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八.月曜日:0006

 月曜日になった。今はお昼休みだ。教室はいつもと同じようにざわめいている。奈菜乃の二つ右隣りの彼もまた、いつもと同じように本音を見せない笑顔でクラスメイトと昼食を取っていた。

 奈菜乃は、昼食に誘ってくれる珠姫を適当な理由をつけて断って、三年の教室の前にやってきた。彼女には繚と話をする前に確認したいことがあった。金曜日に繚に殺されたはずの不良三人が、本当に死んでいないのかどうか。

 実は朝一番にも訪れていたのだが、不良たちはいなかった。奈菜乃は、心がざわつくのを感じながらとりあえずお昼まで待つことにしたのだった。

 そして現在。奈菜乃はおそるおそる三年生の教室を覗きこんだ。楽しそうに昼食を取っている生徒を端から端までじっくり眺めると、見覚えのあるシルエットが目に入った。この間、繚を見張っていた不良だ。残り二人を探していると、ちょうど廊下から彼らがやってくるのに気がついた。奇妙なことに全員生きている。学校に通っている。七不思議は本当だったのだろうか。

 彼らは購買で買ったパンを手にして品のない笑い声を上げていた。奈菜乃は握りこぶしに力を入れると、彼らの前へと歩き出す。


「あの、すみません」

「ああ? 何だてめえ」


 二人が睨みつけてきて、怯みそうになったがこらえる。


「金曜日のこと、覚えていらっしゃいますか?」

「はあ? 何イミわかんねーこと言ってんだ」

「校舎裏で、三人で、下の学年の男子を取り囲んで、あなたたちはシャベルとナイフを持っていて、」


 奈菜乃に凄んでいた一人が、さっと顔色を変えて押し黙った。もう一人が「どうしたんだよ」と声をかけていたが、何も答えなかった。

 彼はしばらく無言で奈菜乃を見つめていた。それからゆっくり口を開く。


「……てめえ、何でそれを知ってんだ」

「それ、とは」

「俺の夢だろ」


 ゆめ、と彼の言葉をなぞった。意味を理解するのに数秒かかった。


「胸クソ悪ィ。早く失せろ!」


 蒼白な顔をしていた彼が突然そう吠えて、奈菜乃は跳び上がった。慌てて一礼してその場を走り去る。



 奈菜乃は、廊下を歩きながらこれまでわかっていることをまとめてみた。

 金曜日に、繚が学生を三人殺して裏山のザクロの木の下に埋めた。そして同日に繚はヒントを与えた。町の観察を促す話、有中高校の七不思議には元になったものがあるという話、宗教に関する話。

 土曜日に、奈菜乃は話を聞いたり町をあちこち見て回ったりした。そこからわかったのは、誰も『警察』の存在を知らないこと、有中町から出られないということ、有中町には墓がないということ。

 そして月曜日、殺されたはずの生徒は当たり前のように学校にいた。七不思議の通りに死者が蘇った。そして殺された一人は金曜日の出来事を『俺の夢』と言った。

 ここからわかることは何だろうか。

 まとめてみて、ふと思った。土曜日に知った有中町の奇妙な事象には既視感を覚える。その既視感を突き止めていったら、まさかと思うことがあった。散りばめられていた点が、一本の線へと繋がっていく。

 彼は、これを知っていたのだろうか。そうでなければあんなことは言わないだろう。ますます、彼と話をする必要が出てきた。




 放課後になった。


「平良くん、話がしたいんだけど」


 繚は待っていたとでも言うように目を細める。


「じゃ、屋上に行こうか」


 二人は屋上へと場所を移した。相変わらず、誰もいない静かなところだ。コンクリートと金網から逃れるように空を仰げば、薄い水色がどこまでも広がっていた。雲がゆったりと浮かんでいる。


