憐白の空 7
「とうさんのところへ、連れていって」
リィラは、それがもう決まったことのように言った。
シルヴァは、じっとリィラを見つめ、その意志が固く覆らないのを感じとると、
「で、これは、どうする?」
と、柱に括り付けられているギルナを指して言った。
「領外へ、送ってくれる約束だぞ!」
ギルナが慌てて声をあげる。大声になりそうなところが、シルヴァの視線一つで声量は絞られてしまった。
「騒がないで」
リィラは言って、シルヴァにお願いしますと頷いて見せた。
瞬時に、ギルナの姿は消え去った。
「毎度ながら、あっさりしたもんだな」
レスが呟いた。ギルナのいる前では、言葉を話さないようにしていたのだ。
ギルナを一瞬で希望通り領外へ移動させた圧倒的な力。シルヴァにできることがどれ程なのか見当もつかない。けれど、この力の持ち主は、自分で作った枷に絡めとられてしまっているのだった。
「シルヴァ、お願い」
リィラは、父のところへ送るよう、促した。
仕方なく、シルヴァは意識をを飛ばして、館のアロウの周りを探って見た。今のところ、アロウの近くに、川番たちや、ガナの気配はなさそうだ。
「……もう少し待っていれば、少しは良くなった彼をお前の所へ送り出していたのに」
シルヴァが零すと、
「じっと待つのは、合わないの」
リィラは笑った。
「そのくせ、私を使う気満々なんだな」
「そうね、頼ってる。でも、あなたは、もっとしたいように、自由にしていいと思う」
堂々と言い切るリィラに、シルヴァも少し笑った。
リィラが目をつぶって、また開けると、そこは領主の館、いつか入ったことのあるアロウのいた部屋だった。一緒にレスと、もちろんシルヴァも移動してきていた。
窓のカーテンは開いており、外の月明かりが部屋を仄かに照らしていた。奥の寝台に横たわる人影がある。
リィラは、そっとその寝台に近寄っていった。
「……とうさん?」
寝台の少し手前で、そっと呼んでみた。父の顔は思っていたよりも血色がよく、健やかに見えた。
リィラの小さな声に反応して、眠っていたアロウがゆっくりと目を開ける。
「……夢、か……?」
アロウの呟きに、リィラは首を振った。
「とうさん……よかった」
リィラは声に安堵を滲ませ、横たわるアロウにすがりついた。
「……お前は……、無茶をする」
ゆっくり体を起こしたアロウは、娘の銀の髪を撫ぜた。サフィアの治療を受け入れたアロウは、万全とはいかないものの驚くべき回復を見せ、今では歩くこともできるまでに回復していたのだった。
「無茶は、とうさんよ。なんで、あんなこと……」
「あの時は、ただ、お前さえ助かればと思っていた。それが、至らない親にできる唯一のことだ、と」
「私だけ、助かっても、仕方ないのに」
「……そう、だな」
リィラは、やはりこうして彼を救いに来るのだ。そういう娘だと、知っていたはずなのに。
そうして、リィラとアロウが、視線を交わしあった、その時。
「リィラ、まずい」
「リィラ!」
気配を感じたレスとシルヴァが、同時に警告した。
月明かりだけが差し込んでいた部屋に、俄かに明かりが灯され、寝台のすぐ近くに、ガナとソルが転移してきたのだ。サフィアもそのすぐ後ろに控えている。
「やはり、来ましたね」
ガナが、満足げに言った。
瞬く間に進み出たソルが、アロウに取りすがっていたリィラを引き剥がし、その喉元に短剣を突き付けた。
「お帰りなさい、わが花嫁」
ガナは、ソルに絡めとられたリィラの片手を取って、くちづけた。
「だ、誰があなたの花嫁になんかっ」
リィラはガナに握られた手を振りほどこうとするが、ガナがしっかりと手首を握りこんでしまっていて、できなかった。
「もう、逃がしませんよ。花嫁殿には、私が大陸一の契約者になるために契約神の捧げものになるんですから」
ガナは、嬉しそうに言った。
「ここにいる皆さんは、あなたを盾にすると、身動きできませんからね」




