乙女ゲームから転生してきました。
後頭部に、熱い衝撃。
時間はお昼前の四時間目、体育の時間。
まさにバスケの試合中…隣のコートから飛んできた丸い物体が私の頭にクリティカルヒット!
目の前に、星が飛びました。
そのまま意識を失って…
………混濁した意識の中で、私は重苦しくも甘い夢を見ました。
『――**、好きだよ。君のことが誰よりも好き』
『――あなたのことを独り占めできたらいいのに』
『――絶対に逃がさないから、覚悟しろよ?』
『――君のことが頭から離れないんだ…っ ずっと、ずっと…!』
『――お前を閉じ込めてしまえたら良いのに…』
『――大好きです、先輩。ずっと一緒にいてください』
『みんな、私も大好きだよ! ずっと仲良くしてね!』
『――――逃がさないよ?』
それは、前世の記憶。
余程のリア充でもありえない、数々の甘い体験。
後頭部への衝撃で、私は思い出してしまったのです。
――私は、名取明日香は………前世で、乙女ゲームのヒロインであったことを。
「………うそー…」
…はいっ! ドン引きです。
自分で自分にドン引きです。
なにそれなにそれ、ありえるの?
乙女ゲームって、思いっきり被造物じゃないですか!
それの、いわばデータに過ぎない架空人物が転生っておかしいよね!?
でも何より怖いのは、ゲームなんてテト●スくらいしかやったことがなくって『乙女ゲーム』なんて予備知識すらなかったはずなのに、気絶から覚めた途端にそんな知識がすらすら出てくる自分が怖い!!
だけど冷静に考えてみると、もっと怖いものがありました。
「……………私、前世と同じことしてない?」
さあ、っと頭から急速に逃げていく血の気。
全く自覚していませんでしたが…前世を客観的に見て、現世と比較して。
私はどうしようもなく目を逸らしたい現実を認識しました。
私、逆ハー達成しかけてる…!!
現実でそれをしてしまえば、物凄い尻軽女の完成です。
「えっと、でもでもでも! 私としてはお友達のつもりで…っ」
ハッ…違う! それじゃただの言い訳にしか聞こえない!
たとえ私自身が、本当にお友達のつもりでも!
しかしそれは、傍目に見れば誰がどう見ても逆ハーです。
そもそも『お友達』は乙女ゲーヒロインの常套句じゃないでしょうか?
危険です。
このままだと女子の嫉妬を一身に受けて、社会的に抹殺されそう…!
だけど、でも、それよりも!
恋 愛 怖 い ! 超 怖 い !
全 力 で し た く な い ! !
正直にいいましょう。
ええ、正直に。
それこそ言葉にすると、どこのリア充だって感じになりそうですが…
………正直を申しまして、恋愛とか前世の記憶だけでいっぱいいっぱいです…。
前世の記憶だけで、恋愛に嫌気がさすくらいには。
だって、だって厄介で難解極まりない男子たち!
顔とスペックは最高だけど、恋愛ゲームの起伏に富んだ波乱万丈なストーリーを素でこなせるように設定された背景を有している、この上なく面倒極まりない男子たち!
いくら顔とスペックがよくっても、現実に接してみたらただの難あり物件じゃないですか!
ヤンデレとかヤンデレとかヤンデレとか! (前世にはヤンデレENDがあったらしい)
一歩間違えたら無理心中強要されたり監禁されたり世間的に抹殺される恋愛なんて真っ平御免です!
あんなの現実にいたらただの危険人物ですよ!!
私は危険物処理班じゃないんですよ!? 現実にあんな危険な方々のお相手は出来かねます!
そりゃ、前世の時のような『乙女ゲーヒロイン』だったらそれこそ慈母の笑みで全てを包み込むような優しさを前面に出し、愛らしく対応も出来たでしょう。
でも無自覚でありつつ、ゲームプログラムに制御された前世とは違うんです!
だって今の私は『ヒロイン』じゃなくって、ただの『女の子』だもん!
もう前世のような『天然スキル』も『鈍感スキル』も『恋愛スキル』もないんです!
………そのはず、ですよね?
だけど周囲を改めて思い出してみると、何故か乙女ゲーばりの難あり男子しかいない。
乙女ゲー並に顔もスペックも優れているけれど、女子を寄せ付けない男子たち。
というか軽く女性不信気味に思える男子たち。
何故かそれが、私にだけは優しく甘いという不思議。
いや、みんなただの『お友達』のはずなんですが…
でも客観的に見て、どう考えても逆ハーを築いているようにしか現状見えません。
いえ、そもそも女子を中心に何故か『リアルヒロイン』というあだ名が…
…あれ、誰が言い出したんでしたっけ?
