色鮮やかな花
黄色に、赤色、薄桃色。明るい色彩の花束を手に、宿へと戻る。
先に部屋に戻っていた大柄な戦士が、小柄な魔法使いを出迎えてくれた。
「お帰り、遅かったね」
「……ただいま戻りました」
にこやかで明るい戦士の声と対照的に、魔法使いの声は暗い。のろのろした動作で、ベッドに腰かける。ため息が、こぼれ落ちた。
「花?」
「ええ……まぁ……ちょっと」
花束を見つけた戦士、声が低くなった。探るような目付きで、魔法使いを見やる。
「……また、何かに巻き込まれた? クリスは、間が抜けてるから」
「ユーイン、私は間抜けじゃありません」
「それじゃ、ドジクリスとおっちょこちょいクリス、どっちが良い?」
「どれも嫌です。全て同じ意味じゃないですか」
クリスと呼ばれた魔法使いは、不機嫌を隠さない。プイッと顔を反らし、花束に視線を移す。
ユーインと呼ばれた戦士は、肩をすくめた。魔法使いの持つ花束を、見つめる。
「それ、どうするの?」
戦士の声に答えず、力持つ言葉を唱える魔法使い。
なんの前触れもなく、花束を囲むように、光の輪が生まれた。空中にたゆたう、小さな黄色い光の輪。
最後の力持つ言葉を唱え終わると、光の輪の内側に幾何学模様が走り、魔法陣が現れる。
砕け散る、魔法陣。黄色い光の粒子は花束にまとわりつく。見る間に花束の茎や葉っぱ、花びらから、水分が抜け落ちた。
役目を終えた粒子は、空中に消え去る。水分を抜かれた花束は、色彩を残したまま、ドライフラワーに変わっていた。
「……その魔法、便利だよね。風呂上がりの体や、洗濯物を瞬間的に乾かせる魔法。
花に使う物好きは、クリスぐらいしか知らないけどね」
「いずれ、花は枯れるんです。遅いか、早いかの違いですよ。
花瓶に飾ろうにも、明日、この町を出発しますから無理ですし」
低い声のまま、戦士がぼやく。暗い声から幾分浮上してきた魔法使いは、本来のハスキーボイスで答えた。
魔法使いは、腕輪をはめた左手を胸元に持ち上げる。右手には、ドライフラワーの花束。
再び、力持つ言葉を唱えた。今度は左手首の腕輪全体が白く光り、同時に小さな白い光の輪が花束を取り囲む。
最後の力持つ言葉を唱え終わると、右手の光の輪に幾何学模様が走った。
砕け散る魔法陣、一緒に砕け散るドライフラワー。光の粒子に変わったドライフラワーは、左手の腕輪に吸い込まれた。
役目を終えた腕輪は、光輝くのを止め、元の鈍い銀色に戻る。
「……出た、才能の無駄遣い。
毎回言うけどさ、収納魔法って、ものすっごく貴重なんだよ。理解してる?」
「理解してますよ。ユーインより、ずっと。
収納容量は個人の総魔力量で、左右されます。魔力の大きさで、持ち運べる荷物が決まると言っても、過言ではありません。
「知ってるなら……」
「ユーインなら、予備の剣を三本と一人分の一週間分の食料を持ち運ぶのが、関の山ですね。
その点、私でしたら五人分の予備の装備一式と、食料一か月分を運べます。
花束が一つ増えたところで、全然問題ありません。違いますか?」
「……ハイ、ソウデスネ」
言い負かされる戦士と、熱弁を振るう魔法使いの違い。
魔力の総量。魔法に対する知識。お互いに対する遠慮が有るか、無いか。
沈黙した戦士に、ようやく向き直る魔法使い。最初の険しい表情は消えていたが、すねるような表情を浮かべている。
「ユーイン。話題は戻りますが、私に嘘を教えましたね?」
「……はぁ? 嘘って?」
「『今度、贈り物をされそうになったら、事情を説明して笑顔で断れ』って。
言われた通りにしたら、騒ぎが大きくなったんですよ!
