第五話
宿屋に泊まって翌日、流は早々に出て商業区にある武器屋に立ち寄ったのだが。
「足りねぇ」
飾られているロングソードの金額三千ギルを見て、流の所持金では足りない。
流のポケットから取り出したるは残金の二千ギルと八百ギルの合計二千八百ギル。
――昨日までは四千五百ギルはあったが、宿代と夕食代のパン代で千七百ギルを取られてしまったからだ。
(さすがにゲームのようにワンコインで買えるほど甘くないか、まっしかたない)
ため息をついてロングソードから目を離し、樽に入れられていた量産的な剣――ブロードソードを持って、店長に渡した。
「はいよ、千三百ギルね。 これおまけの鞘ね、今後もごひいきを」
金を手渡して商品を受け取る。 予想外の好意に感謝し、流はブロードソードを腰に差して、店を出る。
(金は千五百か……ギルドに行くとするか)
入った瞬間に何人かの冒険者たちに見られたりしたが、興味を無くしたのかすぐに同業者たちとの話を始める。
流もそんな冒険者たちに興味もないので、早々に掲示板に向かい、依頼の確認を行った。
『ランク:F 荷物運び 報酬額 1000ギル』
『ランク:F 孤児院にいる子供たちの面倒 報酬額 500ギル』
『ランク:F 店舗の店番 報酬額 時間数×650ギル』
『ランク:E ゴブリン討伐 討伐数によって報酬額は変化』
(……ちょいと危ない橋を渡るか)
流はランク:Eのゴブリン討伐の紙を手に取り、それを受付場に持って行く。
「あっ、リュウさん。 今日もお仕事ですか?」
「……あぁ、よろしくお願いします」
一瞬なぜ自分のことを知っているのか戸惑ったが、よく見ると自分にレアスキルを教えてくれた受付の少女だった。
それに自分はここでカードを作ったし、もしかしたら鑑定水晶で自分の情報を知られている可能性だってある、自分の名前を知っているのは今更か。
「えぇっと、ゴブリン討伐ですね。 ゴブリンの姿形はこの様になっており、マジックゴブリンとゴブリンソルジャーとお間違いないようにしてくださいね」
「分かりました。 それじゃあ行ってきます」
(ゴブリンって一応種類あったんだ)
他にもゴブリンがいることに少々驚いたが、とりあえずは受付の少女が見せてくれるゴブリン――身長80cm位の子鬼――を頭の中に入れて、討伐地帯であるクリオネの森に行くことにした。
ディーガル草原を通って、クリオネの森についたのはいいが、どこにゴブリンがいるか分からなかった。
流はブロードソードを抜き、辺りを警戒しながら森を進んでいきながら、迷わないように木に傷をつけていく。帰る時はこれを目印にすればいい――地球にいたとき、それすらしないで森に入ってしまったため、一時遭難しかけたことが懐かしい。
(あのとき死にかけたなぁ。 道標もない、食料もない、頼れるのは勘のみ……しかも周りは昏いし怖かったな)
あの時、良く生きて帰ってこれたと不思議に思う……そしてあの時の経験が、異世界で生かされるとは思わなかった。
遠い目をしながら沸々と懐かしい記憶を振り返りながら歩き進めていくと、ガサガサっと茂みが揺れる音がしたと同時に、こちらに飛び出していきそして武器のようなもので殴りかかってくる。
咄嗟に転がって避けたが、じんわりと背中に汗が噴き出た。
「おぉ、リアルゴブリン……」
図鑑で見せてもらった魔物の姿と一致した。 身長80cm位の子鬼――顔形は子鬼どころか、醜悪レベルだったが――で手には棍棒を持っていた。
ゴブリンは殺気の込めた目で睨みつけ、「グルル」と唸り声を上げながら凄惨な笑みを浮かべながら、流へと近寄ってくる。
殺気と外見で恐怖を感じるはずなのに、流は何故か興奮を抑えきれなかった。
昨日のディアベクスとは違い、自分の知っているゲームの敵キャラが現実にいることに、自分は興奮している。
(おっかしいなぁ、もしかしたら殺されるかもしれないってのにときめいちまうなんて)
流はブロードソードの柄をギュッと握りしめながら、ふと思った。
(……討伐って殺すってことだよな。今更だけど、俺はこいつを殺せんのか?)
今まで生きていた中で殺人などしたことはない。 平和な世界で生きてきた自分が魔物とはいえ、人の姿に似た生物の命を奪うことができるか――否、愚問だ、迷う必要はなかった。
(この世界で生きていくんだったら、そんなこと考える必要はねぇか)
異世界で生きていくのならば、これからもずっと人の姿をした魔物など否が応にも大量に出てくる――自分が殺される環境の中にいる、そんななかで。
「殺せないなんて言えねぇんだよ」
流はそう言うと、全力のスピードでゴブリンに向かう。
するといつまにか自分がゴブリンの目前に立っていることに面を喰らうが、それは一瞬だけ。
ブロードソードを振るい――ゴブリンの頭部を斬り飛ばした。