奴隷は嫌なので逃げようと思います
中世が舞台の映画や、ファンタジーによく登場するような景色が眼下に広がっており、私は思わず目を擦っていた。
しかし、何度目を擦ろうが、瞬きをしようが景色が変わる筈もなく――。
あれか!?昏睡状態のまま海外にでも連れて来られたのだろうか?しかし、ただの一般人相手に、そんな大金を使う程テレビ番組がお金を使うとは思えないし…。この時点でテレビの線は捨てた方が良いだろう。
だとすると、やはり誘拐か?人身売買の可能性も視野に入れなくてはならない。
ただ、ユウシャがどうたらとか言っていたから、誘拐の線も薄いか?てか、ユウシャって何だ!?誘拐でないのであれば、身代金を請求される事はないだろう――と思う。
そうなると、残るは人身売買位しかないのだが――。逃げようにもここがどこだかも分からないし、回りにはフードを被った人達が何人も居るから、どのみち逃げ道はない。仮に運良く逃げ切れたとしても、どこへ逃げれば良いのか、誰に助けを求めれば良いのかも分からない。
警察に行き着く前に、きっと直ぐに捕まってしまうだろう。冷静な判断が出来ない今の状態では、どうする事も出来ない。諦めの心境の中、恐怖に震える足を叱咤して銀髪の男の人に着いて行く。
そのまま着いて行った先には、現代では見た事のない馬車が停まっており、それに乗せられた。車内にはふかふかの椅子が備え付けられており、動いても全然お尻が痛む事なく快適だった。
車内での座席は、目の前には銀髪の男の人。私の両隣にはフードを目深に被って、顔が見えない怪しい人達――と言う、何とも身動きの取れない面々に囲まれながら、馬車は進んで行く。
何か喋りたいのだが、喋ると殺されるかもしれないと、本能が訴えてくるので無言で下を向いていた。またしても、掌が汗ばんでベタベタする。ズボンのポケットにハンカチが入っているから、取り出して汗を拭きたいけど、変に動くのも怖くてじっとしていた。
しかし、薄手のトレーナーにジーパン、スプリングコートという格好で助かった。万が一スカートだったら、傷物になっていたかもしれない。人身売買とかの場合、売りに出す前に自分達で味見をしようぜ――というイメージだから。いや、その場合ズボンでも一緒なのだが、深く考える気力もない。
因みに大学に行く為に使用している鞄も持っていた。鞄にはチャックがついているのだが、中身を確認されたかは分からない。鞄を開けたい衝動に駆られているが、不審な動きをしたら刺されそうなので、これまた我慢中である。
ひたすら下を向いていたせいか、少し気持ち悪くなってきた為、仕方なく窓の方へと視線をずらすと、いつの間にか街中に入っていたようで、沢山の白を基調とした家々が並んでいた。
「綺麗…」
思わず零れた呟きに、目の前に座っている男の人がピクリと反応する。
ヤバイ…多分黙っていないといけないであろう雰囲気の中、口を開いてしまった。
「ありがとうございます。この街は王城の外観に合わせた色彩を意識しているので、街中の家々も外観は白が基調となっているのですよ」
笑顔で返されてしまった――。
呆気にとられていると、更に男の人が話し掛けてきた。
「ほら、もう間もなく城門が見えてきますよ。あれをくぐれば城内に入ります」
言われて馬車の中にある、前方を見る為の小さな小窓を見ると、大きな門が迫ってくる。
でかい!!でかいと言う言葉だけで表すには足りない位にデカイ。
迫りくる巨大な門に汗がますます吹き出してくる。確か、「オウジョウ」って言ってたよね。「オウジョウ」が「王城」なら、あの門をくぐったら城に入ってしまう。
つまりはアレか!?私は城で働く為の奴隷として連れて来られた訳か!?
そんなベターなおとぎ話のような話があるとは思えないが、この不可思議な状況ならば或いは――
逃げるしかない。馬車が止まって、外に出された瞬間に隙を突いて逃げよう。全力で走れば城門が閉まる前に出られるかもしれない。門番が居るとして、一か八か逃げ切れるかもしれないし…。逃げられなければ、奴隷になるだけだ。
意を決した私は、前を見据えて背筋を伸ばして座り直した。
ゆっくりと開いていく門の向こう側には、白い外観の建造物が見える。建物の全容は見れないが、確かにあれが城であろう事は容易に想像が出来た。
馬車はカラカラと音を立てて城門をくぐって行く。車内の横の窓から外を見ると、沢山の木々が生い茂っており、庭園と言うのだろうか、美しく造られたそこには綺麗な花々が咲き乱れている。
そうこうしている内に、大きな扉の近くで馬車がゆっくりと止まる。私は、機を見逃さないように細心の注意を払って、辺りに意識を配った。
私の両隣に座っていたフードを被った人達が降りた後、続いて目の前に座っていた銀髪の男の人が降りる。
「どうぞこちらへ」
そう言われて私は、慎重に馬車を降りると、先程くぐって来た城門を見る。案の定、ゆっくりと門が閉まっていくのを確認した私は、地に足を着けると鞄を持つ手を握りしめ、思いっきり地を蹴ったら――
ボコォッ
へ!?ものすごく嫌な音が聞こえた為、後ろを振り返ると、私が思いきり蹴ったであろうそこには穴が空いていた。
なんじゃあれ!!と思いながら視線を前方に向けると、目の前には閉まりかけの城門があり、私は急に静止する事も出来ずに、ドコォン!!という強烈な轟音と共に、重い扉に(多分鉄ではないかと予想)正面衝突をしていた。
そのあまりの強烈な痛みに、私は意識が遠退いていくのだった――。