第十三話
自らを見て怯えているゴブリンたちに舌なめずりし、空腹を訴える腹部と欲望に従い、その小さな体を手で掴んでポイッと口の中に放り込んだ。
ガリボリとかみ砕きつつ肉付きが悪く骨しか感じられない部位を吐き捨て、新たなゴブリンを掴む。
掴まれたゴブリンが持っている武器で攻撃するが、意にも介さず口の中に放り込んで食べる。
他のゴブリンたちは逃げようとするも、そもそも「そいつ」とゴブリンたちの歩幅は違っているため、すぐ追いつかれて掴まれて食される。
ゴブリンたちを蟻と称する歩幅なら、「そいつ」は子供が跳躍してようやく追いつけるほどの像の歩幅――到底逃げ切れるわけもなく、呆気なくゴブリンたちは掴まれて口の中に放り込まれた。
ガリボリと骨と肉をかみ砕きながら、次の獲物を捕らえるため足と手を動かしていく。
それから数分後、既に周囲には「そいつ」以外に生きている存在はいなかった。
辺りにあるのは、「そいつ」が吐き出した血と骨以外何もなかった。
ゴブリンたちを喰いつくし腹を満たした「そいつ」は欠伸を噛みしめながら帰ろうと――瞬間、ガサガサッと何かが動いた音が耳に入ったため茂みに目を向けた。
その刺激の奥何かがいるのは感じる、だがこちら側に襲い掛かる気配もなければ、再度動く気配もない――茂みの奥にいる奴はいったい何をしたいのかわからない「そいつ」は首を傾げると同時に欠伸が出た。
とりあえずは満腹感と眠気が身体全体に纏わりつき、気だるさが強い……。
まずは気だるさを無くすことを優先にしようと考えたのか、「そいつ」はそれ以上踏み込むことはなく、足を茂みとは反対方向に向け歩き出していった。
* * * * *
「……グロイもん、見せてくれたなぁ」
流は垂れ出てくる汗を腕で拭きながらため息をついて、そう呟くしかなかった。
「そいつ」の食事風景は食い散らかすようなもので、そこら中に手足が転がっているし、
「そいつ」――二本の足に二本の腕と云う人型はしているものの、人とは明らかに異なる生き物だった。体長は四メートル越えで、頭と額を合わせて三本の角、鋭い口の端は耳のすぐ近くまで切れ上がっており、身体中の筋肉が隆起していた。
初めて「そいつ」の姿を見たとき、流は恐怖を感じ震えが止まらなかった……今でも手は震えている。
その所為で茂みを動かしてしまい、「そいつ」の眼がこちらに向けられた瞬間、身体が凍てついてしまったかのように固まってしまった。
無慈悲な感情のない瞳、鋭い口の端から見える血まみれの歯、凶器とまで言えるほど鍛えられた筋肉――全てが恐ろしかった。
流石に融合魔法で勝てると思う程、傲慢ではないし馬鹿でもない。
そもそも挑んだ時点で殺されるだろう、命を捨てるような行動は決してしない――これも冒険した時の経験上学んだことだ。
以前、地球で綺麗な花が咲いてあったのを興味本位で近づいた瞬間、蝮を踏んづけてしまい、追われることとなったことがある――それと同じことをもう二度と繰り返したくない。
閑話休題。
「とりあえず早くあと十個見つけないとな……またあいつと出会うのも御免だし」
欲をかいて多量に取りヒメナに提供して食べようとする考えは取りやめる。
とりあえず指定された野菜を早々にとってこの場を離れなければいけない、もう一度遭遇してしまったら今度こそ喰われてしまうだろう。 今回は運よく見逃されたが、今度はそうはいかない。
流はすぐさまこの場を離れ、先ほどの野菜を取りに行く為戻っていった。
野菜を採取している間も、流は気が抜けなかった。
いつ奴が現れるのか、周囲に気を配っての捕り物は初めてで慣れないことだったため、いつも以上に気が張って仕方がなかった。
ガサリと何かが動いた瞬間、すぐさまロングソードの柄に手を掛けたり、融合魔法を使用したりと精神的に安定感はなかったものの、それでも野菜を確実に収穫することは出来た。
そして野菜をほどなく十個を簡単に見つけることが出来た流は早々にクリオネの森から出るため、小走りで駆けて行った。森から出た後、流は思い切り安堵の息を吐いた。
「……た、助かったあ」
肩の力を抜き、全身に気だるさを感じながら歩き進める。
上級モンスターというのは恐らく奴のことだと思われるため、とりあえず冒険者ギルドに報告はするべきだろう。
「……とりあえず、今後もああいうやつがうじゃうじゃいるってことが分かっただけでも良しとしとくか。 旅に出るのはもうちょいレベルが上がってからだな、うん」
今回どれほど自分が甘かったよく理解した。
融合魔法で難なくモンスターや冒険者を退治していったが、強大なモンスターを前にすると強張り動かなくなるのは旅をするに至っては不味く危険だ。
当分の間はやはりこの王都でレベルアップをついでに修行もしなければならない。
今後の方針が決まったところで、とりあえずは王都に戻ろう――そして依頼報告したら、今日はもう休むことを決意した。