第十一話
「借金返済分の金額で宿泊代は無料でいいけど、食事代は難しいわ。 私のアルバイト代、殆ど借金に返済していたし、それにお客さんもあまり来なくって……ほとんどの食材は腐っちゃって捨てることが多かったし」
「店長さんって自己栽培しているとかはないんですか?」
「えぇ。畑なんて耕したことないし、殆どは購入しているの……ごめんなさい」
人生はドラマやアニメのように甘くはなかった。
宿泊代と食事代、両方取れるなんて甘い考えは通用するわけもなく、無残にも却下――と云うよりも無理宣言を通告された流はため息をついてしまった。
「ごめんなさい、折角借金返済してもらったのに」
「いや別にいいです……ぶっちゃけ自分の見通しが甘々すぎただけですし」
流は頭を掻く――ヒメナとオカマの会話の中で推測すれば、彼女は借金返済の為にアルバイト漬けの毎日を送り続け、更にはこの店を潰れないようにしていたのだろう。
そのことを考えれば、流の欲求していることがどれだけ厳しいのか考えればわかるはずなのに、自分の欲望のままに云ってしまった。
(ちょいと反省すべき点だな、うん)
今後の中でもこういうのは出さないようにした方がいいだろう、流の印象が悪くなってしまうので――しかし、これはこのような交流のみ。他の場面の時は出すときには出すとしよう。
閑話休題、とりあえずは食事代の件は諦めるしかないだろう。
「とりあえずなんか作ってください……適当なもんで良いんで」
「そ、そんなこと出来ないわ! なにか買ってくるから、待ってて」
「いや、そんなに待てないです。 とりあえず、ほんっとになんでもいいんで! 早く、飯プリーズ、店長!」
グーと今更ながらもまだ飯を食べていないことを思い出し、表情を歪めながら、ヒメナに昼食――昼はとっくに過ぎているが――を頼む。
「わ、分かったわ」とヒメナが若干引きつつ食堂に向かい、流もその後についていった。
* * * * *
「~♪~♪~♪」
ヒメナの鼻歌が食堂――最大百人は座れるほど座席を設けていた――に流れていた。
よほど調理をするのが楽しいのだろうか、はたまた借金が返済できて心の重みがとれたのかはわからないが、それよりも。
「腹減ったぁ……飯プリーズ」
「~♪ はいはい、もう少し待っててね……味付けはこれで、っと出来た!」
「おおっ!」
ヒメナの声が聞こえたと同時に流は上半身を上げ、テーブルの上に用意されたスプーンを取り構える。
そんな流を苦笑しながらヒメナは完成した料理が運ばれてきた。
「合わせ物だから、そんなにおいしくはないと思うけど」
出された料理は――中量的に乗せられた大小のソーセージにじゃが芋を炒めものだった。
(おっ、意外と美味そう)
正直、期待はしていなかったが、見た目は綺麗に盛り付けられ、塩コショウと炒めものの特有な香りで腹の音がグゥと更に鳴いた。
「いたただきます」
スプーンを持ったまま両手を合わせて、さあ食べようとした瞬間。
「いただきます?」
一体何だと思い、睨みつけると、ヒメナが不思議そうな顔つきで流を見ていた。
「あっ、ごめんなさい。 貴方の言葉がどういう意味なのかなって」
「……あぁ、そういうことね」
いただきますという習慣がこの異世界にはないのだろう、だからヒメナの疑問が上がった。
今更ながら異世界との違いを知らされた流は苦笑しながら答えた。
「『いただきます』ってのは、料理を作ってくれた、配膳をしてくれた、野菜を作ってくれた、魚を獲ってくれた、その食事に携わってくれた人たち全員と食材に感謝することだ。 だからこの言葉はあなたにも向けられていることだ」
「そんな言葉があったなんて……私たち、感謝もしないで食べ進めてたわ。私より、物知りだし、そんな人たちに思いを寄せるだなんて、立派ね」
「いや、これは当たり前というか、俺の言葉じゃないしなぁ」
マナーの一環として教えてもらったことなのだが、まさかここまで喰いつくとは思いもしなかった。
流は感心と云わんばかりの表情を浮かべるヒメナの視線に頭を掻きつつ、スプーンでじゃが芋とウィンナーを掬い、食べる。
「んぉ!?」
じゃが芋のホクホクとコリコリ感、ウィンナーの肉汁更には塩コショウの絶妙な味付けが口の中に拡がる。しかもじゃが芋には肉汁がしみ込んで良い味付けと同時に、丁度いい温度さで食べ進みやすい。
(これが合わせ物でおいしくない、だと? そんなことありえん! こんな素晴らしいものを無料で取ろうとしたの、俺?)
プルプルと震え出した流に、不安を覚えたのかヒメナは戸惑い気味に声を掛ける。
「あ、あの、大丈夫? そんなにおいしくなかっ――」
「とんでもない!」
「きゃっ!」
流は勢いよく顔を上げてヒメナが紡がれようとした言葉を否定する。
「店長さん! さっきまで無料で食べようとした俺が悪かった! あんた、すごいよっ、こんなうまいものが合わせ物なんてとんでもない!」
「あ、ありがとう……」
戸惑い気味になっているヒメナだが、そんなこと気にも留めず流は勢いよく食べ進める。
流は自身の勘に感謝していた――こんな当たりの店を発見することが出来る等、夢のようだった。
この世界に来て初めての当たりだ……この店は大事にしなければならない。
「でも、そんなに喜ばれると嬉しいわ。 よーし、今日は宿屋兼食堂・ルナ復帰記念のお客様として、ちょっとしかないアルバイト代で豪勢に振る舞おうかな」
「いや、それは俺が払います! だって、こんな上手いものを無料で出してくれたんだ、それくらいはさせてください!」
ヒメナが袖をまくって腕を構える姿とその言葉を見て、流は必至な形相で止める。
そんな流に笑いながらヒメナは答える。
「そんなのいいよ、借金を返済してもらってしかも余りものを食べさせちゃったんだもの……。これくらいしないと店長失格だから」
「でもっ」
「いいから。 それに、明日からの店を再開するための準備に必要な買い物もしたいし……ね?」
駄々っ子に言い聞かせるように穏やかに伝えるヒメナ。そんなヒメナに強く言い返せない流はため息をついてしまう。
流は昔からこういうタイプは苦手だった。 怒られるよりも穏やかに言い聞かせられる女性が。
仕方なしに流はヒメナの言葉にうなずきながら、ポケットからギルを――五千ギルを。
「とりあえず、今日の食事代と……その準備代です。 受け取ってください、そんでなるべく上手い飯と綺麗な部屋にしてください、お願いします」
「はぁ……受け取りました」
それだけは譲れないと云わんばかりの固い表情で云う流に、何を云っても無駄と理解したのか苦笑しながらヒメナは五千ギルを受け取る。
「それじゃあ、今日から宿泊するあなたの名前を教えて。 私は一応ここの店長ヒメナ、あなたは?」
「俺は一応昨日から冒険者を始めました、流です」
本日より『宿屋兼食堂ルナ』は再開、そして第一号のお客として流が宿泊することとなった。