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書いても書いても投稿ボタンを押さない病気
夜の王都に灯りが揺らめいている
戦乱の頃は放火に使用されていた火石も今では街灯でしかない。
等間隔に設置された街灯が大通りを照らすが、一つ脇に逸れれば闇が広がるばかりだった。
(若い頃はあの暗闇を音も無く駆けていたものだ)
怖れ谷のオスカーは益体も無いことを思いつつ、自分の横を歩くトゥルーデに目を向けた。
街灯に照らされた長髪は艶やかな亜麻色で、切れ長の瞳は黒真珠のように美しい。外套の下の騎士服と併せれば、役者だって敵わない男装の麗人である。本人が地味な茶髪にツリ目だと卑下してしまうのが残念でならない。
この麗人が、目つきの悪い嬢ちゃんだった頃から付き合って10年たった。ここ五年は密偵としてトゥルーデを頭と仰いだ。
(ご隠居様から頼まれたお守りと思っていたが、なかなかどうして……)
自らも陣頭に立って配下の荒くれ共を指揮し、自分の様な日陰者達を重用して親しくする。年と性別が違ってもできる者など早々いるはずがなかった。
(戦の頃に生まれていれば、一廉の将となっていただろう)
れっきとした男爵位を持った貴族。さらに王都の治安を護る大事なお役目を拝命している。活躍すれば直に疎遠になっていくものだと思っていた。あと忘れがちだが女性だから結婚もありえる。
それが未だにこうして互いに注いだワインを飲んで、酔い覚ましの散歩をしている。
(なんともおかしな気分だが、悪くない。まったくもって、悪くない)
「爺さん、妙に楽しげじゃないか」
「長生きの妙、というものを感じやしてね」
「酒飲んで感じる妙とは随分安っぽいな」
「肴が、良いものでして」
「小娘を肴にするとはひどい爺さんだ」
「悪党相手に大立ち回りする女男爵はそうは居ませんぜ?」
「王国の御威光で戦が無いから、騎士も賊も腑抜けたせいだよ。だから私の腕でもなんとかなってしまう」
お互い気安く話しながら歩いていると、脇道の暗闇から人影がひとつ出てきた。
黒の外套とフードを目深にかぶっているせいで、明るい大通りに居ても人影だけが立っているようにしか見えなかった。
「フォン・ヴィーゼル女男爵ですね」
「……」
「御忠告したきことが……」
トゥルーデは身構えることなく腰元の刀を抜き放った。
抜き打ちは、瞬くうちに人影の首元を通り過ぎ、
「ひっ……」
「人と話をするなら、顔を見せるのが礼儀、というものだ」
外套首元の留め具を断ち、フードを撥ね上げた。
極平凡な面で四十がらみの男だった。ひくつくような声を漏らしてそのまま腰を抜かしてしまった。
(ああ、まったく。勿体振って出て来たのに、なんと情けないことか)
オスカーは呆れ果てていた。
老境に達しても、密偵として勘を研ぎ澄ませていたオスカーにとって、男の待ち伏せなど既に察していた。
トゥルーデの闇討ちを狙っている者など、王都にはごまんと居る。悪党は貴賎関わらずに討っている以上当然のことであった。
これを返り討ちにしてみせるのが、トゥルーデのお頭として認められる実力の一つでもあり、オスカーが期待していたことでもあった。
(お嬢の剣技は中々見れねぇから久しぶりに見えるかと思ったのに……)
見事な抜き打ちではあったが、その一振りで終わってしまっては、期待していたオスカーが納得できるはずが無い。
しかしながら、これ以上をこの男が仕出かすなんて思いようが無い。
仕方なく、適当に追っ払うこととした。
「おい、情けねえの、こっちは散歩の途中なんだ。さっさと帰りな」
「な、ななにを……」
「歯の根が合ってないモンが粋がってどうすんだ。怪しくても話しかけただけだから見逃してやるってんだ」
どれだけ功績があろうとも、侮るものは常にいる。そういった者達を、いちいち相手にするのは面倒なため、追い返すに留めることが多々あった。
故に、
「抜き身が街灯で光っているんだよ。このまま通りに出てこないなら見なかったことにしてやるよ」
脇道で息を殺している者たちにも、オスカーは警告してやった。
(さて、退くならよし、退かぬなら……)
見える光は三つ。警告に動揺したのか光が揺らめいた。
じっと見つめて待ち構えていると、光の一つがより大きく揺らめいた。
それがなにかと思い至る前に、身を投げ出すように伏せた。
それまで立っていた空間を火球が通り過ぎてゆく。
(半杖者!)
戦が無くなって居場所がなくなったのは騎士だけではない。魔術師もまた同様である。
生活に困窮した彼らの中には、かつて誇りであった長杖を折って取り回しを良くし、盗みを働くようになった者達が居る。これを半杖者、折杖者と呼ぶ。
暗闇に見えた光の一つは、杖に備え付けた魔術の触媒石の光だった。
脇道から男二人が駆け出してきた。街灯の光を反射していた抜き身はショートソードだった。
「そのまま伏せてろ」
トゥルーデがオスカーの上を跳び越えながら男達を斬り捨てる。
跳び越えた勢いそのままに、一人の足を斬りつけながら走り抜けた。
「ぎゃっ!」
「あっ……」
ショートソードを振上げたその瞬間に痛みで倒れこんでしまった。それを見たもう一人は呆気に取られて足を止めてしまう。
トゥルーデは返す刀を胴へ叩き込んだ。
剣先を脇道の暗闇に向けていたが新たな火球が飛んでくることは無く、走り去っていく音が聞こえた。
「追え、オスカー」
冷たく、鋭い声音で命じた。表情は変わらなくとも、先ほどまであった気安さは微塵も感じられない。
王都改方長官が、密偵頭に命令を下したのだ。
年を感じさせない、滑らかな動作で起き上がったオスカーは暗闇へと飛び込んでいった。
鞘に戻した刀を、じっと見つめる。
浅い反り、両手で扱う長い柄、つまるところ「ふぁんたじぃ」なこの世界にあるはずのない「日本刀」である。
転生者だった先王と子爵が、鍛冶師に無茶を言って造らせた特注品だ。
これを、女の細腕で実に巧みに操って見せた。
かつてのゲームキャラクターの様にだ。
ゲームとしてのこの世界を知る身では何かしらの補正を思わざるを得ない。
そしてアクションゲームの補正があるのなら、乙女ゲームの補正があって当然だろう。
(そんなに修正力や補正があるなら、少しは悪人を減らしてくれよ……)
得体の知れない存在を、改めて予感して、げんなりとなった。