「それで、何の話がしたいの?」

「わかってるくせに」

「そうだね。手っ取り早くいこうか。俺は与成さんの考えが聞きたいな」


 それを聞いて、奈菜乃は何から話すかを思案した。繚はフェンスに寄りかかってそれを眺める。


「私、土曜日にいろんな人から話を聞いたり、町を見て回ったりしたの。そのときに気付いたんだけど、この町、警察がない。あと、ちゃんとした神社もお寺も教会もない。というか、お墓がない。お墓がない理由っていうのは……必要がないから、でしょ」


 奈菜乃は繚の反応を伺ったが、彼は黙って話を聞いていた。口を開く様子はなかったので奈菜乃は話を続ける。


「今日、金曜日にあなたに殺された三人を見てきたよ。普通に学校に来ているみたいだった。あの三人は、一旦死んで、生き返ったってことなんでしょ。この町では、人は死んでも生き返る。だからお墓がない。七不思議は本当だった。……っていうと、少し違うんでしょう? 七不思議はあくまでも、有中高校の、作り物の怪談」


 繚は口の端を吊り上げた。奈菜乃は構わず話し続ける。


「平良くんは七不思議には元になったものがあるって言ってたよね。元になったものって、有中町のことなんでしょ? 私、土曜日に町を見て回ったって言ったけど、そのとき町の外に出ようとした。けど、できなかった。有中町から出られなかった。……おかしいのは、有中高校じゃなくて、有中町そのものってことなんでしょう?」


 奈菜乃が伺うように繚を見やると、彼は口元を抑えてくつくつと笑っていた。


「ご名答、と言っておこう。よくわかったね」

「教えてよ。これ、どういうことなの。平良くんは何か知ってるの」


 繚は愉快気に目を細める。

 彼が話すにはこうだ。





 俺も全部知ってるってわけじゃない。でも、俺が知ってることを与成さんに伝えようか。まあほとんど与成さんが考えてることと同じだけどね。

 有中町は、普通の町じゃない。でも、ここに住んでいる人はみんな"普通じゃないこと"に気がつかない。

 まず、与成さんの予想通り、この町では人が死なない。いや、死ぬことは死ぬんだけど、翌日には生き返る。自分が死んだときのことは夢と混同されるか覚えてないって場合が多いみたいだ。

 他にも警察がないとか町から出られないとか、与成さんはいろいろ気付いたみたいだね。七不思議との関連性についてだけど……有中高校の七不思議、覚えてるよね。でもせっかくだし一応おさらいしておこうか。


 ―、とある寮室を割り当てられた生徒はある日突然消えてしまう

 二、遅くまで残っていると顔がない生徒に出会い、逃げようとしても階段が見つからない

 三、学校で殺された男子生徒の脳みそのホルマリン漬けが理科実験室にあり、それを壊すと呪われる

 四、四時四十四分に学校内のとある鏡に触ると鏡の中の世界に入り込んでしまい、学校から出られなくなる

 五、創設者の銅像に無礼をすると虫になってしまう

 六、校舎裏の裏山のザクロの木の下に死体を埋めると翌日に生き返る

 七、開かずの部屋があり、そこには人喰いの化物が閉じ込められている


 これ、七つともこの町で起こる奇怪な現象が元になってるんだ。……そんな疑わしいって目で見ないでよ。本当なんだから。

 じゃあ与成さんが気がついたこの町のおかしいところを七不思議にあてはめてみようか。

 まず、人が生き返るってこと。これはわかりやすいだろうね。この奇妙な現象からは六つ目の『校舎裏の裏山のザクロの木の下に死体を埋めると翌日に生き返る』ができた。

 それと有中町から出られないってこと。これは四つ目、『四時四十四分に学校内のとある鏡に触ると鏡の中の世界に入り込んでしまい、学校から出られなくなる』が生まれた。普段暮らしている空間から出られなくなるっていう部分が一緒だろ。

