第十四話
王都・ユリアに戻ってきた流は早速ギルドに向かい、取ってきた野菜を渡しつつ、クリオネの森で見かけた魔物についてをアイカに報告する。
「それはオメガだと思われます」
「オメガ……」
「はい。 オーク系統の上位モンスターで、Aランクハンター五人でようやく討伐できるレベルです――ご報告ありがとうございます」
アイカの言葉を聞いて逃げて戻ってきてよかったと流は心底そう思った。
Aランクハンターでも苦戦する相手を一人で相手にするというのは厳しすぎる……というよりレベルの低い流では確実に死ぬだろう。
「それはどうも。 それよりも取った分の金額をいただけますか?」
「はい、こちらとなります」
依頼分の金額、一万と二千ギルを受け取った流はそのまま帰ろうとしたとき。
「おい、待てや」
流の前に立ちふさがる一人の男――頬は引き攣り、身体全体に力が入っているのか全身を震わせて、ギリギリと歯ぎしりと拳を強く握る音が聞こえてくる……。怒気を纏わせ、流に対して強い怒りを抱いているのか分かる。
「おっ、腹下りの傭兵さん」
「て、てめぇ! 誰が腹下りだ、てめえの所為だろうが!」
そう、その男というのは流の手によって腹を下され、周囲に糞尿を打ち負けてしまった冒険者だった。
周囲の冒険者を男を見る目はとても冷水の如く冷たく、中には舌打ちしたり、「汚物野郎が」と嫌悪の言葉を投げかけていた。
そんな冒険者たちの眼と言葉に男は一旦怯んだが、それを振り切るかのように頭を振って流をさらに睨みつける。
「てめぇが泥水なんか飲ませなきゃ、おれっちはあんな醜態をさらすことなんかなかったんだ!」
「それって逆恨み……。 それに俺はお金奪われたくなくって正当防衛したんですけど」
「うるせぇ! そもそもおめぇがおれっちに金を渡さねぇから、こんな目に遭ってんだ、責任取りやがれ!」
何と云う理不尽で勝手な要望なのだろう。
流は呆れてため息をつくと、それを見た男は更に苛立ったのか地団太を強く踏むと、床が男の体重に耐えきれなかったのか踏み壊れた。
「くそがっ! もう容赦しねぇ、てめぇを全力で潰す!」
男は怒りを露わにして背負っていた斧を取り出そうとしたとき――。
「邪魔だ、てめぇ」
「ぐぎぇぇ!?」
男の股間から美しくも鍛えられた細い手が現れたと同時に、股間が握りつぶされてから何かが潰された柔らかい音が響いた。
流は「うっ」と悲鳴を上げて思わず股間を両手で護るようにかばう――あそこは男にとって急所の部分で、どれほど痛いかはよく知っているので反射的にだ。
男は白目をむいて倒れ込んだ。 また男がいなくなったことでその巨体で隠れていた股間を握りつぶした人物が誰かが見えてきた。
「ったく、男のくせにチマチマと下らねぇことにこだわりやがって……あんた大丈夫?」
「お、女の子……?」
流の言葉通り、その人物は流より年下である少女だった。
紫色の髪をポニーテールで纏め、ふくよかな身体を隠すようにレザーアーマーを纏った、柔和な切れ長の目の少女――どう見ても男を倒せるほどの実力を持っていないように見える。
そんな流の考えが読めたのか、少女は指の骨を鳴らしつつケラケラ笑いながら流の元へ歩み寄った。
「おいおい、冒険者に男も女も関係ねぇよ。冒険者は実力主義だ、そんなくだんないことで見合ってたら、いつ死んでもおかしくねぇぜ」
「……肝に銘じておきます」
少女の最後の言葉は低い声で流に言った――言外に、生き抜くには男だろうが女だろうが関係ない、甘く見るなということだと伝えているのだ。
確かにこの世界では流が知っているゲームやアニメのようなファンタジー世界だ……しかし同時に生きるか死ぬかの残酷な世界でもある。
先程のオメガを思い出して、流は思わず震えた……もしかしたら次にゴブリンたちのようになるのは自分かもしれないと考えるだけでも恐ろしい。 そんな流の姿を見て、満足げに頷く少女。
「まっ、この馬鹿野郎のように粋がらないだけマシだよ。 あんた、生き残れるタイプだ……賢そうに見えるし」
「それはどうも。先ほどは助けていただきありがとうございます。 お名前は?」
「んっ、あたしはリーザだ。 仕事で一緒になるときがあったら頼むよ。おい、この依頼受ける」
「は、はい! お願いします!」
股間を握りつぶした少女に恐れだけでなく、どこか緊張気味に答えるアイカ。彼女は震えながら少女の依頼書を受け取る。
そんなアイカのことを気にも留めず、少女――リーザはそのままギルドから立ち去っていった。
「はー……お久しぶりに見かけましたが、腕を上げましたねー。Sランクも夢じゃないかも」
リーザが立ち去ったのを見たアイカは恐怖と緊張が解けたのか一息ついた。
「Sって……どのくらい何ですか?」
「えぇ。F.E.D.C.B.A.S.SSとランクが別れているのはご存知……ではないですよね」
「……知識不足ですみません」
この世界に召喚されたばかり且つ冒険者になってばかりの流が知っている筈もなく、頷きながら謝罪する。
「ランクというのは冒険者の階級のようなもので、上がっていくにつれて危険な任務を受けられることが出来るんです。 無論それだけでなく、Sランクになれば高級宿屋や武具店。立場の偉い方々に出会えることや、入れるようになるんですよ」
ただランクの高い任務を受けることが出来るだけでなく、普段出会うことがない立場の高い人物や高級店にも入れる。 それは確かに魅力的だが、今は冒険者としての経験を積んでいきながら地道にランクを上げていけばいいと考えているので、流にとってはあまり興味が湧かないものだった。
「まあ、Sランクまでは途轍もない道のりなんですけどね~。 女性の身でありながらあそこまで進めるなんて、そうそういないですよ」
「……いつか俺もそうなりたいです」
流はそう云って、そのままリーザに続いて立ち去っていった。
「あっ、ちょっ、この冒険者!? また私たちがやるんですか!? ちょっと、リュウさん、リュウさーん!」
……アイカの言葉は聞こえていたものの、後始末はめんどくさいので聞こえないふりをして。