第十五話
『宿屋兼食堂ルナ』。
借金まみれでまともに経営出来ていないことであまり客足が伸びないことで、「潰れたのではないか」と囁かれていた。
しかし今その店は『Open』という看板が掛けられていた――夕焼けの時間帯になったらいつも『Close』の看板が掛けられているのにかかわらず、今日は午前中から夕方を過ぎても尚『Open』の看板が掛けられている。
店内からは鼻歌が聞こえながら、水がまかれる音とブラシがこする音の二つが聞こえており、今は掃除しているのだと分かった。
そして、その店内を掃除しているのは――。
「――っんよし! これで埃は全部落ち……あっカビ生えてるっ!? ここ重点的にやらないと!」
店長であるヒメナが意気込んでモップを両手に床を懸命に拭いて、落ちたことを確認すると一息つく。
汗を大量に掻き、また床だけでなくテーブルや壁全体も艶が目立っており、長時間の間掃除を取り組んでいるのが分かる。
「よーしっ! やっていくぞーっ!」
「ただいま戻りましたー」
やる気を引き出したヒメナに水を差すように帰ってきた流。
そんな流に思わず睨みつけそうになったヒメナだったが、何とか抑え込んでため息をつくことで気を紛らわす。
「……なんかすいません」
「いいえっ、別にっ! おかえりなさいっ!」
「は、はい、ただいま戻りました」
ヒメナの八つ当たり気味に充たることに戸惑いながらも流は答えつつ、両手にある紙袋をテーブルの上に置いた。
「とりあえず今日の夕飯分買ってきましたんで、これでお願いします」
「あっ、うん、ありが――――ってええ!?」
とりあえずは掃除擁護を部屋の片隅に置いて、ヒメナは紙袋の中に入っている食材を見る。
それと同時に驚愕の声を上げて、それらを出していく。
「これって一個千五百ギルのリザードマンのステーキ肉じゃない!? それにこれって……やだっ、ブラックスパイダーのペッパー、スライムゼリーに、グリーンビーンズまでっ、あーっウルフラージまで!?」
嘗て借金だらけで且つあまり高価なものが買えなかった食材が今目の前にあると云うことで興奮が収まらない様子のヒメナに対し。流はそんなヒメナに対して若干引き気味な様子を見せる。
「そ、そんなにいいもんなんですか……?」
「当たり前じゃない! 借金地獄だった私には手が届かないほどのもんだよ!?」
ヒメナは勢いよく答えたのと同時に次なる紙袋を見る――そこには葉物系野菜と芋、香草などが大量に入った野菜系統のものが多量に入っていた。
「あっ、これは安売りした奴なんだね……ちょっと残念」
「期待させてすいません」
シュンと先程までの興奮が消えて残念そうな雰囲気を漂わせる彼女に、流は申し訳なさそうに視線を逸らす。
「ううん、別にいいよ、勝手に期待したのは私なんだから。 でも……この野菜たち小ぶりなのが多いなぁ、あまり艶もよくないし、この芋だってちょっと汚れが目立ってるし」
「…………本当にすいません」
何だか責められているような気がして流は再度謝罪する。
「むー、この芋汚れが目立っているなぁ……若干芽が出始めてるから早く使わないと。 あっ、この野菜もちょっと萎びかけてるっ、これなんか虫に食われている部分もある!? もう!」
ため息を大きくついたヒメナはジト目で流を睨みつける。
「君って実は具材の良し悪し気にしない性質でしょ?」
「まぁ……腹に入ればそれでいいかなって感じですかね」
流の言葉に頬を引きつかせるヒメナ……料理にとって必要な具材に対して何ということだろうか。しかも本人は他人に飯を食べさせろという割にはそんなことを考えないとは……。
「どうやら君には、色々と教えなきゃいけないことがあるようね」
「へ? いや、別に俺は……」
「問答無用! 今日の夕飯、君も手伝ってもらうからねっ! 料理のイロハと具材の大切さを教えてあげる!」
「あっ、あの――――」
しかし流の言葉はヒメナに届かず。 彼はそのままヒメナに引っ張られて、宿屋の台所に引っ張られた。
そして、数分後には彼の悲鳴が響き渡った――ちなみに内容は以下の通り。
「えっ、この芋の芽って毒になる!? ってうぉ、香草にすごい穴がっっというより虫が住んでたぁ!? うわっ、萎びたところが表面だけじゃなくって、こんな深いところまでっ!?」