第十話
「そんな! だって借金返金日はあと数日だって!」
「あたしはんなこと言っていないわよ!? ちゃんと返金日も確認したし、書類もすべて確認したわっ!」
流は苛立っていた。 一体何時までこの二人の口争を聞かなければならないのかと。
かれこれこの話はもう十分程度行われており、今流は椅子の上に座って、この二人の話が終わるまで待っているところなのだが……なかなか終わりそうにない。
「それじゃあ私が見たのって――!」 「あたしんところはちゃんと――!」
女性とオカマの断片的な会話の中で、とりあえず理解したのはこの店は借金していること、その返金日とやらは今日である。
しかし、それを数日後と勘違いをしていたのはこの宿屋の店主であろう女性。
正直、この店の借金や返金日等はどうでもいい。
それよりも早く会話を終わらせて、食事を摂らせてほしい――。
「だーかーら! 早く借金を!」 「だから! 返金日が――っ!」
……しかし、二人の会話再度同じことの繰り返しとなっていた。これではいつまでたっても終わらない、下手すれば無限ループになりかねなかった。
空腹と実りのない会話に流はついに苛立ちがピークに達し、叫ぶ。
「だー、うるせえ!」
『!?』
その叫びに驚愕した二人は思わず視線を流に向ける。しかし、そんなことを気にも留めず流は男に詰め寄った。
「いい加減に帰れよ、このオカマ! こっちは客だぞ、客!」
その発言に苛立ったのか、オカマは青筋を立てて、流に詰め寄った
「誰がオカマよ、あたしはオネエ! オカマと一緒にしないでもらいたいわ! あたしは乙女の気持ちを全て理解した―――ってんなことどうでもいいわよ! 客なら客らしく見てみぬふりをして出ていきなさいよ!」
「こっちは食事ついでに泊まるんだよ! 見て見ぬ振りしたら、こっちが泊まる場所、食事する場所もなくなるわ!」
「元々ここは借金しているのよ! 大体ヒメナさんはね、アルバイトで忙しくって対応できなくって泊まれはしないわよ! まだ借金だって一万近くあるんだから!」
成程と流は先ほどの女性――ヒメナの貌を思い出す。
宿屋に泊まることを了承しかけたとき、急に表情が暗くなり、言葉を詰まらせたことを。
ヒメナは宿屋兼食堂を経営できなくなるほど借金を返済することに頭が一杯となり、懸命に働いていた。
恐らく、それに関することを客か誰かに云われたので流を泊まらせるかを迷った。そういうことだろうか。
だが、流にとってヒメナがどう思おうが、借金だろうが何だろうかどうでもよかった。
早くこの不毛な争いをやめて、自分に飯を創ってほしい……が、こんな込み入った話を自分が介入していいのだろうか。
(ん? ちょっと待てよ。 もし俺がここで借金を返済したら)
流はここで自分が借金返済した際に行う予定である交渉内容について考える――返済金次第の宿泊代や食事代についてを。
(返済した分だけ泊まるや食事を食べることが出来る! ――でもこれは交渉次第だよなぁ)
しかし、ヒメナとの交渉次第では、自分にとってはメリットが大きい部分がある。またデメリットはあるものの、決して損ではないはずだ。
流はニヤリと笑いポケットから二万ギルを取り出し、それをオカマに見せる。
「んなっ!? ボウヤ、あなた」
「その借金、俺が払いますよ。 そうすれば問題ないでしょう?」
(もし暴力的な振る舞いが来たら、腹下らせてやる……ハイドロ準備は完了してるし)
先程までの荒げた口調は収め、今度が丁寧な口調でその二万ギルをオカマに握らせニッコリと笑顔を見せる――しかし力技で示した際は、融合魔法のハイドロを使う予定だ。
交渉は相手に自分の要求を通そうとするときに使う手段で、お互いに合意に達するため。
二万円という金額は出したが、それが通るかどうかは分からない――気に入らない、余計なことをするなと襲われそうになった瞬間、容赦なく放つ予定だ。
しかし、それとは裏腹にオカマは何かを云いかけたが、流の笑顔に何かを感じ取ったのか結局は口を詰めらせ、諦めたかのようにため息をついた。
「ヒメナさん、これ借用書よ」
オカマはポケットから借用書を取り出し、それをヒメナの前に突き出した。
「え!? あっ、は、はい……」
怒涛の展開に着いていけず、何が何だかわからないと云わんばかりの表情を浮かべたヒメナはオカマから借用書を受け取る。
オカマはそのままヒメナに背中を見せ、流の隣を通り過ぎようとしたとき。
「ヒメナさんの借金は一万と五千だから、差額は後日返すわ……。 あとヒメナさんに変なことをしてごらんなさい――俺が直々にてめえをぶちのめす」
「っいや、別に変なことはしないんで、大丈夫ですよ」
オカマの最後の厳つい言葉に、一瞬肩をすくめ、言葉を詰めらせたが、別に流自身ヒメナに対して変なことをするつもりもなければ、させる気もない。
ただこの不毛な争いを止めたいがためにと、自分の宿泊や食事の為だけだ。
「……まあいいわ、それじゃあね、ヒメナさん」
「あっ、は、はい!」
オカマは手を振って出ていき、それを見送る流と茫然しているヒメナ。
ヒメナは一体何を喋ればいいのかわからず、どうしたらいいのかわからない上に、今に至るまでの展開に着いていけず、ただ茫然としていた。
そんなヒメナとは対照的に流は動き出し、椅子に座り込み、ヒメナに呼びかける。
「ビジネスの話しませんか――主に返金した宿代と食事代について」