紫の虜囚 8
一夜のうちにできた第一の灌漑池は、コクトー中心部を囲む堀のようにぐるりと大きな半円を描いていた。川を堰き止めず、家や畑を壊さない立地は、シルヴァのせめてもの抵抗だった。
池は、大地と風に契約を結び、土を掘り固め凝縮し、池の底や側面の石の壁としたものだった。そこへ紫の主として局地的な雨を呼び、雲を集中させ、水を溜めた。
そうそうすることのない大きな契約を一時にしたため、シルヴァの消耗は激しく、サフィアの憤懣を買ってしまった。サフィアの気持ちが納まるまでは、しばらく次の池を作らせることはできないだろうと思われた。
できあがった池を視察しながら、ガナは、琥珀の目を眩しげに細めていた。
西に傾きつつもなお照りつける太陽が、水面に弾かれ、煌めきを散らしていた。満々と水を湛えたこんな青を、これまで見たことがなかった。いや、そういえば、よく似た色を知っていた。
「まるで、銀の娘の瞳のようだな」
ガナがもらした言葉に、傍らに控えていたソルが、
「本当に花嫁にするおつもりですか」
と聞いた。軟禁状態にした娘に、花嫁修業をさせているのが不思議だった。紫の主に対する人質として、というのならわかる。だが、本気で結婚しようとする理由がわからない。
「いつまでも、人に頼ってばかりではいけないだろう?」
ガナは、楽しげに言った。
「サフィア様を手に入れられたのは、僥倖だった。だが、そういうことばかりが続くわけではない」
確かにそうだが。領主の言葉の真意がわからず、首を傾げるソルに、
「すべては、契約のため」
婚姻も、ひとつの契約である。ガナは、サフィアが、さらなる力を手に入れるために、ものを見る力を犠牲にしたことを知っていた。
「契約神は、希なる贄を捧げれば、そのお力を分けてくださる」
サフィアが、いかにして契約神と交渉したか。その方法も、ガナは探り当てていた。
「その贄にするために、娶ると……」
ソルの隣で薄く笑う領主は、契約者になろうとしていた。
生まれながらでない契約者は、力を得るために契約神が喜ぶ捧げものをしなければならないとされていたが、実際にそれを試そうとする者は、ほとんど例がなかった。
人は、神に祈らない。雨を奪われた世界は気候の変化に乏しく、豊穣は、人の努力次第という側面が強かった。契約の神は気紛れで、時に人に事象と契約する力を与えもするが、基本的に人の暮らしには関与しない。
そして数少ない契約者は、ほぼ国や所領に囲われていた。紫の主を除いて。
「銀に青。これほど珍しい取り合わせはなかなかない。幸福をもたらす花嫁。まさに伝承の通りに」
どこか恍惚としたガナの声は、静かに水面を滑っていった。




