銀の花嫁 5
「お待ちください、リィラ様」
「リィラ様……!!」
使用人たちが止めるのも構わず、リィラは両手でドレスの裾をたくしあげて、ずんずん歩いていった。
やがて彼女は、大きな木彫りの扉の前で立ち止まった。
「リィラ様、そこは……」
「ガナがいるんでしょ。わかってるわ」
止めようとする使用人の言葉をひったくるようにして、リィラは言った。
「どうしても、今、会わなきゃならないの」
それ以上有無を言わせず、自分で扉を開け、部屋の中に入った。
花婿の控室となっているこの部屋も、リィラがいた部屋に負けず劣らず豪勢な調度が納まっている。花飾りは幾分控えめだったが、ゆったりとしたソファセットや手の込んだ織の絨毯が彩り豊かだった。
「禁を侵してまで、私にどんな御用か」
ガナは、鷹揚に立ち上がってリィラに椅子を勧めた。
支度を整えた花嫁花婿は式が始まるまで会ってはいけないことになっている。いくら辺境で暮らしているといっても、それを知らないリィラではない。けれど、式が始まってからでは遅いのだ。
「猶予が、欲しいの」
リィラは、ガナの正面に立ったままで言った。ガナが、なおも座るように勧めるので、
「そんなに座りたければ、あなたがどうぞ」
と、リィラは言い捨てた。
ガナは、大げさに肩をすくめて、一人掛けのソファに座った。足を組んで両肘を掛け、
「猶予とは?」
リィラの言葉を促す。
「お望みの量の水を、用意するわ。時間をちょうだい」
妙に落ち着いたガナの態度が、癇に障るが、リィラはできるだけ苛立ちを隠して言った。
「私があなたを選んだのには、それなりの理由があるんですよ」
「銀の花嫁だからじゃないの?」
「もちろん。では、なぜ銀の花嫁でなければならないのでしょう?」
師が入門したての弟子に問い質すように、ガナは含んだ物言いをした。
「水」は、何より最優先事項のはずだが、飛びつこうとしない領主の思惑がわからない。
「私には、叔父上がいる。私はまだ若いし実績もないが、叔父上は父を長年補佐してきた。父が死んだとき、叔父上を次の領主にと望んだ者も多かった」
ガナは淡々と語る。
「つまり、領主として、私は微妙な地位にいるんですよ」
ガナは、銀の花嫁を手に入れることで、コクトーの民に自らの地位を知らしめようとしていたのだった。
「役に立つかどうかわからない迷信なんかより、現実の水を見せびらかした方が、よほど地位固めには有効なんじゃないの?」
リィラは歯に衣着せず言い切った。たまたま珍しい銀の髪に生まれただけで、それが何ほどのものか。リィラ自身が、この婚姻に幸福を見出せそうにないというのに。
興味深そうにリィラの態度を量るガナに、
「一月でいいわ。水を持ってくる」
と、リィラは持ちかけた。
「確かな当てでもあるんですか?」
温厚なしゃべり方ではあるが、どこか威圧感のあるガナの問いに、リィラは黙って頷いた。手の内を見せるつもりはない。シルヴァのことも、彼が今どこにいるかも、言うつもりはなかった。
ガナは目を閉じ、しばらく考えていたが、やがて、
「いいでしょう。ただし、半月です。せっかく準備した式を不意にしなければならないんですからね。お客様を納得させるのも苦労しそうだ」
と言った。
半月で、ロゼンダまで言って帰ってこられるだろうか。シルヴァは、雨が欲しければ迎えに来いと言った。けれど、彼がすんなり一緒に来てくれるだろうか。不安がないわけではない。それでもリィラは、ガナに頷くしかなかった。