第九話
翌朝――といってもすでに昼は過ぎており、商業区にあるレストランから人が溢れ、また良い香りを漂わせている。
腹の虫を鳴らす流は餌を求めるハイエナのように視線を動かし探す……価格が安いリーズナブルなレストラン店を。
(は、腹減ったぁ……くそぅどっかないか、人が少なくて安くてうまいレストランは)
目に入るのは既に数十人は並んでいる店、満席になっている店等々……起床するのが遅かった所為でほとんどのレストランは混雑状態だった。
本来ならば昼食は宿でとろうとしたのだが、安い価格はすべて品切れになり、残っていたのは高価格のものだけだったため止めたのだ。
「くそ、まさか昼まで寝てるなんてっ」
いつもならば日が昇る前には起床し準備を滞りなく進めるのだが、今日に限って昼過ぎまで寝てしまい、延滞料金を取られ、そして刃こぼれと皹だらけのブロードソードの破棄も頼んだため、残金は三万二千ギルだ。
流の泊まっていた宿屋ではサービスとして不要となった物を宿屋側で破棄してくれるようだ――無論料金は取られてしまうが。
(それにしても、昼間で寝ているなんて……俺らしくないな)
いつもなら夜明けと同時に起きている自分でも珍しいとも思った。 やはり原因は融合魔法の所為だろうか……。
昨日は魔法の使い過ぎで精神的な消耗が激しかったのか、宿屋で横になった途端、即意識を失い眠ってしまう程疲労していた。
魔法による疲労が蓄積する感覚はあった、もしも使い切ったらどうなるのだろうか。
(精神崩壊っていう可能性はあるよなぁ……なるべく使い果たす真似はやめておこ)
その考えは途中で途切れた――腹の音が再度なったからだ。
「はら、へったあ……とりあえず早く店を見つけよう」
混雑していないレストラン店を見つけるために歩み続ける。
三十分近く彷徨ったあげく、彼の目の前に一軒の店が姿を現した。入口の看板には『宿屋兼食堂 ルナ』と書かれていた。
「……ここでいいか」
腹も空いているし、もう探して歩くのも面倒くさくなってしまった。それに何より流自身の勘が「ここがいい」と訴えている。
唐突に起きる自分の勘は意外と当たりやすいものだ、地球でもその勘に頼って動いたところ、良き面にあったことが度々あった――悪い面もあったが。
とりあえずは前者の方で充ってほしいと思いながら、『宿屋兼食堂 ルナ』の扉に手を掛けた。
* * * * *
あと一万と五千ギル、このままの調子でいけばあと少しで返金できる。
腰まで伸ばした栗色の髪、エプロンドレスに隠されている健やかな瑞々しい体つきの女性――ヒメナはテーブルの上に置いてある帳簿を見ながら息を吐き、手を大きく伸ばす。
店を預かるものとしてはしたないと思われるが、来店する客がいないのだ。これくらい問題ないだろう。
ヒメナのいる玄関ホールには誰もおらず、玄関ホールから右にある食堂や二階の客室には誰もいないのだから。
それよりも苦節3年間。
両親が遺してくれた宿屋兼食堂を経営しつつ、在宅や日払いのアルバイトを地道に繰り返したことでようやく借金額――建築費用――が一万五千ギルまで辿り着いた。
だが、のんびりとしてもいられない、今月の返金日があと数日で迫ってきているのだ。
今からでも無茶を承知にアルバイトに繰り出さなければならない……しかし店をどうするべきか。
先月などアルバイトに専念し過ぎて「なぜそっちの都合で宿泊が出来ないのだ!」と苦言をさされてしまった。
それにより元々客足が少なかったこの店がさらに遠のき、今では食堂にくる客もいなくなってしまった。
静まり返っている店内を見て、ヒメナはため息をついた。
両親が経営していたときは賑やかさに溢れた場だったのに……今では誰も来ない静かな場となってしまった。
何のために借金を返済していたのだろうか、そんな虚しさが生まれた。
(……もう、やめちゃおうかな)
全てを投げ出して楽にでもなろうかと思った際、カランカランと来客を報せる鐘の名が響いた――久々のお客だ! すぐさまヒメナはお客を迎え入れるようにすぐさま立ち上がる。
見たことのない黒い服とズボン――洗濯で落とせなかったのか、所々に土色と赤色の汚れが目立って不衛生だが、客なので我慢――を着た少年だ。
お金は持っているのだろうかと不安に思ったが、対応はしっかりしなければいけないので、言葉を紡げる。
「いらっしゃいませ! 本日は宿泊ですか、お食事ですか?」
「食事の方で。 あっ、泊まりって可能なんですか」
「はい! 大丈夫で――」
安心した。どうやら宿泊できるくらいの金は持っているようだ。
ヒメナは意気揚々と返答をしようとした際。
『なぜそっちの都合で宿泊が出来ないのだ!』
その言葉を思い出す――借金はあと少しで返済できるこの時期に宿泊されたら、ヒメナはアルバイトはできない。しかし、せっかく来てくれたお客をこのまま帰したくない。
一体どうすればいいのだろうか……。
「? あの……」
そんなヒメナの様子が気になった少年は声を掛けようとしたとき――荒々しく扉を開ける音と金の音が強く響いた。
「借金の引き取りに来ましたわよぉ」
野太い声が響き、ヒメナと少年が振り向く。
そこに立っていたのは外見が頑丈そうな体つきを持っている男――ヒメナにとっては顔なじみとなっている借金取りの一人だった。
「ヒメナさぁん、今期最後の返金。お願いしますわぁ」
彼、というよりもオカマは野太いオネエ言葉で輝かしい笑み――ヒメナにとっては悪魔のような笑みであったが――を浮かべて云った。 そしてそれをヒメナと一緒に見ていた少年、流は頭に手をやり。
「どうしてこうなった……」