 そして、三つの中で一番わかりにくいんだけど、お墓や警察がないってこと。これは二つ目、『遅くまで残っていると顔がない生徒に出会い、逃げようとしても階段が見つからない』の元になっている。全然違うって?まあそのまま受け取れば関連性なんて見えないけど。つまりさ、本質のようなものが同じなんだ。言っておくけど、化物に追いかけられて逃げられないとか、そういうことじゃないからな。どっちも"あるはずのものがない"ってこと。わかった?……なぜ警察がないかを聞きたいって?――さあ、それは俺も知らないよ。意味なんてないんじゃないのかな。

 この七不思議を作った人は俺も知らない。気が付いたら噂になっていたんだ。こうやって形になって密かに口伝えされているのは、もしかして誰もがどこかで本能的におかしいと感じているのかもしれないね。


 それにしても、本当によく気付いたね。今までこの町にいて、与成さんが初めてだよ。与成さんは警察の存在も知ってたし、もしかして俺と近いのかな。……どうしたの、そんな顔して。この町がおかしいってことに気付ける人間、って意味だよ。

 誰もこの町がおかしいなんて、欠片も思わないんだ。与成さんはこの町では少し変わってるよ。そんなこと言ったら俺なんてド変人になるだろうけど。


 ……何?どうしてこんなことが起こっているのかって?それは――有中神社の、悪霊って言われてる化物のせいだと俺は思う。七不思議の七つ目に『開かずの部屋があり、そこには人喰いの化物が閉じ込められている』ってあるだろ。俺はこの"人喰いの化物"は神社のそれだと思っている。

 その化物のことを簡単に話そうか。そいつは山に住む化物で、夜な夜な人間を攫って食べるんだ。そういう話がある。知ってる?そりゃ驚いた。話が早いね。

 あの化物は、夜ごと攫ってきた人間を、こうして異空間に閉じ込めて遊んでいるか、食料として貯蔵してるかなんじゃないかな。それで腹が減ったら好きなだけ食べるんだ。

 有中高校の七不思議の一つ目に『とある寮室を割り当てられた生徒はある日突然消えてしまう』ってあるだろ。きっと有中町では人が消えるんだろうな。――俺は見たことないんだけど。それって、つまりその化物が人を食べるから、ある日突然人が消えてしまうんじゃないかな。

 俺の推測の結論を言うと、俺たちはその化物のせいで、いわゆる神隠しに遭ってるんじゃないかと思っている。

 ……与成さんが知りたかったことは答えられてないと思うけど、俺が話せるのはこのくらいかな。




 奈菜乃はしばらく呆然としていた。すぐには話が飲み込めなかった。理解を超えることばかりで何に驚けばいいのかもわからない。しかし、校舎がだんだんと夕暮れに染まっていくにつれて、少しずつ頭の中で整理されていった。


「……つまり、その有中神社の悪霊が原因ってこと?」

「俺はそう思ってるけどね」

「その化物を倒そうとか、思わないの」


 繚は肩をすくめる。


「俺一人で何ができるっていうんだ。せいぜい護身のために腕を磨くくらいだろ」


 奈菜乃は無言で繚を見つめた。その眼差しは熱かった。彼は、彼女の視線を正面から受け止める。彼女の物言わぬ言及から、逃げたりうろたえたりなどしなかった。奈菜乃は尚も繚を見つめ続けるので、彼はどこか挑戦的に首を傾げた。


「俺の顔に何かついてる?」


 そこで、奈菜乃は視線を外した。息をゆっくり吐き出す。


「ううん。いつも通り男前。……私、有中神社に行ってみる」

「俺はお勧めしない。危ないよ」

「じゃあ平良くんもついてきてよ」


 そうきたか、と繚は口端を吊り上げた。瞳が一瞬だけぎらりと光る。その輝きは、彼が振りかざしたナイフを想起させた。


「いいよ。でも今日は遅くなるから、明日の放課後にしよう」


 奈菜乃はその提案に頷き、神社への偵察は翌日へ持ち越しとなった。

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