これなら、以前の助言通り、仏頂面と無口を貫いた方が、人垣突破が簡単でした」
「もしかして、帰宅が遅れたのも、そのせい?」
「……ユーインはお気楽で、羨ましいです。
毎回毎回、食事をするからと、私にギルドへの報告と後始末を任せて、先に帰る『人でなし』ですから」
「いやいや、俺の燃費の悪さは知ってるよね? 腹が減ったら、戦えないんだよ?」
「ええ、知っていますよ。知っているけど、腹が立つんです。少しくらい、我慢してください」
魔法使いの責める声に、戦士は血の気が引く。床に視線を落とした。
苦悩の表情のもと、頭に渦巻く疑問。今度の人垣は、どれが原因だろうか。
この地では珍しい、西方の王都からの冒険者たち。
小さな町の冒険者ギルドでは誰も受けたがらなかった、低額報酬の依頼。
一騎当千と自負する戦士と、多彩な魔法の使い手の組み合わせ。
「ユーイン、聞いてるんですか!?」
「ごめん、聞いてない。今回の騒ぎの原因を分析してた」
「……原因、判明したんですか?」
即座に顔を上げ、素直に白状する戦士。つり目の魔法使いを怒らせると厄介だ。
原因究明と聞き、やや大人しくなる魔法使い。世俗に疎い身としては、戦士の一般的意見は重要である。
「えっと、花束くれたのは誰かわかる? あと、何と言って断ったの?」
「姉上くらいの方で……冒険者ギルドの受付の方から貰ったのです。
『気にしないで下さい、お花は結構です。お家に飾ってあげて下さい。私では枯らしてしまいますから』と笑顔で辞退したんですけど……」
淡々と続く、魔法使いの説明。他の冒険者がやり取りを見ていたらしく、最終的に花束は魔法使いの手に。
長々聞かされた戦士は、苦悩から悟りの表情に昇華させる。
「……原因、クリス自身かな。更に突っ込めば、クリスティーンの外見が問題だよね」
「それ、前も同じ事を言いましたよ? だからこの町でフードつきローブと、仏頂面、無口で振る舞ったはずですけど」
「……うん、俺がやれって言った。なかなか冒険者と信用されなくて、没にしたよね」
うさん臭さ満載の上に、怪しさ爆発の魔法使いの恰好。この地の冒険者ギルドで顔なじみになるのに、数日を要した。
意を決して、戦士は魔法使いを見下ろす。もう最終手段しか残っていない。
「今回の改善案は、もうちょっと太って欲しい。それから、服装も女の子らしくすれば……」
「お断りします、太りたくありません。スカートは動きにくいから、着たくありません」
痩せこけた魔法使いは、拒絶を示す。冒険先で動きにくい服装は命取りだ。太りたくないのは、乙女心。
でも、唐変木の戦士は、乙女心が分からない。しばらく『太れ』『断る』の応酬を続ける。折れたのは、唐変木の戦士。
「んじゃ、食べなくて良いから、服装の色合いくらいは変えようよ。
クリスにくれたお花だって、色鮮やかだったよね?
女の子が地味な服着てたから、せめて花で綺麗に着飾れって……」
「あの花束には、そんな意味があったのですか!?」
「えっと……うん。クリスはなーんにも考えずに、枯れ花にしちゃったけど。
人の好意を無駄にするのは、どうかと思うよ」
「枯れても綺麗な花です。髪に飾っても綺麗ですし、好意は無駄になりません」
戦士がしゃべるのを遮り、大声で驚く魔法使い。頷く戦士は、自分の願望と希望をさもあらんと語る。
幼なじみの魔法使いは、思慮が深いようで、やっぱりどこか抜けていると痛感したけれど。
「クリス、明日、王都に帰る前に買い物行こう?」
「買い物ですか?」
「花束と同じ色合いの服買って、冒険者ギルドの人達にお披露目。
枯れ花で着飾って、皆に見せる気?
……って言うか、一日で本当に枯らしちゃったからさ。謝らないと」
「うっ……了解しました。お供します」
畳み掛ける戦士は、諭すような眼差しを送る。口を歪ませる魔法使いに、反論は許されない。
翌日、再び人垣ができて、戦士も巻き込まれるのは、また別のお話し。
2016年9月6日
誤字修正しました。
水分を蒸発させる魔法の属性を、青色から黄色に変更しました。
魔法は、魔法陣が砕け散ることによって発動することに統一しました。




