を考えながら歩いている浦賀であったが、まるで全てをかき消すかの如く、地響きに似た凄まじい音がした。

――――浦賀のお腹が鳴ったのである。


 浦賀はまわりをキョロキョロと見渡して、誰もいなかった事に安堵した。

 今朝は何も食べずに家を出たのもあって、お腹がペコペコだった様だ。

 この空腹になると鳴りだす轟音には長年悩まされきた。以前に何かの病気ではないかと疑い、2時間かけて大きな病院まで行って、検査をしてもらったが、原因はわからないままであった。

 医者に言われた対処方法は「空腹にならないように気を付けること」それだけだった。

 鞄の中に何か食べ物がないかと探すが、今日のテスト科目であった教科書とノートくらいしか見当たらなかった。


 空腹をごまかそうと電源を落としていたスマートフォンを起動した。

 クラスメイトの植村有実うえむら ゆみからメッセージが来ていた。


『浦賀くん、今日のテストどうだった?』

 文章の後にニコニコしたウサギのスタンプが添えられていた。


 浦賀は密かに好意を寄せている植村からのメッセージに歓喜した。

 

(この様子だと植村さんはきっと今日のテスト良い具合だったのか)


 そんな相手に『植村さんはどうだった?』と聞いても愚問と考え、浦賀は『問題なかったよ』とだけ返信して、スマートフォンをポケットにしまった。


 浦賀の内心ではもっと植村さんと色々な事を喋りたい。

 しかし浦賀がそうしないのには理由がある。

 

 きっかけは浦賀が中学生の時に読んだ『チョイ悪親父を特集した雑誌』で書かれてい一言だ。

 それが――『恋愛は惚れたら負けだ!』


 この言葉に衝撃を受けた。

 それからの浦賀は好意を極力隠して、あえて素っ気なくする事が格好いいと思い込む、ややこしい性格にしてしまった。


 それでも気になるものは気になる。

(植村さんは進路どうするんだろう。)

 彼女も校内で成績上位だから大学進学するんだろうか。

 顔立ちも良く、性格も明るくて優しい彼女だ。

 きっと大学へ行ったらモテる事間違いなしだ。

 できる事なら、今のうちにお付き合いをして、彼女に悪い虫が付かないように一緒の大学に進学できたら嬉しいと、一人妄想を膨らましていた。


 浜辺の方から子供達のはしゃぐ声が聞こえて、何気なく目を向けると、小学校高学年くらいの男の子達3人組がしゃがみ込み、輪になって何やら楽しそうに遊んでいるのが見えた。


 その中の一人、坊主頭の男の子が立ち上がり、近くに落ちていた1mくらいの長さで、ゆるやかなカーブのある流木を拾い上げて、何やら輪の中心をつついている様子だった。


 気になった浦賀が立ち止まって注視すると、男の子達の中心にあったのは『ひっくり返った亀』だ。


 それを見つけた瞬間に浦賀は思わず大声で叫んだ。

「お前ら、なにやってるんだ!!」


 そして全力で子供達に向かって走った。

 しかし浦賀の声と走っている様に驚いた子供たちは我先にと、一目散に逃げ去っていった。


 浦賀はそんな逃げた子供達を追わず、砂浜に残された亀の元に駆けつけて、お腹を見せ、手足をバタつかせる大きな亀を起き上がらせてあげた。

 体長は1m程のウミガメのようだが、重さは100kgを越えていたらしく、元に戻すのに苦労をしたが、中高校6年間を空手部に所属し、鍛えあげた腕っ節のおかげで何とか元に戻すことができた。


「大丈夫か、お前」

 起き上がった亀を心配して声をかけた。

 普通、ひっくり返っても亀は自分で起き上がれる。

 しかしウミガメや大きなリクガメは例外だ。

 普通の生活でひっくり返る事を想定されていない亀は元に戻れないと聞いた事がある。

 どこか怪我をしている箇所がないかと様子を探りながら、きっと怯えていたであろうから、落ち着かせようと亀を優しく撫でてあげた。


 するとまるで浦賀に心を開いた様に、亀は嬉しそうな顔をこちらに向けた。


 しかしその顔に思わず浦賀は驚きの声をあげた。

「うわっ!すげー目だ」

 一見、ウミガメのように見えた亀。しかしその双眸には、まるでルビーでできているかのような光輝く綺麗な赤色をしていた。


 海の生物に関しては詳しい方だと思っていたが、この様な目をしている亀を見たのは初めてであった。

(新しい種族か? それとも病気か感染症によるものか?)

 吸い込まれるような綺麗な亀の瞳を見つめながら、浦賀は思考するがそれは答えの出る物ではなかった。


 次の瞬間、亀はゆっくりと瞬きをして、涙を流した。


 その大粒の涙の雫が頬を伝わり、砂浜に落ちる。


 その瞬間、砂浜はまるで池に大きな石を投げ込みできた波紋のように、波を打ち、亀は突如、光りを放ちはじめ、そのあまりの眩しさに浦賀はたまらず左手で光を遮り、目をギュッと強くつぶった。


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