何故か私のことを『少女漫画のヒロイン見てるみたい』とか評した子がいたんです。
以来、私のあだ名で『リアルヒロイン』というものが普及しています…。
別にそんなことはないよね…と、今までは思ってきましたが。
前世を思い出したお陰で、急速に危機感が募ります。
これはやばい。
私しか女友達のいない男の子たちには申し訳ありませんが。
いっそ私しか友達のいない数名の男子には、かなり申し訳ありませんが。
人間不信の気がある男子には恨まれてしまうかもしれませんが。
これは………可能な限り迅速に、男子たちから距離をとる必要があるかも。
特に、私に恋心を抱いているか、抱きそうな気配のある男子からは絶対に。
こんなことをいうと、何様だって思われるかもしれませんが………
よくよく冷静になって丁寧に分析してみると、『お友達』だと思っていた数名から、どうも思いを寄せられているような気がします……私の気のせいかもしれませんが。
だけどデートに誘われる。
学校帰り、一緒に歩こうと誘われる。
ひょっとすると食事に誘われたりもする。
何故かやたらにプレゼントを貢がれる。
イベントの際には、私が誰と行動するかで揉め事が起きる。
毎回、首を傾げながら「誰か一人とじゃなくって、みんなで行けば良いのに」とか思っていた私。
違う、違うんだよ過去の私…。
彼らは『みんなで遊びたい』訳じゃなくって、『私と二人きり』になりたいんだよ。
そこに気付かない私が、毎回「みんなで遊びたい」というと、彼らは仕方ないなって顔で苦笑しながらも私のお願いを聞き届けてくれていました………いま思い出すと、申し訳なさで胸が潰れそう。
やっぱり私は、『鈍感スキル』くらいは前世から引き継いでいるのかもしれません…。
そんな状況が続くこと、そろそろ5年くらい。
何故いままで気付かなかった、私…。
しかしこのまま現状を維持し続けていたら、近い将来誰かの我慢の限界が訪れて暴発を引き起こしそうな気がします。それが連鎖反応で全員の箍が外れたら………超・危・険!
実際、ゲームでは語られなかった前世の逆ハーEND後の世界はかなり大変でした。
誰か一人なんて選べない…!
そんな甘えが招いた、私にとっての大災厄。
改めて思い出すと、鏡で見る顔面は蒼白です。
笑顔が引き攣り、冷や汗と脂汗のMIX汗が滝のよう…。
身体がケータイのバイブ機能並に震えます。
全員ヤンデレ化なんて未来…訪れたら、今度こそ世界が終わる…!!
前世の私、何故思いつかなかった…!
全員が等しく素敵過ぎて選べない?
誰かを選べ? 選べなくて困っちゃう?
そんな甘ったれだから、あんなド修羅場で死ぬ目に遭うんです!
厳しく、厳格に、ここは厳正たる決定を下すべきなのです! 厳しさ三倍増です!
誰も選べないんなら、誰も選ばなかったら良い…!
違いますよ? 間違っても、「じゃ、全部で」みたいな選択じゃありません。
全 部 却 下 で の方向です。全部切り捨てます。
場合によっては穏便さもかなぐり捨てましょう。
前世の二の舞を味わうくらいなら、私は非情な女と呼ばれても良い。
だからヤンデレだけは! 全員ヤンデレ化だけは…! (どうもトラウマがあるらしい)
「お願い、穏便な手段じゃなくっても良いから!」
「………だから、知恵を貸せって?」
こんな勘違い発言も甚だしい、頭の痛い相談を出来る相手は限られます。
私の場合、その相手は幼馴染の潔子ちゃんでした。
「都合のいい話だってわかってる…! でも、前世の恐怖を思い出したら耐えられなくて!」
「…ふぅん? でも明日香もとうとう思い出したのね」
「え? やっぱり私って客観的に見て逆ハー?」
「ん? そりゃ当然でしょ。でも私が言ってるのは男共のことで…」
「………あれ? 思い出す?」
「ん?」
思い出す…? みんなに関して?
それって、何の話でしょう?
何のこと?と首を傾げる私に、潔子ちゃんがいや~な顔をしました。
「あれ? 明日香、アンタわかってなかった?
………私、前世でアンタのサポートキャラだったんだけど」
「え゛」
え、マジですか?
ぎょっとする私。
でもゲームヒロインの私が転生してるんだから、他の子もしていておかしくありません。
むしろ前世で同じゲームにいたお友達が現世で幼馴染という偶然に不思議を感じます。
しかし潔子ちゃんのカミングアウトは、それで終わりじゃありませんでした。
「ついでにアンタの『お友達』の直貴君は前世のメイン攻略キャラで」
「は?」
ちょ、ちょっと!
ちょっと待ってください…!
なんですか、その聞き捨てならない発言は!
詳しく聞こうと声を上げる私を、潔子ちゃんが制します。
………彼女の『暴露』は、まだ終わっていませんでした。
「里君は孤高のクーデレキャラだったわ。勿論、前世で」
「ちょ、ちょっと…」
え、と、いや本気で待って?
潔子ちゃんの言葉に、胸の奥で何かが「腑に落ちた」とか思っていますけど。
続く言葉に私はパニックをどう抑えれば良いんですか!?
納得というか、心当たりのある人物評に頭がぐわんぐわんします。
「シアン君は今じゃかっちりしてるけど、前は軽薄お色気担当の先輩で」
「え、まさか…」
「逆に天然甘ったれな藤君は前世とあまり変わらないわね。外見も似てるし」
「あの、え…?」
「生真面目な淳君が前世じゃ生徒会長だったってのも納得よね」
「委員長まで!?」
「真央君は前世じゃ腹黒メガネだったわね」
「ひぃ!?」
そ、それってもしや一番ヤンデレ化がどぎつかったあの人ですか!?
つらつらと並べ上げられていく、名前・名前・名前………。
それらに触発されるように、濃厚に該当する記憶が蘇っていきます。
もちろん、前世の。
「な、なんということでしょう…っ」
「本当にそうよね」
――前世の主要キャラが概ね現世に、近くに転生しているってどういうことですかーっ!!
ちょっと神様!?
もしも私達を転生させた神様か何かがいるのなら、許しませんよ!
この偶然というには揃い過ぎた状況に、誰かの作為を感じます。
これは一つ聖なる剣でも携えて神狩りにいくべきか…っ
だけどそんな憤りも、潔子ちゃんの言葉で恐怖に取って代わられました。
「しかも全員、前世の記憶持ち」
「いやぁぁああああああ…っ!!」
この状況、悲鳴を上げる以外にどうしろと…っ!
「前世でアンタ、最後は結局誰も選ばなかったでしょ? 今度こそ決着つけるっていってたけど………今まではアンタに記憶がなかったから容赦してたみたいよ。これでアンタの記憶が戻ったとなれば…」
「も、戻ったとなれば?」
「多分だけど、手加減容赦は一切しなくなるでしょうね。攻め攻めよ?」
「い、いやーっ! 私、転校する! 転校するぅ!!」
「逃げても無駄よ。きっと命がけで追ってくるから。あの超絶スペックの男共から逃げたら…逃げられない上に、反動きっと凄いわよ? 私ならおススメしないわ」
「き、潔子ちゃん! きよこちゃぁぁんっ!!」
「あ、ちょっと泣かないでよ、明日香…!」
「わ、わ、わたし、恋愛で死にたくないぃぃいいいいいいいいいっ」
ヤンデレ怖いヤンデレ怖いヤンデレ怖いヤンデレ怖いヤンデレ怖い…っ!!
滅べ、ヤンデレ!
「き、き、きよこちゃぁん…っお願い、知恵を貸してぇ!」
「全く、仕方ないわね…。私もヤンデレ化したハイスペック男子たちに幼馴染がずたぼろにされる未来は見たくないし」
「うえぇぇえんっ」
「ほら、これも人命救助。協力してあげるからシャキッとしなさい」
「私、潔子ちゃんにずっとついてくーっ」
「それは迷惑」
「すぱっと一言で切り捨てられた!」
「だって漏れなくヤンデレ付きで…いえ、なんでもないわ」
「ぜ、絶対に悲惨な未来は回避してやるんだからーっ!!」
こうして、牙を研ぐ元攻略キャラ男子達の脅威に怯えながら。
恋愛的な未来を回避するため、私の命がけで奔走する日々が始まりを告げた。
ぜ、絶対に恋愛に振り回される人生は御免です!
ヤンデレ絶対、お断り…っ!
「………勝ち目のない戦いって、どうしてこうも胸を熱くさせるのかしら」
……………幼馴染の無責任な呟きは、聞こえなかったことにしました。